第六話 デートで歩くときは彼女を車道に押し出すのがマナー
そして週末になった。
老若男女様々な人混み、繁華街、俺たちの沿線で最も栄えていて遊ぶならとりあえずここという場所。そしてそこは、草壁と等々力の最寄駅でもある。近い方がいいだろうというチョイス。
その駅前で、俺は等々力を待っている。
デートは初めてだ。未知である。あと少しで等々力が現れる。どんな服で来るのだろう。ファッションに興味があると思えない。むしろあったら困る。俺は家にあるのをテキトーに取ってきただけだ。ブランドどころか、服の名称もわからん。
「無藤」
声がかかる。着いたようだ。俺は顔を上げる。
さあ等々力、どんな服を着てるんだ?
「お待たせ」
立っていたのは、草壁だった。
「なんでお前なんだ!?」
服とかじゃなくて人間が違うじゃねえか!。
困惑していると、ポケットの中のスマホが震えた。等々力からの連絡と思って画面を見ると、草壁と表示されている。
「通話しよう」
「なんだそれ……いや、まさか」
「これであなたたちの会話を私もこっそり聞く」
盗聴、学食の時と同じことをするつもりだ。
「デートの経験とか無さそうだし、私がアドバイスをしてあげる」
「いらん。どうせお前も経験ないだろ」
「私があなたたちの会話を聞きたい」
正直だった。
「そもそも俺がイヤホンとかしてたらバレるだろ」
「それは抜かりない。ワイヤレスのを買ってきた」
ガソゴソとビニール袋を取り出した。家電量販店のものだ。熱意ありすぎ。
「広範囲の優れもの。じゃ、バレるといけないから」
ダッシュで去っていった。すっかり非常識な人間になってしまった気がする。
盗聴。全然俺にメリットが無さそうだ。
でもまあ、やるか。面白そうだし。
髪で耳を隠したり調整してたら、等々力が小走りでやってきた。
「す、すいません遅くなって」
息を切らして謝ってきている。集合時間は少し過ぎていた。
「なにかあったのか?」
「知らない番号からずっとイタ電があって、家を出るのが遅れてしまったんです」
後で草壁の発信履歴をチェックしよう。
「とりあえずどっか行くか」
「は、はい」
俺たちは歩き出した。同時にイヤホンから草壁の声が聞こえる。アドバイスをくれるようだ。
『デートで歩くときは彼女を車道に押し出すのがマナー』
こいつ妨害する気だ。
「ど、どこか行きたいところはありますか?」
「俺はなにも考えてないぞ。等々力は希望はあるか?」
「いえ、私はどこでも大丈夫です」
早速行き詰まった。
考える。マクドナルド理論というものを聞いたことがある。こういう時はあえてそんな行きたくないような場所を提案すれば、それを避けるために行きたい場所を考えるようになると。
「じゃあ、ラブホでも行くか」
『どこに行こうとしてるの!?』
耳から怒号が来た。
「え、は、はい、ぜひ!」
乗り気なのは話が違う。
『今すぐ解散しなさい』
うるさい一日になりそうだ。
結局チェーンの安い喫茶店に来た。どこに行くか先送りみたいなものだ。等々力と二人で店に入る。二人きりは初めてだ。まあ実際は草壁もいるわけだが。
『カフェでは壁側に座ってタバコ吸いながら店員に偉そうにすると好感度アップ』
もうこいつ邪魔でしかないな。無視しよう。
問題は等々力となにを話すか。実際デートとかしたことないから話題とか全然わからんのは事実だ。
「無藤さん、普段の土日とかはなにしてるんですか?」
悩んでたら、いい感じの質問が来た。ありがたい。うまく返そう。
「土日はだいたい、気持ち良くなってるな」
『なにその答え……』
「い、いきなり下ネタですか?」
呆れる草壁となぜかテンション上がってるっぽい等々力に、俺は言う。
「たこ焼き作る動画とか見てて気持ちいいんだよな。早業で一気にひっくり返すのが」
「あー、わかります。排水溝を掃除する動画とかも良いですよね。溜まった汚れを高圧洗浄で一気に取るカタルシスがあって」
『なんでわかりあってるの?』
「あとはシークバーが左から右に進む動画もよく見てるな」
『それは全部の動画そうだから』
「わかります、テンポ良くて気持ちいいですよね」
「時間って一定でいいよな」
「時間が一定じゃなかったらと思うと気持ち悪いですよね」
『さっきからなんの会話してるの?』
ずっと一人離れたところでつっこみまくってる草壁やばいな。
「「……ずず」」
ストローで飲み物を啜る音が重なる。無意味の極みみたいな会話が一段落した音だ。そろそろ本題を達成しなければならない。
「で、どこ行く?」
結局それが決まってないのだった。
「草壁さんとお二人で出かける時は、どこ行くんですか?」
草壁の名前が出た。やっぱライバル意識があるようだ。
「だいたいクラブとかだな」
『どうして無意味な嘘をつくのか』
「本当はどこ行くんですか?」
もはやさらっとスルーされる。もしかして俺、普通の会話ができないのかもしれん。
「草壁と遊んだこととかほとんど無いぞ。クラス会の帰りにカラオケは行ったけど、マイクじゃなくて腋毛を貪ってただけだし」
「そ、そうなんですか」
ちょっと喜んでそうな反応だ。やはり俺と草壁の仲が気になるらしい。
「等々力も誰かと遊びに行くとか無さそうだよな」
「そうですね。一人で外出しても、本屋とかです」
「じゃあ本屋行くか? 長時間はいられないけど」
「いえ、いいです。私が本を探してる横で男女がいちゃついてるとムカつくので」
「そうか。そもそも本って人間より偉そうにしててムカつくよな」
「それはそんなことないですけど」
ちゃんと否定された。結局なにも決まっていない。
「………………」
沈黙。
『……映画なら二時間は潰せるしその後は感想を言い合えるから会話がもつと思う』
見るに見かねたのか、草壁がちゃんとしたアドバイスをくれた。
指令通り映画館に移動。建物のデカさと独特の匂いに少しテンションが上がる。
「どの映画が見たいとかありますか?」
また無限に決まらなそうな質問が来た。
「エレベーターとかダルいから、なるべく近いシアターでやってるやつがいいな」
『なにその選び方』
「どんだけ元気ないんですか。もっと内容で判断してくださいよ」
つっこみが二重になるのウザいなこれ。
『私はこのアカデミー賞取ったやつが見たい』
希望を主張できる立場じゃないだろお前。だが何を見るか。今後二時間を左右する重要な選択だ。俺は考えて言う。
「そうだな……濡れ場のあるアニメがいいな」
「あったらいいですね」
無かったのでテキトーに派手そうなポスターの映画にした。エスカレーターを登りチケットを渡しふかふかの座席に座る。スマホの電源はOFFなので草壁との通話を切る。あー落ち着く。
映画が始まった。デカい画面にデカい音。久しぶりだった。映像を見るだけなら今や配信でもいい。それでも映画館に来るのは、空間が魅力的だからだろう。同じものを大勢の人間で見る、お祭りみたいな経験が醍醐味なはずだ。
等々力の様子をちらりと見る。さぞ楽しんでいるだろう。
「……くー」
寝ていた。こうなるともう映画を見る意味ないな。
暇だ。等々力でも眺めよう。椅子に座り込んで首を傾けて寝ている。無防備だ。女子が寝てる姿、映画よりも見ることがないので楽しい。よし、次は耳をいじって遊ぼう。
「んっ」
軽く反応した。よしよし。もっと繊細な動き、フェザータッチを試してみよう。
「んっあっ」
喘ぎ声を漏らす。夢で濡れ場を見てるかもな。単に触るのも飽きてきたし、ポップコーンでも詰めて遊ぶか、コーラでも詰めるか、それとも別の……。
映画は終わった。
シアターが明転する、等々力が目を覚ます。結局ずっと寝てたなこいつ。
「あ、あれ、耳に違和感が」
寝ぼけた口調で耳をいじっている。
「ちょっとトイレ行ってくる」
俺は逃亡した。そのままイヤホンを片耳につけて草壁にコールする。
『いい映画だった。あそこのあの場面がまさか終盤に効いてくるとは』
草壁は感動していた。同じシアターにいたらしい。普通に休日を満喫していたようだ。
「俺たち二人とも見てないぞ」
『なぜ!?』
「等々力は寝てたし、俺は起きてたが見ないという選択を取ったからな」
『なぜわざわざそんな選択を……プラトニックなラブストーリーでいい話だったのに』
「人のデートが不安になって尾行の上に電話で盗聴とかやってる人間が抱く感想か?」
『うるさい。じゃあこのままで』
俺はイヤホンをつけたまま等々力の元に戻る。
「待たせたな」
「え、あ……」
困惑してる様子だ。まだ寝ぼけてるかもしれない。
「等々力、現状はわかってるか?」
「あ、はい。たぶん、大丈夫です。面白いですね。うん」
「お前寝てただろ」
俺たちは映画館を出た。




