第五話 この世のすべてをそこに置いてきた
「今日はオムレツを作ってきました」
昼休みの等々力弁当、今日も順調に続いている。
「オムレツって見た目は綺麗ですけど作ってる時は意外とかき混ぜたりしてぐちゃぐちゃで、外側だけ整えたスクランブルエッグなんですよね。まるで誰かさんみたい……」
「待ちなさい」
等々力の独演会にストップをかける声があった。
草壁だった。
いつのまにか俺たちの横にいた。昼休みに堂々と話しかけてきたのだ。
「え、草壁さん!?」
三田が驚いている。俺にも等々力にとっても予想外だ。これまで人前で話しかけてくることはなかった。
これが草壁の言っていた作戦なのか? なにをやるつもりなんだ?
続く言葉は、さらに衝撃だった。
「無藤君、私もお弁当を作ってきた」
草壁は手に握った弁当箱を、ずいっと突き出す。
あまりに突然の行動に、教室が静まり返る。そんな雰囲気も気にせず、草壁は弁当箱を机の上に置く。四角い、シンプルなものだ。料理は作れると言っていた。味とか見た目で対抗するつもりなのか?
「見なさい」
その言葉と共に、弁当箱が開かれる。
「「「……え?」」」
きょとんが重なった。等々力も三田も俺も、目を丸くしている。
目に入ってきたもの、それは弁当箱一面に敷き詰められた黒だった。
触手が絡まっているような、うねうねとしたグロい見た目。
「こ、これは……なんですか?」
困惑する等々力に、草壁は堂々と言った。
「ひじき」
それが答えだった。そして、とどめの一言を放つ。
「腋毛をイメージして作ってみた」
マジかこいつ。
「と、ここまでなら普通のお弁当だけど」
「全く普通じゃないぞ」
「中にはさらに、宝が眠っている」
意味深なことを言い出した。既にヤバいのにまだなんかあんのか。宝? 中?
「……まさか」
嫌な予感がした。そしてそれは、当たった。
「この中に一本だけ、本物の腋毛が入っている」
世界の終わりのようなことを言った。
「これこそ食欲と性欲と探索欲を満たした、究極のお弁当」
勝利宣言のように言い放っている。静止する教室。もはや着いてこれる者はいない。
「た、食べ物で遊ぶのは良くないと思いますよ」
等々力が苦し紛れに、なんとかそれだけを絞り出した。ささやかな抵抗だった。
「遊びじゃなくて、本気だから」
ならどうしようもねえわ。
「……宝探しって楽しいよな」
俺はなにか言わなくてはという思いで、口を開く。
「たぶんその、腋毛を探したその経験こそが本当の宝物なんだよな」
「……なんだそのワンピースのよくある予想みたいなの」
俺がボケて、三田がつっこむ。なんとか空気を取り繕って、戦いは終わった。
放課後の廊下、草壁と落ち合う。草壁は俺を見てしばらくじっと黙って、そしてゆっくりと口を開いた。
「私はどうしてあんなことを……」
後悔していた。いつも通りの流れだが、今回は特にひでえわ。
「腋毛で無藤の気を引き等々力さんをドン引きさせる最強の作戦と思ったのに……」
「ひらめきって恐ろしいな」
だが草壁が追い詰められているのはわかった。メンタルケアが必要だろう。俺は優しく声をかける。
「元気出せよ。腋毛弁当は俺が家で食べるから」
「ありがとう。感謝する」
やっぱ食べてほしいのか……遠慮して断るのを期待して言ったのに。
「よく考えたら男子に自分の料理を食べてもらうの、初めてだし、緊張した」
草壁は恥ずかしそうに笑みを浮かべた。腋毛弁当でよく手作りの照れた感じを出せるなと言いたくなったが、一応俺への贈り物なのでやめておく。俺って本当に優しいな。
「あ、あの……草壁さんってもしかして、やばい人なんですか?」
等々力も合流して、さすがに引いた様子で言った。
「実はそうなんだ」
「あなたが答えないで」
だってそうだし。
「とりあえず、お弁当対決は私の勝ちでいいですよね?」
いつのまにか勝負になってたらしい。なら勝敗は火を見るより明らかだ。
「アイデア点でなんとか勝てない?」
粘ろうとしていた。無理だ。
「優勝賞品がほしいです」
「よしなんでもあげよう。例えばこの腋毛弁当なんかどう……」
「無藤さん、週末、二人でデートしませんか?」
デート、直接的な単語を等々力は堂々と使った。
「ち、ちょっと」
焦る草壁を尻目に、俺は即答する。
「いいぞ」
好都合だ。
もう、作戦なんかいらない。まわりくどい方法は必要ない。
等々力がなにを考えてるのか。俺が直接、明らかにしてやる。




