第三話 勝利の味は、腋毛のように
翌日、授業を受けながら、俺は考えていた。
先輩を出し抜きたい。
もはや腋毛の場所とかじゃない。あの余裕な態度を崩したい。
やるべきことはシンプルだ。先輩のいない時に、俺たちが屋上前にいればいい。しかし昼休みと放課後は封じられている。
なら授業中、今しかない。
手を挙げる。静寂を切り裂くように、俺は言う。
「先生すいません、頭痛がひどいので保健室に行ってきていいですか?」
「そうか、じゃあ誰か付き添ってやってくれ。えーっと」
あっさり成功だ。
しかし俺だけでは意味がない。草壁も連れて行く。
俺は辛そうに席を立ちながらサインの動作をする。なるべく草壁に見えるように腋をパコパコ連打する。
「なんで頭痛なのに腋を抑えてるんだ?」
三田からつっこみが入るが無視。草壁に伝わればいい。
「先生、委員長の私が連れて行きます」
よし伝わった。そのまま二人で廊下に出る。すぐに俺は言った。
「屋上に行くぞ」
「はあ。そんなことだろうと思った」
草壁呆れつつも、少し笑っている。授業をサボる、完璧から逃れる快感もあるのだろうか。
俺たちは誰もいない校内を意気揚々と歩き屋上へ向かう。
まさか、授業中にはおらへんやろなあ。
「やあ」
おったわ。
「全てボクの想定内さ」
先輩は本を読むポーズをとりながら、階段を登る俺たちを見下ろしてくる。
「君は負けず嫌いのようだからね。違う時間で攻めてくることは予想していた。だから今日は朝からずっとここで張ってたのだよ」
めっちゃ馬鹿なはずなのに敗北感だ。
「授業なんてわざわざ聞かなくてもいい。学校の勉強は公式の暗記。覚えるだけの虚しいもの。全部が想定内、不自由。だからこの場所にいるのさ」
まだ天才感出してる。虚勢なのはわかってる。
俺は心の中でにやりと笑う。
その反応こそ、想定通りだ。
先輩の仮面を崩す。本当の策は。これからだ
「でも先輩、屋上ではなく屋上前にいるのは、不自由を受け入れてませんか?」
「ふむ、なにが言いたいんだい?」
「自由を見せてあげますよ」
俺はポケットをまさぐり、銀色の小さい金属。用意してきた秘密兵器を取り出す。
「それは……安全ピン?」
俺は頷いて、扉の鍵穴に突き刺す。
「まさか……」
伊達先輩が声を漏らす。なにかを察したのだろう。
俺は不敵な笑みを返しながらピンを操作する。
少し前屈みでピンが曲がらないようにゆっくりと……カチ……。
指先だけじゃなくて手首で押し込むように……カチカチ……。
伊達先輩と草壁が背後から注目している。見なくてもそれがわかる。
ラストスパートだ。カチカチ……カチカチ……カチャッ。
「ふぅ」
軽く息を吐く。安全ピンをポケットにしまって伸びをする。
先輩と目が合う。気になって身を乗り出している。
頷いて、俺はドアノブを掴む。
そして、ゆっくりと回す。
扉がーー
ガコ
鈍い音。ドアノブは回らず、扉はそこにあった。
「開かないじゃないか!!!」
先輩のつっこみが炸裂した。
「ノリでいけると思ったら無理でした」
「そんなことだろうと思った」
草壁は冷静に呆れている。うるせえ。こっちの反応はどうでもいい。
「無理に決まってるだろう!? 君、なにがしたかったんだい!?」
大声でつっこむ先輩、目的は、こっちだ。
「でも、想定外でしたね?」
「え?」
先輩の表情は、驚きに満ちている。
「屋上前でも、扉が開かなくても想定外は起きる。それをお見せしたかったんです」
「……ふふっ。これは一本取られたよ」
先輩は目を丸くした後、笑い出した。
今、俺は、先輩の想定を上回ったのだ。
「この不自由な屋上前でも自由なことはできる。なるほど、良いじゃないか! ああ、世界は希望にあふれているかもしれない! ああ、素晴らしいよ!!」
「おい、誰かいるのか?」
先輩が芝居がかった声ではしゃいでいると突然、男の声が割り込んできた。
階段を登って、中年男の顔がヌッと現れる。
「お前らなにやってるんだ? 授業中だぞ。それにここは立ち入り禁止だ」
教師だった。騒ぎすぎたせいか見つかったらしい。
「え、そ、それは……」
楽しい空気が一転して、怒られ状態になった。伊達先輩はさっきの余裕そうな態度が消え失せて狼狽えまくっている。
「申し訳ありません。備品を取りに来たんです。教室の机に不備があったようで」
即座に完璧な言い訳する草壁。言い訳することが完璧かは置いといて、冷静だ。
「そうか、お前らは一年か。わかった。で、伊達、お前はなんなんだ?」
「え、ボクは……その……」
先輩は認知されてるらしい。横目でちらっと俺たちを見てくる。
言葉に詰まって助けを求めている。パニックの様子がありありとわかる。
そんな先輩の目を見て、俺は呟く。
「この人はちょっと……知らないですね」
「クズかい!?」
「職員室に来い!」
先輩は連れて行かれた。
屋上前、俺と草壁の二人だけになった。
意図せず、俺たちは、先輩の撃退に成功した。
★
それから教室に戻り授業を受けて放課後。廊下に出て、俺は言う。
「さーてラーメン屋でも行くかー」
「なにを普通に帰ろうとしてるんだい」
伊達先輩が待っていた。
腕を組んで廊下の壁に寄りかかって、俺を睨んできている。
「よくもやってくれたね」
声に恨みがこもっているのがよくわかる。
「先輩が俺たちを守ってくれて、感謝してます」
「歴史を捏造しないでくれ。思いっきりボクを売ってただろう」
「その……先生にはなんて言われたんですか?」
合流した草壁が、申し訳なさそうに言う。
「サボりを怒られた後、屋上前は立ち入り禁止されたよ」
「それは……乙ですね」
「労りとか反省が感じられないのだけど」
「まあ授業中に遊んでたら見つかりますよね」
「キミがピッキングのフリとかはしゃぐからだろう!? なぜ無罪なんだい!?」
めっちゃキレてるな。
「でも、想定外でしたよね?」
「それで全部いけると思うなよ。もう明日からどうやって一人で過ごせば……はぁ……」
先輩はため息をついた。女子高生のものとは思えないほど深い。余裕がなくなってるな。口調も普通になってるし。
「読書するなら普通に図書室じゃダメなんですか?」
「あそこは毎回似たようなメンバーで集まるから周囲の目が気になるんだ。なにを読んでるかマウンティング大会の会場だよ」
自意識ってめんどいな。
「もう堂々と教室にいればいいじゃないですか」
「ボクにそんなメンタルはない」
正直だ。
「じゃあ、屋上はどうですか?」
草壁が言った。
さらっとした口調だが、異様な提案だ。
「えっと、草壁君、大丈夫かい? そもそも屋上に行けないからという前提でずっと話してるんだよ」
先輩は困惑している。それに対して草壁は、堂々と言う。
「禁止されたからといって、諦めなくていいと思います」
草壁はなぜか少し興奮した声で語り出す。
「屋上は自由な場所。先輩の言葉は響きました。しかしそこに行けないから屋上前で満足するのは自由ではなく挫折です。まして屋上前すら禁止されて諦めるのは、敗北です」
……変なスイッチが入っている気がするな。
「自分の力で手に入れる、それが自由だと思います。屋上を奪い取りましょう」
「そうか……そうだね。ボクとしたことが、弱気になっていたみたいだね」
先輩は感銘を受けている。良くない化学反応が起きてるなこれ。
「諸事情で屋上に行きたいのは私たちも同じです。だから私と無藤も協力します」
「えっ」
「する気なさそうな反応してるけど」
俺は草壁の耳元で囁く。
「おい、なに急にやる気になってるんだ」
俺の文句に、草壁は平然と答える。
「伊達先輩にとっての屋上、私にとっての腋毛。共にこの不毛な世界からの自由を求めている。似てると思わない?」
思わねえよ。
「腋毛と屋上のコントラストとか、屋上が腋なら私達が腋毛とか言い出したのはあなた。責任を持つべき」
責任とか、生きてて基本持ちたくないんだよな。
「協力します。共に、屋上を解放しましょう」
草壁が言った。有無を言わさず決定されていた。
こうして俺たちの、屋上を解放する戦いが始まった。




