52 太陽系の、3週間分くらい
(1)
そのまま、近くの、病院らしき一室にて――
パク・ソユンは、まだ息絶えていないにしろ、ほぼ死に瀕しているほどの重傷だった。
イモガイの神経毒に、ギンピギンピ、フッ酸に最後は濃硫酸などという、無理やり飲まされた毒物・劇物のオンパレード。
周辺臓器が損傷し、また、浸透したフッ化水素が肋骨など、骨格をも徐々に犯していく。
さらに、そのオマケ程度と言ってはなんだが、両手首はチェーンソーで切断されているという有り様。
そんな、恐らくと言うまでもなく、どんな名医であれ、最新の医療技術で以ってしても、ほとんど救命不可能で、もし万に一つ治療できたとしても、もう元の身体に戻ることも不可能な状態だろう。
「そ、ソユン!! 死ぬな!!」
キム・テヤンが呼びかけ、
「ソユン!! 死なないでくれ!! ぼ、僕たちが助けに行くのが遅かったばっかりに!! くそっ!!!」
と、ドン・ヨンファも、不甲斐なさととも叫ぶ。
その、ふたりの呼びかけに、
「ぐっ……、ぅ”……」
と、パク・ソユンは、目が虚ろになりながらも、
「(ああ、う、うるさいって、の……、アンタ、たち……)」
と、口にしようとしながらも思う。
(まあ……、たぶん、こりゃ、さすがに“ダメ”だろう……。別に、アンタたちのせいにしたり、しない、け……――)
そこまで思ったところで、パク・ソユンの意識と、生命が尽きようとする中、
「――ふむ。それでは……、オッペェ~を行ーう」
などと、ふざけたイントネーションで言ったのは、エッロい女医姿の妖狐、神楽坂文だった。
「お、おい……、お前が……、手術をするつもりなのか?」
キム・テヤンが、怪訝な表情で聞く。
「ああ。……だから、この格好で来たのだ。まあ、と言っても、貴様たちのイメージするような、メスで切ったり、縫ったりするようなものとは違ってな――、モチのロン、妖力を用いるわけだが……」
妖狐はそう言いながら、パク・ソユンの傍へ寄る。
「おい、口を開くのだ、クソビッチ」
妖狐がそう言うと、
「っ”? ぁ”……?」
と、パク・ソユンが反射的に、「(はぁ? 誰がビッチだって?)」と、イラっとする。
だが続けて、妖狐は無理やりパク・ソユンの口を開かせつつ、もう片方の空いた方の手に白いオーラを発しつつ、“何か”を召還させる。
すると、
――ドボドボドボドボ……!!
と、ややグロテスクにも蠢く白い粒の――
多量の蛆虫らしき蟲を、パク・ソユンの口に流しこみ始めたではないか!!
「ぅ”っ!? う”ぅ”!!!」
さすがに、パク・ソユンが声をあげて呻き、
「お、おい! タヌキ! ソユンのヤツに何してやがんだ!!」
「そ、そうだよ! タヌキさん!」
と、キム・テヤンとドン・ヨンファのふたりも抗議しようとした、そのとき、
「――まあ、待たぬか、貴様たち」
と、妖狐は掌をむけ、ふたりを制止した。
「あ”、ん……?」
「へ……?」
キョトンとするふたりに、妖狐は続ける。
「この妖力こそ、だ……、我が妖術の中でも、トップクラスに莫大な妖力を消費する治療術でな――」
「……」
リーダーのカン・ロウンが、ジッ……と耳を傾ける。
「貴様たちの――、“こちらの世界”でも、ある種の医療に、蛆虫を用いる治療法があるようにな、“こいつ”は、特殊な妖力仕掛けの蛆虫を用いた治療・医療行為ようなものだ」
「う、蛆虫だって……?」
マー・ドンゴンも、半信半疑のように顔をしかめる。
「ああ。その、対象となる患者が、『まだ絶命していない』という制約があるのだが――、この蛆どもはな、不可逆的に修復不可能になった組織に対し、時間を巻き戻しながら修復する力を持っててな――」
「じ、時間を巻き戻して、だと――?」
とは、半ば驚愕するキム・テヤンに、
「ああ……。まあ、言うなれば、ある種の『生き返らせ』みたいなものでな……、“こちらの世界”で“それ”をやるのは、ほぼ御法度クラスの行為であるし、私も、本来はやるべきではないと思うのだ。そんな、某ドラゴンとかボールとかつく漫画のように、バカスカ生き返らせたりするのはな――」
と、静かな表情で、妖狐は答える。
また補足して、
「まあ、ただ……、これだけの身体破壊を以っても死なず、なおかつ精神も保っている貴様たちの仲間に敬意を表してか――、この、莫大すぎる妖力を消費する妖術を使ってやるのだ」
「その、どれくらいの、妖力なのですか?」
と、マー・ドンゴンの相方、チャク・シウが質問を挟む。
その問いに、
「ふむ……、そうだな……」
と、妖狐は天を仰ぎつつ、少し考えて答える。
「その、太陽系の、3週間分くらい、か……」
…………
妖狐の答えに、微妙な沈黙が漂う。
その、誰もが、
「(何だ? その、太陽系3週間分って――)」
などと、つっこみたくなるものの、天文学的スケールという壮大なスケールなのだが、その中でも太陽系という微妙と言えば微妙なスケールであり、そのことで余計に理解が追い付かず、つっこめなかった。
まあ、どちらにしろ、人間文明の扱うエネルギーに比べては巨大すぎるスケールだろう。
だが、生命、生体という極めて“複雑な情報体”を、この世の法則に逆らって修復するわけで、莫大なエネルギーが必要なのは想像するに難くない。
そうしている間にも、妖狐は内視鏡のように、魔界のハリガネムシをパク・ソユンの口につっこみ、
「見よーー。あと2、3時間はかかるかもしれぬが、内臓、組織の損傷は元に戻ろう」
と、その内部の、まずは胃から修復している様子をモニターに表示して見せる。
確かに、そこには、蛆虫が蠢きながらも、劇物に侵された損壊していた胃壁が、段々と元にもどる様子が映し出されていた。
すっごい眠い。
◆◆ 妖狐・神楽坂文と変な物語シリーズの過去作の紹介(むしろ、こちらを読んでほしい)
・00巻 重慶の幽鬼
・01巻 スタンボロバンの棍棒
・02巻 白色の考察
・03巻 白の衒奇的介入
◆◆ 年間予定タイトル
・1月 ※今やってる03巻目の『白の〜』を終わらす
・2月 ※途中の04巻目『激痛茶館』を終わらす
・3月 ※途中の05巻目『砂丘の〜』を終わらす
・4月 鬼灯橙子シリーズ『西行阻止』
・5月 『黄色い壁』
・6月 『あるパノラマ島のトランス奇譚』
・7月 『散在神経系は不老不死の夢を観るか』
・8月 鬼灯シリーズ『残留エーテル』
・9月 『メキシコからの変な依頼』
・10月 未定タイトル
・11月 未定タイトル
・12月 冷たい結晶華




