5 呑気にチジミを食い、ジンロで喉に流しつつ
(4)
「――お、おい! 何でそんなこと黙ってたんだ! ソユン!」
と、夜の屋台街に、チヂミ屋のオヤジことキム・テヤンの声が響いた。
また、
「そうだよ。何で、そんな重要なこと、先に言わなかったんだい? もしかして、僕たちを気遣ってくれてたのかい? ソユン」
と、キノコ頭にピンクと黄色スーツのドン・ヨンファも続いた。
「いや……、私、アンタたちに、1ミリグラムも気遣う心無いんだけど……」
スプラッタもの好きの女、“ジグソウ・プリンセス”ことパク・ソユンが、呑気にチジミを食い、ジンロで喉に流しつつ答える。
「けっ……、悪かったな、1ミリグラムの価値もない男どもでよ」
キム・テヤンが、面白くない顔で舌打ちした。
「――まあ、そういうわけで……、特別な意味なんてないわよ。ほんとに、ただ忘れてただけよ」
「忘れてたってよぅ……」
改めて言ったパク・ソユンに、キム・テヤンが呆れ気味になったところ、
「まあ、ソユンがそう言うからには、本当に忘れてたんだろうな」
と、カン・ロウンも加わってきた。
「――そうよ。ああ……! ここ来る前に、ちょっとポーカーしに行っててさ……。それで、忘れちゃったんだ」
パク・ソユンは思い出したように言った。
このパク・ソユンだが、すっかり競技人口が増えて久しい“ポーカー”――テキサスホールデム・ポーカーを趣味の一つとしており、ソウルの競技ポーカールームに出入りしていた。
「けっ……、何が忘れちゃっただ」
と、再び舌打するキム・テヤン。
そこへ、
「ところで、その招待状を見せてくれないか? ソユン」
と、カン・ロウンが頼んできた。
「ああ、そうだ。肝心の、“そいつ”を見せてくれよ、おぅ」
「はい、どーぞ」
と、キム・テヤンも頼むと同時、パク・ソユンは酒のつまみの並んで多少汚れた卓の上に、スッ――と、カードをショウするように置いてみせた。
「こ、これは……!」
「……」
顔をしかめるキム・テヤンと、丸サングラス越しに沈黙するカン・ロウンの観る先――
置かれた招待状には、やはり――、何か、神経系と、化学物質と思しき、趣味の悪いイラストが添えられていたが……
その内容は、おおよそ次の通りだった――
〈麗らかな春のころ、貴殿、パク・ソユン様を当茶館の茶会に御招待します。
数日内に御迎えに上がりますので、準備を整え、楽しみにして御待ちくださいませ。
なお、当招待を断るという選択肢は、貴殿には一切ございませんこと、どうぞ御了承くださいませ。
心躍る春の陽気と、痛覚の饗宴を~~〉
――と、以上。
「――“断る”という選択肢は、一切ございません……、か……。確かに、およそ、普通の招待状の文言ではないな」
と、カン・ロウンが招待状に目を通しつつ、少々忌々しそうな顔をする。
「ほんと……。何なのね? これ?」
パク・ソユンも、ケロッとしながらも、心底訳の分からないとの顔で首を傾げる。
また、そのパク・ソユンは思い出す。
「おかげで、さっきのポーカーでさ、散々な目にあったんだけど……。これって、不吉なの?」
「不吉って、今日はどうだったんだい? トナメ」
ドン・ヨンファが具体的に聞く。
パク・ソユンが思い出して話すに、
「――こっちがJJのセットでフルハウス完成の時にはさ、相手88のクワッズが出てきたり……、そこからフリップも、私がKKの時にAAがいたり。――最後はAKsでオールインしたら、相手56oで、5がヒットして飛んだし……、――てか、思い出させないでよ。殴るよ?」
「ちょっ! ご、ごめんって! そんな、掴まなくても……」
と、胸倉をグイと掴まれつつグーにした拳を構えられ、ドン・ヨンファは慌てるも、
「――嘘よ。殴るわけないじゃん。……まあ、クワッズいた以外は、“あるある”っちゃ、“あるある”だし」
「ふ、ふぅ~……! もう、驚いたよ」
と、再びケロッと冷静な顔に戻ったパク・ソユンに解放され、思わず深く息を吐いた。
そうしながらも、
「――はぁ~、あ……」
と、パク・ソユンは溜め息し、空になったグラスに酒を注ぎ、鮑のつまみに箸をつけた。
数時間前のポーカーのことをーー
シャカシャカとチップをシャッフルしながら、澄ました佇まいをみせていたのだが、不運続きに「はっ……?」と、悪態気味に顔をしかめてしまったことを少々引きずりながら、酒を飲む手を進める。
まあとりあえず、そんなこんなで例の招待状のことなど忘れ、ここに至るわけである。
また、
「――で、この痛覚の饗宴て……。“もろ”に書いてるあるな」
カン・ロウンが言った。
「う……、ん――」
と、パク・ソユンは口の中で鮑と格闘しつつ、酒でかき込みつつ答える。
「――だから、……たぶん、普通にお茶じゃなくてさ、……何か、“激痛をもたらす的な飲み物”を、客人に振舞っているんじゃない? ――って、私は、思うわけ」
「そうすると……、その、招待された客人ってのは……」
ドン・ヨンファが顔をしかめながら、意味深に、途中まで言いかけた。
朧気にも、少し思い浮かんでしまった光景――
どの様式の茶館かは分からぬが、少し薄暗いイメージの中――
椅子に、“御茶”に、激痛にのたうち回ろうとする客人――
しかし、“それ”を、作法的にも許すはずもない、主人の――、主催者の影と……
またそこへ、
「――で、よう? お前? どうする? その、招待状――」
と、他の接客から戻ってきたのか、キム・テヤンが聞いてきた。
「そ、そうだよ……! ソユン」
と、ドン・ヨンファも心配そうな顔をする。
「そう、ね――」
パク・ソユンは答えかけつつ、何か、席から立った。
そのまま、屋台の調理台のほうへ手を伸ばし、「ちょっと、ちょうだい」と言わんばかりにコチジャンなど辛味の元を取る。
「お、お前……? 何してんだ?」
怪訝な顔をするキム・テヤンを傍に、パク・ソユンはコップに“それら”を注いでジンロと混ぜ合わせ、手際よくカクテルを作り、
――グィッ……、グィッ……
と、2、3口にして飲み干した。
「「「……?」」」
皆が、明らかに不審そうな顔で『?』マークを浮かべる中、
「はぁ~……、あ……!」
と、喉と五臓六腑で“それ”を耐えたのか――、パク・ソユンが大げさな溜め息するとともに、
――スッ、コーン……!!
と、空のグラスが豪快な音を立て、テーブルに置かれた。
そんな、皆が注目する中、
「――上等よ。受けて、……立つわ」
と、“ジグソウ・プリンセス”こと、パク・ソユンは顔を上げ、宣言するように言った。