春風
私の感じている違和感。最近になっては『違和感』や『ズレ』ではなく、確実に何か間違いがあると、そう感じる。
この違和感に、周りは気が付いている。少なくとも問題児の女子二人、石和はその違和感の瞬間に居合わせていた。
母には何度か聞いたが、説明しずらそうにしていたし、彼女は心底困っていた。
先日石和が隠し事をしていたときも私の問題に関することかもしれないと、少しだけ期待していたが・・・・
さくらは思い出して顔をゆがめる。
説明はしずらいことなのかもしれない。例えば人格が複数あって入れ替わるときに頭痛が起こるだとか、夢遊病で、電車で寝ているときも発症しているだとか。そういったレベルのものではないかと思う。
ただ、聞いても説明できないし、自分ではわからない問題だということだけは、前から思っていたし、もし本当に知ることができないのであれば仕方がないと、今なら思えた。
心にかすかな靄を含んでいても、そちらに目を向けなければどうにでもなる。
それでもできる限り、私は調べていた。言葉と頭痛と知ることのできない違和感。そんな何の材料にもならない情報を種に。
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七月上旬、お金が欲しいと叫ぶ男。漫画でいっぱいの本棚。彼女が来た時において行かれたシャープペンシルとよくわからない虫の鳴き声。ひっくり返して大惨事になった綿棒の残党。親のおさがりのノートパソコン、ファンタグレープの空き缶。
友人からの着信。
微妙な温度に熱された布団、埃をかぶった文庫本。
友人からの着信。
俺は理由もなく、何もかもが面倒臭くなって、ただ部屋をぼうっと眺めていた。
タンスにしまわずに積み重ねられた洋服、タンスの上にバランスよく積まれた空き段ボール。
友人からの着信。
「何っ回かけてくるんだお前は! 出れないかもしれないだろ!」
「いやだってお前が正当な理由をもってして電話に出ないときって、ほぼないだろ」
彼の言うことが大正解で、唸り声をあげる。
「黄昏てたんだよ。それは正当な理由だろ?」
「んなわけあるか。黄昏るのは、黄昏たら怒られるから気持ちいいんだろ。バレたらちゃんと怒られるべきだ」
またつらつらと・・・・
俺は大きくため息をついた。
「飯にでも行かないか? 僕とデーとー-」
ガチャ切りしてスマホを布団の一番端へ投げてしまう。
電話は、もう一度かかってきた。彼がガチャ切りをされてもう一度かけてくるときは、ふざけた要件ではないことが多い。
「もしもし? いや冗談じゃなくて。普通に。ダブルデート。普通に。うん」
「椿紅には?」
「もう話を通してある」
先ほどの茶番がなければ、光の速さで事が済んだであろうに。俺は彼のそういうところが気に入っているのだが。
「日時、場所」
「明後日の十一時、北野駅だ」
「おっけ」
「遅刻すんーー」
通話を切られた功は、『通話終了』の画面を見て苦笑した。
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十時五十分の駅前は思ったよりも涼しく、春らしからぬ冷たくて湿った風が吹き付けていた。
そんな気候の中、迷った末に羽織ってきたシャツも抵抗虚しく俺を凍えさせたのは、明らかにチンピラみたいなやつらに椿紅が何か説教する光景だった。
説教というよりは口喧嘩だ。ガラの悪い男二人も、高校生に偉そうな口きかれて頭に来たのだろう、大きな声を上げ始めた。
俺は彼女に少しずつ近づく。肩をすくめ、そろりそろりと近づくと、椿紅は俺に気が付いた。
「石和じゃない。先に言っていてくれるかしら?」
「ひっ、わかった待ってるけどさ、どうしたんだよこれは」
男たちは最悪の目つきで俺を見つめてくる。
「煙草を拾っていたのよ」
ポイ捨て。それはとても悪いことで、俺だってなくなればいいなあ、とか思ったりはする。
「も、もう捨てんじゃねえぞ馬鹿ども!」
目を合わせずに叫ぶと、彼女の手を引いて走り出した。
少し遅れて二人のうちの片方が追いかけてくる。後輩か何かだろう。二百メートルほど走ると右手に交番が現れる。
「すみません、ちょっと匿って下さい!」
ぼうっと紙を眺める男は大きな声に反応してこちらを見た。
「詩君じゃん。どしたの?」
「こいつがチンピラのポイ捨て注意して・・・・」
俺の言葉に警官は苦笑いをして、「それならここにいな」と言ってもう一度ファイルから新しい資料を取り出して読み始める。
こいつは行かないのか・・・・
「あなた・・」
椿紅が何か言う。
「なんだ?」
「あなた最高よ。綺麗な言葉遣い。なんであんなこと言ったの? 本当に最高、キャビア食べる!」
あれ・・・・
正義感の塊はまた新しい悪を見つけてしまった。
反吐が出るの対義語って、『キャビア食べる』なんだ・・・・・・
それとあなたの口も大概ですよ・・・・
「すみません、これ落とし物で・・」
高校生くらい少年が交番に入ってくる。
「これ、俺の財布だ」
流れ込む風は先ほどより少し温かくなっていた。




