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四話

*


ノアールが最後に来たあの日から一ヶ月経った。


外の天気は曇り。なんというか、雲行きが怪しくて今まさに雨が降ってきそうな予感がする。


時刻は3時、おやつ時。

いつもならお菓子目当ての子供たちでお店が少し混む時間帯。だが、天気のせいか人っ子一人いない。



……いるにはいる。1人は。


「ぷっはッー!!!このお茶甘くて美味しいっ!!キャシィ、おかわりっ!!」


そういって豪快に甘ったるいカフェオレ(・・・・・)を飲み干した少女がおかわりをせがむ。これで六杯目。

彼女の胃の底知れなさに顔が青くなりそうだ。


「お、お客様、ちゃんとお代金は払ってくださいね…?」


「何言ってんの?当たり前でしょ?流石にツケないよー!!」


「そ、それならいいんだけどさ。」


胃にブラックホールを宿すこの少女はヨリという。

食堂の看板娘で、この田舎では唯一の女友達といってもいい。

赤毛の髪をサイドテールにした元気いっぱいの女の子。

「いつか王都に住むんだ!」と自負していたが、所持金の大半を食べ物に費やしそうだ。

若干引きながら七杯目のカフェオレと焼き立てのチョコクッキーを差し出した。


「そういやぁ、最近はあのイケメンさん来ないんだね!王都に住んでる割によく来てたのに。」


イケメンさん…?イケメン…あぁ、ノアールのことか。


「そういえばそうね。うーん、騎士団に入団してたりするし訓練とか、公務とかも忙しいんじゃない?」


あの日も気がついたら帰っていたし、詳しく聞いてないから皆目見当もつかない。

なんか一言ぐらい言ってくれれば良いのにとも思ったが、それは我儘というものだろう。


「はえー、貴族の人は大変だー。うう…あの人が来てくれればお菓子もらえたのに。」


おいまて何だそれはどういうことだ。


「ヨリ…もしかしてアイツにたかっているんじゃ…。」


怪しげにヨリを見ると「違うよっ!」と反論された。


「キャシィについて聞いてくるから、答えただけだよ。最近なんかあったかーとか、変な人に会ってないかーとか、よく行くお店はーとか。こと細やかに答えると沢山くれるんだよ!この前のまかろん?ってやつすっごく美味しかった!」


ヨリがお菓子をたかっていたわけではないことがわかって胸をなでおろす。


ううむ、いくら情報が知りたいからって自ら聞きに行くかなフツー。

一応、王家なんだから情報屋くらいは雇えるでしょ。

それじゃあまるで、私の悪事を暴きたいですって言っているようなもんじゃない。そんなにアイツ馬鹿だったけ。


仕事でもいいから、また来てくれると良いんだけれどな。

そう思って私は窓を覗いた。






□■□■□■□■□■



「クソッ!」


この森にあそこまで大きい魔物が住み着いているとは思わなかった。

何もない空に八つ当たりする。当たり前だが返事はない。


草木を分けて駆ける。

着ている鎧が重くて今すぐ脱ぎたい。持っている槍も投げ捨てて早く寝たい。帰りたい。


「ここまでくれば大丈夫でしょう、殿下。それにあの魔物にも致命傷は負わせました。放っておけばいずれは死ぬでしょう。」


騎士団長がそう言って立ち止まる。


「わかっ、た…。はぁ、はぁ。」


ズキズキと横腹が痛む。

傷口からは出血しており、今にも倒れそうだ。

木を背もたれにしてずり落ちるように地べたに座る。

動けない俺の代わりに、駆けつけてくれた同じ騎士団の仲間が包帯で止血をしてくれた。


「ノアール殿下!!大丈夫ですかっ!?」


「はっ…はぁ、ぅぐっ…。」


これで大丈夫なわけがあるか。

そう言いたかったが今は声を出すこともままならない。

ここ最近で身体が鈍ってしまったのかもしれない。もう少し訓練に励むべきだった。


「皆のものよく聞け!!魔道士は転送魔法陣の用意を!!後方支援の者は前衛部隊の応急手当を!!」


指揮を取る騎士団長をぼーっと見る。


注意散漫、か。自分の身一つも守れないなんてな。

もっと強くならなきゃいけないのに。


指先にまで血が届かないのか思うように力が入らない。

握っていたはずの槍が手から滑り落ちる。目の前が徐々に暗くなる。

周囲の声が途切れ途切れになって聞こえる。


こんなところで死にたくはないんだけどなぁ。


「あ、」


「?…どう───ですか─下?殿下!?お気を──かに!─!」



キャシィに挨拶しとけばよかったかな。





□■□■□■□■□■



窓から外を見ると本格的に天候が悪くなっていた。

山の向こうの奥の方には雷も見える。

近くの山に落ちなければ良いのだけど。山火事は消火が大変だし、被害も大きいし。


「雨が降る前には帰りなさいよ、ヨリ。」


「えー、傘借りちゃだめ?」


「あんた、それ何本目よ…数本帰ってきてないのだけど?」


「えーと…。」


突き出した人差し指をこめかみに当てて考える。

もう片方の手で指を折ったり伸ばしたりして足し算引き算をしている。

それを見かねてバイトちゃんが言った。


「九本借りて七本返ってきました!あと二本返してくださいっ!」


「ば、バイトちゃん…ごめぇん、すぐかえすよぉ〜!」


「わかればいいんですよっ!」


これではどっちが年上かわかんないな。

二人の和やかな会話を聞いてクスッ、と笑う。


……まてまてまて。よく考えたらバイトちゃんのが三百歳ほど年上じゃん。

まあ、いいか。私もカフェオレ飲もう。


カフェオレを作りにキッチンに向かおうとすると、バタンッ!!と大きい物音がしてドアが開かれる。

ドアを勢い良く開けるのは辞めてほしい。頼むからドアを勢い良く開ける選手権なら他でやってくれ。



「キャシアン様!!」


「いらっしゃいませー!ポーションですか?それとも…」


「違いますわっ!!!」


ぱっちり大きい翡翠の瞳につり上がった目元、淡い空色の髪の毛をドリル巻きにした少女が立っている。

服装からして貴族。珍しい。

お貴族様がこんな田舎に来るのも珍しいが、貴族の少女が従者もつけずにお店に入るのはもっと珍しい。

今までは来ても第二王子だったから雑な対応でも許されたけど、今回は粗相のないようにしなくては。

にしてもなんだか随分と既視感のあるというか悪役令嬢のサラワールの生き写しような………。



「さ、サラ!?ほ、ほんものっ!?なんでここに居るのよあんたっ!?」


「気づくのが遅いですわ!ってそれより緊急の用事なんですのっ!!」


思わず後ずさる。

なんだ、一体何をしに来た。嘲笑いに来たのか。


「そりゃぁ!王太子妃がお忍びでやってきたら緊急でしょうね!メニューはいかがなさいますかっ!?」


初っ端の時点でかなり無礼を働いたがそれを今から帳消しにする為にも完璧なおもてなしを…。


「そうではないのです。ノアール様が、魔物に襲われたんですっ!貴方の力が必要なんですのっ!!」


「はぁっ!?アイツが!?」


な、なんで、どうして。

思考が停止する。彼の身になにが起こったというのだ。


「早く馬車に!」


「ちょ、ちょっとまってよっ!」


考える間もなく腕を引っ張られて馬車に乗せられる。

向かい合うように馬車に座ると、サラワールが苦々しい表情で口を開く。


「落ち着いて聞いてくださいね。」


キュッと口を真一文字に結んで力強く頷く。

その肯定を確認したサラワールが重々しく口を開いた。


「ノアール様は騎士団遠征の途中で、魔物に襲われましたの。」


驚きで一杯だった。パニックになりそうだ。



「ポーションを使い、応急手当は致しましたが状態はあまり芳しくなく…。直ちに治癒魔法が使えるお方を呼ぶように、とのご命令ですわ。」


「伝えてくれて、ありがとう…。でも、私治癒魔法は使えないのっ。王宮の魔導師様に頼んだ方が、」


「勿論、直ちに治癒魔法が使えるお方を呼びました。けれど、受けた攻撃の中に呪い付与があったそうで、呪い解除ができる程の人材はいませんでしたの…。」


「そんなっ…。」



呪い解除ができる程の人材なんて、いるわけ無い。





「解呪は、聖女にしか使えないから…。」




そうか、だから藁にもすがる思いで私に頼んできたのか。聖女の卵である、私に。

サラワールは今にも泣きそうな顔をしている。

彼女は設定上の悪役令嬢(サラワール)とは似ても似つかないほどに優しい。




でも、


「………私には無理よ。ストーリーが終わった今、もう聖女になんてなれないわっ…。」


治癒魔法さえも使えない出来損ないには力不足である。ポーションがダメなら、私にできることなんて看病くらいか。

鼻奥がツンとして、涙がこみ上げてくる。



「そんなのわかんないでしょう!エンディング後がどうなったかなんて、あの乙女ゲーでは書かれてなかった、聖女になれたかもしれないっ!」


「じゃあ、どうやるのよ!!私は振られたのよ、アンタの婚約者に!」


私の口から嫌味ったらしい言葉が出てくる。



「聖女になるには恋が実れば良いの、ううん、もしかしたら実らなくても、」



そんなのっ…


「そんなのわかってるわよっ!!!だから必死に好きでもない第一王子の好感度をあげようとしてたじゃない!!!」


口に出してみるとあまりの自分の醜さに泣きたくなってくる。

聖女になりたいが為に第一王子を利用しただなんてそれこそ悪役じゃないか。



彼女の眉間に一瞬皺が見えたかと思えばいきなり両肩を強く掴まれた。

令嬢のくせに握力が強くて掴まれた肩が痛い。


「痛ッ。」


「わかってない!!聖女の力は、ルートとか関係なく、キャシィの恋心に反応するのっ!!!!」



こんなに取り乱して大声を上げるサラを、私は初めて見たかもしれない。

あんなに熱かった頭も冷めてしまった。

そもそも、今はこんなことをしている場合ではないじゃないか。




「サラは、私が、好きでもない第一王子に固執してたから、聖女に、なれなかったって言いたいの…?」


「ええ。」


そのはっきりとした声が私に深く刺さる。



「ここがあの乙女ゲームと同じ世界なら、聖女になるにはキャシィの恋が成就することが条件。だったら、例えエンディング後でも、キャシィが結ばれれば聖女になれるかもしれない。」


私でも、聖女になれるかもしれない…?



「あくまで推測だけれど…。」


付け足すようにして自信なさげにそう言った。

言われたことに納得はいかないけど、否定もできなかった。



「……わかった。」


今までやっていたことは無意味だったのかな。

ううん、今は泣いてる場合じゃない。心を強く持たなくちゃ。


一つ、深呼吸をしてからサラに話しかけた。


「さっきは熱くなってごめん、その考えも私には考えつかなかった。シナリオ通りにいかなかった時とか、全て貴方のせいにしていた。本当にごめんなさい…。」



「いえ、少なくとも、私がシナリオ壊したのは事実だから…。」


つくづく自分が嫌な女だとわかったのが辛い。

涙が出そうになったけど、ぐっとこらえた。ちっぽけなプライドがこれ以上を泣くことを許さなかったから。


「…私が聖女になれなくても、ノアールを助けられると思う?」


「わからない。けど、恋してる気持ちが強ければ貴方は強くなれるはず。だって、貴方は主人公(キャシアン)だから。」


淡々と、でもどこか優しく言った。


「………そう。頑張ってみるね。」



暫くの間、無言でいた。

カタカタと馬車のなる音が響く。

日本人には耐え難い空気感に染まっていて、このままでいるのも気まずいが、話しかけるのも躊躇われる。

かといってずっと黙っているとネガティブな方向ばかり考えてしまって不安で身体が震えてくる。

ガタンと一際大きい音がして馬車が止まる。


「キャシアン様、関所に着きましたわ。ここから転送魔法で直接王宮に行きますので、酔いにはお気をつけください。」


サラは令嬢さながらの言葉遣いと所作に戻った。

サラが私より先に馬車を出る。

それに続いて御者に差し出された手を取り、馬車降りた。



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