カプァなる風習について
我々は何かをしてはいけないことについて『タブウ』と呼ぶ。
三部族の主張するカプァも似たようなものではないかと問うたら『鳥の巣』もとい『鳥の糞』氏から違うと叱られた。
「例えば食料が不足しそうな年は一定量の食物にカプァを設け、作っては良いが飢饉のときを除いて食べてはいかぬとする」
まことに合理的なものらしい。
「だが、旨い酒がある時は別だ。偉大なるガもパもお許しになる」
『鳥の糞』は私が本土から持ち込んだ麦酒がお気にめしたようだ。
彼らの酒については後述したい。
今日はそのカプァである遺跡調査に行く。
三部族は『一部の』悪戯好きを除いてこのカプァをよく守り、好んで近づこうとする者はいない。
私のようにその地が神聖視された理由も信仰も土足で踏みにじり己の興味を優先するよそ者をのぞいて。
あるいはどこぞの秘密探偵じみた遊びを好む、何故か今日に限って私の周りをうろちょろしていない娘を除いて。
「お姉ちゃんはいつもこうだからね」
私を見上げてパプィがにっこり微笑む。血のつながりはないが同じプ家の『姉』に似て好奇心旺盛にして愛想が良い。姉が日本人と寸分変わらぬ流暢な日本語を操るのに対して若干たどたどしくも通訳として充分すぎる能力を持っている。
彼女は年齢にしては胸元が少々立派なので私は意識して小柄な彼女から目を離す。繰り返すが退廃趣味に恋は難しいし無法巨乳幼女の相手に至っては妄想小説のみの話だ。
私は歳上の胸と尻が大きく、ある程度運動を嗜む恵体を誇る健康的な婦女子が好みなのである。
例えば『炎を踏む脚』嬢のような。
帝国の古い価値観を持つものは婦女子に運動は不可能だと偏見を未だ捨てぬが、これからの時代にそのような考えを保持するのは私の実家のように不合理で衰退していくような連中だけだと考えたい。そもそも舞は運動である。これは断然たる事実なのだ。
これは現実ではない。あってはならぬ。
これは現実ではない。あってはならぬ。
願わくば彼女には草木で編んだ豪奢な首飾り兼胸隠しではなく、胸当てをつけてほしい。
何故私の手を握る。その手を胸元に持っていこうとする。
私は必死で暑気に己の脳機能を委ね、理想の女性像や実家の事、退廃趣味趣味について考えることで危険を回避する試みを続けるのであった。
さて、我が友『鳥の巣』は私からせしめた大量のビイルを『神への贈り物』と称して持ち込むつもりである。
なお、彼はちゃんと敵から贈られた名である『鳥の糞』と呼ばないと怒るのだが私とパプァは『鳥の巣』と呼ぶ。発音しやすいのと私が友人を糞呼ばわりするのを好まない個人的嗜好からそうしている。
気が付けば脚のまだ達者な村の古老や今日はカプァで漁にいくことが出来ず子供の相手をするはずだった男たちもぞろぞろ。
確かに遺跡調査には人手が必要だがいくらなんでもビイル目当てにカプァをダシにし過ぎである。
「偉大なるものたちに捧げる異国の旨い酒をもってこのカプァを一時的に停止する」
そういった大神官にして大酋長(※パプァの父である)の手には開封済みのキンキンに冷えたビイル缶が握られているのを私は確かにみた。一応彼は現人神であり陛下と等しい立場であらせられるので私は彼に対して地面に額をつけて接するがその言行は私の盗み見を許す事実から察せられるであろうがあまり神には見えない。実に気さくな現人神である。
しかし本土から持ち込み教授から頂いた『麦酒一年分』をまさかパプァの裏切りで発見されるとは思わなかった。
私の最後の抵抗、『麦酒は冷やさねば呑めないものなのだ』なる虚勢に対して彼らは蒸気を圧縮しそれを逃がす圧変化で熱交換を行う原理を知っていたことを記しておく。
私の冷蔵庫は当然彼らに供出されたがそれで補えるものではないとタカをくくっていたのが運のつきだ。
彼らは必要とあらば硝石も作って見せる。
たちまち冷えていくビイルに私は死んだ魚の眼になっていたに違いない。
そういえばかの大酋長の家も妙に涼しかったが彼らの持つ謎技術知識の一つなのかもしれない。
窓ガラスのようなものが貼っていたのは知っているが内容を聞くと極限まで濾して透明にした『紙』(※セルロオスナノフアイバア)であると知り眩暈がしたものだ。
それよりもいなくなったパプァだがかの遺跡の方向に遊びにいって帰ってこないと彼女の『妹』は証言している。
小さな子供ならさておき! ある程度年齢の行った(※彼らの価値観ではそうらしい)パプァがカプァを破るとはと驚き呆れる皆だがその眼が私に一斉に注がれたのはそういった陰謀によるものだったようだ。
『子供が迷ったという名目があれば皆がカプァである遺跡に入ること、よそ者がそれに伴い子供救出を優先する限りそれを調べる事を許してかまわない』
彼らの主張は概ねそういったところであるが、パプァはかねてから『鳥の巣』と共謀して私のビイルを奪う陰謀を巡らしていたらしくそのため父を誑し込み神官を誑かし、妹の乳房まで利用して我が守り場から私をかどわかす悪事の限りを行って見事にわたしの麦酒を衆目にさらすことに成功した。
衆人は激怒した。
必ず無知蒙昧な学生を酔い倒さねばならぬと決意した。
私にかれらのやり方はわからぬ。私はMoratoriumを享受する学生にすぎぬ。
卓上遊戯に興じ、二次元と遊んでいた結果何故かこの島に来た。
けれども麦酒に関してはここにいる誰もが人一倍鋭敏であった。
太宰治氏の悪質なParodyはさておき、『カプァを一時的に停止するため、かの遺跡を作った民の酒が必要なのだ』という彼らの主張は一見矛盾していないような気もするが納得はいかない。
そもそも一万年前の日本人など私の感覚でいえば日本人ではないし、このような遠方に到達したという事実も私の知る限り無い。彼らの伝承をうのみにしてしまえばまるで我々(※日本人がというわけではなく、人類)が星の彼方から来たかのような無茶苦茶な暴論がまかり通る。
とにもかくにも私が密やかに夜中たしなむ麦酒はすべてパプァを助けるための『カプァ』として彼らに奪われた。
あとで教授に追加で送ってもらうしかない。今度の連絡は電報ではなく他の手段をとろうと思う。
まさか独逸の知人から譲ってもらったエニグマを彼らが破れるとは思えないが。
この後私は彼らの持つ素晴らしい技術と文明、そして彼らが敢えて使っていない『カプァ』の数々を改めて知ることになる。
文明は持つこと、得る事が本質ではないのかもしれない。
素晴らしいと知っているからこそ、誰よりそれを愛するからこそ使わない判断も大事なのだ。
今、帝国の電力源として期待されているという、かつて本土を焼き尽くした巨大な炎のように。
私が親愛なる友たちから必死で隠し通す麦酒やウヰスキイのように。
『この箱を開けたければパプァよエニグマを破って見せるがよい。我が帝国の情報部ですら苦戦した暗号である』
そんなことを当時は思っていたらしい。当時の日記を見ると燃やしたくなる。
私は暗号解読や暗号作成はパプァが得意とする数学の領域であるとよくわかっていなかった。すなわち察してほしい。
パプァ:びぃるおいしい