後編
後半は殆ど会話文になります。
検診から戻ってきた姉は、気分が悪いと寝室に下がってしまった。姉に付き添っていた日向という青年は早々に帰ってしまい、甥はママ、大丈夫と夫婦の寝室にかけていく。黎が姉の具合が悪いのだからと上に来るよう誘ったがママが心配だからと断られてしまった。
メイドの二人も、姉の着替えに手を貸し甲斐甲斐しく世話をしている。姉は栄に私はいいから、黎ちゃんの世話をしてあげて、と頼んでおり、昔から姉は他人を前にすると善人ぶろうとする最低な人間だったことを思い出した。
何かにつけ祖母は、夕陽を見習いなさいと黎と姉を比べた。姉と黎など、なにもかも比較にならないのに。
ぐったりと瞑目する姉の枕元で、甥は胸に抱えるようにして運んできた絵本を静かに読んでいて、姉も時折目を開いては甥に話しかけている。姉に話しかけられると甥は無邪気に喜び、ママ、ママ、と甘える。
胸に、溜まりにたまっていた不満が爆発しそうになり、黎は足音も荒く上にあがる。
一体なんなのだ。皆、誰も彼もほんの数年前まで、姉は妹の黎に劣る人間だった。両親をはじめとする人々は優秀な黎と、不出来な姉を比べ同じ姉妹かと姉を嘲笑った。姉を庇ったのは、姉の本性を知らないか見る目のない馬鹿ばかりだったのに今では義兄の妻になったのをいいことにすっかり大きな顔をして黎を貶めている。
義兄や甥が、黎に構ってくれず、なつかないのは姉が二人に、黎についてあることないことを吹き込んでいるせいだ。
本当になんて恥知らずな女だ。あんな女が姉だなんて。
下でぱたぱたと寝室から洗面所に走っていく足音がし、黎は直ぐ様階段を下がる。
思ったとおり、姉が洗面台でえずいていた。胃液も戻しているらしく、汚ならしいことこの上ない。
黎に背を向け、洗面台の水を流し突っ伏しながら戻している姉は黎に気づいた様子がない。
黎は素早く周辺の気配を探り、甥も二人のメイドもいないことを確認しながら姉に近づいた。
こんな女、苦しめばいいのだ。死ねばいいのに。死なないのなら、流産すればいいのだ。おいは可愛らしいが、黎にはなつかない。この女の腹にいる子もきっとそうだ。そんな子供など、黎を第一に考えない人間など、いらないのだ。
「夕陽、大丈夫か?」
片足を振り上げていた黎のすぐ脇を、いるはずのない人影が通りすぎた。
癖の強い黄金の髪と、すらりとした長身の青年は苦しげにえずく姉の背をさすり、落ち着いた姉を腕に抱き上げた。
胃液と唾液にまみれた汚れた口許を長い指先が拭い、姉が汚れてしまいますから、とかすれた声で囁き、義兄は汚くなんてない、と姉の口許に唇を落とし、姉を抱え直すと黎には一瞥もくれずに洗面所を出ていってしまった。
義兄の気配に、全く気がつかなかった。否それよりも、義兄に見られてしまっただろうか。
黎が、姉を蹴ろうとした場面を。苛ついていたとはいえ、野蛮な、およそ淑女とは思えぬ行為をしようとした、最悪な場面を。
なんてことだろう。義兄に、あの義兄に黎が暴力で訴えるような、低能で品のない女だと思われてしまったかもしれない。
違う、黎はそんな女ではないのだ。そんな浅ましい女ではない。
義兄になんと釈明しようかと考え込んでいた黎は明朝、栄から姉と甥が千寿の本家に移ったことを聞かされた。黎は何時ものように昼過ぎまでゆっくりと睡眠をとっていたので事後報告になったと。
検診の結果、安静にするよう医師から告げられそれならば、と早めに本家に移ったらしい。
ならば何故、黎も千寿の本家に連れていってくれなかったのか。本家に居を移したなら、義兄の両親や二人の兄、親類に至るまできちんと挨拶したのに。黎の住まう部屋も、用意してくれているはずだ。黎は、未成年で、姉の肉親だ。姉が千寿の本家に住まうなら当然、黎とてそうする権利があるのだから。
姉と甥は既に移ったが、義兄はまだ荷をまとめているとのことで、黎は好都合だと義兄のもとに向かった。邪魔な姉も甥もいない。黎は化粧や服を替え、いつもより念入りに身支度を整える。
鏡にうつる黎は、姉などよりよほど美しい。姉と黎の立場が逆だったなら、黎が千寿家にメイドとして就職していたなら、義兄は黎を妻にしてくれただろう。
浮き立ちはやる気持ちをおさえながら、黎は義兄のいる、マンションのなかで唯一、和室の義兄が書斎にしているという部屋に向かった。
ふすまから人の気配と話し声が聞こえる。義兄ともう一人、日向という青年の声がした。
そういえば、あの日向という青年は黎に挨拶しようとしなかった。主筋にあたる黎に対して失礼だ。それとなく、注意したほうがいい。
何を話しているのだろう。気になった黎はメイド二人の姿が見えないことを確認してから片耳をふすまに近づけた。
「あなたは毎回急に私を呼び出しますね。私も暇ではないのですが」
「俺だってお前より邑雲のほうが良かったが、会社を休ませるわけにもいかんだろう。その点お前は融通がきくだろう?」
「院生が暇ではないのはあなたとてよくご存知の筈ですが。何せあなたも院に進学する予定だったんですから。それをいきなり進学を取り止めて就職するとは。教授が惜しんでらっしゃいましたよ」
黎を前にしたときと、義兄の印象が異なる。一人称も私、ではなく俺、だ。よほど気心がしれている間柄なのだろう。
義兄か大学院に進学出来なかったのは姉のせいだ。甥が出来てしまい、就職せざるを得なかったのだろう。
「夕陽を口説き落とすのに時間がかかったからな。珪を予想外に早く授かったお陰で籍もいれられたんだ。学生なんぞやってるつもりはない。そんな男と結婚すると思うか?」
「授かった、ですって?はじめから妊娠させて結婚するつもりだったんでしょう?避妊に失敗したとはあなたの言ですが、避妊に失敗していたなら、あなたの子供は今ごろ何人産まれているでしょうね、あなたの唯一の取り柄であるその顔で、何人の女性をたぶらかしてきたんだか。素晴らしい遺伝子を提供してくださったご両親に感謝してください」
「どんなにもてようが、夕陽の好みは、俺の顔とは違うから意味がないな。せめて夕陽好みの顔だったらもっと早く口説き落とせたんだろうが」
「ああ。夕陽さんはあなたのような男ではなく誠実で穏やかな男性、就職先で夕陽さんの教育係になっていた、あの男性のような方がタイプなんでしょうね。あなたに命じられて様子をうかがっていたときに二人でいるところを見ましたがお似合いでしたよ。お互いにまだ意識していなかったようでしたが、二人がひかれあっていたならあなたに勝機はなかったでしょう。顔や家柄はあなたが勝っても、夕陽さんは彼を選んだでしょうから。・・・・あくまで仮定の話をしているのに、その顔はなんです?男の嫉妬は醜いですよ。似たような顔を、夕陽さんが屋敷から居なくなったときもしていましたよ。あのときのあなた、酷い顔をしていましたが、自覚はあったんですか?」
「そんなに酷い顔をしていたのか、俺は」
「ええ。酷い窶れようなのに目だけはけいけいと輝いて無表情。そのくせ夕陽さんを追いかけるための準備は怠っていませんでしたよね。院への進学を止めて就職先を探しながらよくもまあ夕陽さんを追いかけていったものだと関心ししますよ。窶れて痩せた姿で夕陽さんに会いにいったのも、夕陽さんの性格なら心配してくれるだろうとの算段があったからでしょう。なりふりかまわず、汚い手を使って」
「夕陽の気をひくためならなんだってするさ。痩せたのは自覚していたが、そんなに窶れてたか?」
「ご当主様が案じるぐらいには。あなたのあまりの変わりように、ご当主様もそうとしりながらも、あなたを止めなかったのでしょう」
・・・・一体、何の話をしているのだ。姉を義兄が追いかけていった?まるで、姉が逃げたような言い方だ。姉は卑怯な手を使って義兄の子を宿した筈ではないのか。
くっ、と義兄は喉を鳴らして低く笑った。嘲笑うかのような響きのある声だった。
「親父に一度訊かれたな、本気なのか、と。俺がそうだと答えたら、好きにするといい、とだけ言われた。そもそも親父は、この件に関して俺にはなにも言えないはずだ。何せ親父も留学先で出会った母さんを双方の両親が反対するなかで日本に連れてきて結婚しちまったんだからな。母方のじいさんは俺が生まれるまで絶縁したまんまだったそうだぞ。父方のじいさんも許そうとしなかったらしいが、じいさんもじいさんで見合いの席でばあさんに一目惚れして見合いの場から強引に千寿家に連れてきたらしい。実家に帰そうとせず、必要なものはすべて用意して実家からメイドも呼び寄せてな。随分非常識なことをしでかすだろう?」
「明確なコメントは差し控えますよ。英祥さんと禎祥さんの件はうかがっていましたが」
「英祥兄さんは病弱だからとやんわりと拒絶する義姉さん相手にそれはもうおしておしておしまくったからな。最終的には義姉さんが折れてくれたから良かったものを、あのままだったら拐うぐらいはしたかもしれん。禎祥兄さんのほうは婚約者のいた義姉さんから千寿の力を使ってまで強引に奪い取った。義理の親父さんからは二、三回殴られたらしいな。それが今では二人でよくのみにいくそうだから、上手くやってくれて何よりだ」
「それであなたはメイドとして懸命に働いていた夕陽さんを卑怯な手を使って手込めにした挙げ句、新しい就職先にまで追いかけて行ったあと、妊娠させて籍をいれたわけですか。ただの鬼畜外道のゲスじゃありませんか」
「一応俺はお前の主のはずだが」
「否定出来ないでしょうが。全く、夕陽さんには感謝するばかりですよ。慈悲深い女神だと崇め奉りたいぐらいには。夕陽さんがあなたを受け入れてくれなかったら、あなたも何をしでかしたかわかりませんからね。千寿の女性方には感謝してもしきれませんよ、我々仕える立場の人間からすれば」
「千寿に外から嫁いできた人間は、義理の嫁と姑とは思えないほど仲が良い。重い夫をもつ連帯感とでもいうべきか、母さんが千寿に嫁いできたときも、異国の地で不馴れで戸惑うばかりだったらしいが、ばあさんが何から何まで面倒をみてくれたらしい。義姉さんたちに対しても母さんは実の娘のように接しているだろう?夕陽に対してもそうだ。母さんは娘が欲しかったからかもしれんが」
「・・・・果たして重いの一言で済みますかねぇ。私には狂ってるようにしかみえませんが」
「いいえて妙だな。俺が勝手に狂って夕陽の人生を無理矢理変えさせたんだ。誰よりも、俺自身なんぞより遥かに大事に大切にする。女神でも崇めるようにな」
「あなたにとってはまさに女神でしょう。浮気の心配はないですねこの分では」
「夕陽がいるのに、何故他の女に目を向ける必要があるんだ?ないだろ」
「よく真顔でそんな恥ずかしい台詞をぬけぬけと。それで、あなたの女神の、到底妹とは思えないあの女性はどうするつもりです?」
呼吸も忘れて、室内の会話を盗み聞きしていた黎は、妹、の単語に肩を震わせて反応する。
「夕陽の唯一の肉親だからな、うまく丸め込んでおけば後々役立つだろうと思ったがあれはだめだ。何の役にもたちそうにない。悪阻で苦しんでる姉を蹴ろうとしたクズだ。近くに置いておいても利点は一つもない。早々に留学先に戻ってもらうさ」
「夕陽さんを害そうとした人間を、よくあなたが許しましたね。夕陽さんと珪明君以外はどうでもいいあなたが」
「許すわけがないだろう?そもそも俺は、両親を亡くして成人したばかりの姉しかいないのにその姉に多額の金を用意させようとした時点でろくでもない妹だとは思ってたさ。メイドとして働いている姉が、どうやってそんな金を用意出来るんだ?両親の遺産なんぞ、たかが知れてるだろう。何を勘違いしているか知らないが姉である夕陽にも遺産を相続する権利はあるのにな」
「あなたに他人のことが言えますか?その弱味につけこんだくせに。あなたの唯一の取り柄の顔も千寿の家柄も夕陽さんには何の意味もなく弄ばれて捨てられるだけだと危惧しあなたを拒絶し続けたんですから。メイドの自分に、千寿の御曹司が本気になるはずがないとね。理知があり常識的な考えでしょう。よく流されなかったものだと感心しますよ。本気になったあなたをつれなくする女性がいるとは。どうしても振り向いてくれない夕陽さんにしびれを切らして弱味をついて手込めにしてしまうんですから、つくづくゲスですね」
「ゲスだゲスだと繰り返して言うな」
「ゲスでしょうが。しかしそんな妹がいては、夕陽さんも気の毒ですね。あなたの命で一応身辺を洗いましたが、素行といい評判といい散々なものです。故人に対して失礼ですが、夕陽さんのご両親もあまり評判は芳しくありませんね。あそこの家でまともなのは夕陽さんと亡くなったおばあさまだけだと有名だったようですし」
「どれだけ自分を過大評価しているかわからんが、ピアノの才能も、国内ではそれなりでも海外に留学すればその程度のレベルの人間は山程いる。留学だって、箔をつけたい学校側が金の力で押し込んだだけだろう?日本に帰国してからというもの、俺はピアノに触ってるのを見たことも聞いたこともないぞ。ピアノも学業にも力を入れていたようだが、常識に欠けすぎる。夕陽とはもののみごとに正反対だ」
「然り気無く嫁自慢ですか。千寿家のメイドとして採用されるぐらいですから、夕陽さんの優秀さはあなたが自慢しなくてもわかりますよ」
「嫁を自慢して何が悪い。どんな女でも夕陽にとっては妹だ。成人するまでは援助するさ。それからは本人次第だ。ああ、適当な男を見繕ってあてがうのも手だな。その男が女癖が悪くて暴力をふるうような男ならなおのこといい」
「そんな都合のいい男がいますかねぇ。それにそんな男をあてがったら夕陽さんはもとよりあなたにも害が及びますよ。いいんですか?」
「だからこそいいんじゃないか。手のかかる妹がいれば、夕陽は夫の俺に頼らざるをえない。子供たちだけではどうにも不安でな。夕陽は一度、俺から逃げて俺の存在を無かったものにしようとしたんだ。あの時の感情は忘れたくても忘れられない。夕陽が俺のそばにいてくれるなら子供でも、できの悪い妹でも喜んで使うさ。だから、あの女には常に、程々に不幸でいてもらわなければ困るんだ。それにあの女のせいで夕陽は両親から見向きもされず、しいたげられてきたんだ。夕陽が望まなくても、俺は許さない。不幸で居続けてもらうさ、一生な」
「完全なる私情じゃあありませんか」
「私情だな。俺がやりたいからやるんだ。誰に強制されたわけでもない。そのために紳士で穏やかな義兄を演じてるんだぞ。あの女は千寿の力も使おうとしているらしいから、逆手をとってやる。就職先も、結婚相手も俺が用意してやるさ。程々に不幸になるような、俺にとって都合のいいものを。だが、夕陽にも子供たちにも近づけさせない。今回もそのためにわざわざメイドを呼び寄せたんだ。夕陽と二人きりなんぞにさせたら何をするかわからん。珪もあの女を嫌ってるしな。そろそろ千寿の本家に戻ろうと思っていたし、頃合いだろう」
「漸くおもどりですか。次の当主が決まるまで、直系の男子は本家に住まうのが慣習ですからね。だから英祥さんも禎祥さんも敷地内の別邸に住んでらっしゃるわけですし」
「子供が二人になれば、夕陽の負担が増える。メイドが回りについていれば家事をこなさずにすむ」
「あなたは本当に夕陽さんのことしか頭にありませんね」
「だから邪魔なものは排除する。夕陽の肉親であれ何であれ情け容赦しない」
義兄の冷えた声音に黎は震える足で、その場をあとにした。
あんな、あんないかれた、狂った男を慕っていただなんて。美しい皮を被ったただの獣ではないか。常識も良識もない、己の狂った世界のなかで生きる、人の皮を被った獣。
けれどあの男には、それを可能にする力がある。千寿という家名が。
今の話を、聞かずにいたなら黎の人生はあの男によって滅茶苦茶にされていた。黎には、才能がある。あの男は根拠のない虚言を言っていたけれど、黎の才能は本物なのだ。援助してくれるというのなら、援助させる。そしてあの男を見返してやる。
あんな男には、この先決して関わらない。姉と縁を切るべきだと思っていたのだから丁度いい。
姉には、あの男が似合いだ。あのいかれた男が。直ぐにでも荷物をまとめよう。こんな所にはいられない。いたくもない。
ふすまの向こうの足音が去っていくのを耳を傾けていた日向はやれやれ、とだらしない格好で畳に寛いでいる珪祥に視線を向けた。
「くだらない芝居に付き合わせて。ご満足ですか?」
「ああ、上出来だ。別に芝居じゃないんだが」
「あなたの本心ですからね。本心を聞かせた真意は何です?脅しにしては、少々甘い気がしますが」
「警告だ。あれを聞いてそれでも夕陽に近寄ろうとするなら実行するし、縁を切るつもりなら俺はなにもしない。自力で幸福になろうが不幸になろうが夕陽にさえ関わらなければ。賢い姉想いの妹でなくて幸いだ。騒ぎ立てる両親もいないし夕陽の家族は俺と子供たちだけいればいい」
「珪明君があなたに似ないことを祈るばかりですよ。外見はあなたに生き写しですからね。夕陽さんは良い母親ですから、あなたを反面教師にしてくれるのを願いますよ」
「お前もさっさと結婚しろ。それでとっとと子供をつくれ。お前の息子なら珪明のそばに置いておけるしな。邑雲にもせっついてるんだが」
「そう急かさないでいただけますか。あなたには二人目が生まれますが、私と邑雲はまだ独身なんですよ。今度は男の子ですか?女の子ですか?」
「まだわからん。夕陽は元気で健康ならどちらでもいいというし、お袋や義姉さんたちは女の子がいいと今から騒いでる」
「英祥さんも禎祥さんも息子さんばかりですからね。お二人はなんと?」
「義姉さんたちが望んでるなら女の子がいいと言ってる。親父や兄さんは嫁に弱いからな」
「あなたもでしょうが。もし夕陽さんに無理難題をお願いされてもあなたならもてるコネクションやら権力を総動員して叶えてしまいそうで恐ろしいです。・・・・そこは否定をしなさい。ああするなという顔をせずに」
留学先に帰ってきた黎は、姉が周囲の人間からシンデレラのようだと言われているのを聞いた。
一般家庭の、それもメイドから当主の末息子の妻になったのだ。確かにシンデレラストーリーのようだが、実情は違う。
いかれた男に執着された姉を、黎ははじめてあわれに思った。
だからとはいえ、黎はこの先姉に関わるつもりなど一切なかった。黎は己の身が一番なのだから。