492話 南伊勢攻略戦 敗戦と温泉と
2月は体調不良からの花粉症のコンボて、何も書く気にならないという状態でした。ボチボチ戻ってくる予定です
滝川一益を挟むようにして柴田勝家と森可成が馬を進める。
滝川一益の護衛達はやむなく三将の前と主君一益の後に動く。柴田勝家、森可成の護衛達は各々の主人の側面と後方を守る様に動いた。
これで、動く密室が出来上がる。
蹄の音、衣擦れや鎧が擦れる音、それらが遮音壁となり、三人の武人の声は一番近くの護衛にしか聞こえない。
「一益殿。こたびは、災難だったな」
まずは努めて明るく柴田勝家が滝川一益に声をかける。
「柴田殿。勝敗は兵家の常とは申しますが、こたびは、敵の策に嵌められた様子。敗軍の将は以て勇を言うべからず、と古書にもございます。殿の御前でただ、敗戦について報告するしかございますまい」
滝川一益は沈んだ表情のまま応える。
そんな中、森可成が滝川一益の言葉を聞き、首をかしげながら、問いかける
「ん?『敗軍の将兵を語らず』では無いのか?滝川殿?」
今は、そういうことではないだろうと思いながら、柴田勝家が滝川一益のかわりに森可成の疑問に答える。
「森殿。一益殿が言ったのは原典の方ですな。『史記』だったかと…」
「柴田殿の言う通り、『史記』淮陰侯列伝の言葉でございまする。負けたそれがしが多くは語ることは殿のご気分を害するでしょうからな」
そう言うと、また、うつむく滝川一益。
わずかの間、全員の間に沈黙が染み込む。
意を決して、柴田勝家が滝川一益にまた問いかける。
「一益殿は、先程、『敵の策に嵌められた』と言っていたと思うのだが…。仔細聞かせてもらえるか?」
「先程の通り、多くを語ることは致しませぬが…。ただ、事実のみを告げれば、伏兵がおりました。確かに西の丸に兵は多くありませんでしたが、本丸の伏兵が西の丸の援軍となり、魔虫谷にいた我軍は本丸と西の丸から攻め立てられ申した」
「当家家宰は、偽りの情報を渡されたのではないかといっておったが、如何かな?」
「おう、うちの義父殿も同じような事を言っておったな」
「ハッハッハ。柴田殿、森殿ともによい家臣をお持ちのようだ。それがしは、そのようなことも読みきれず、偽報の計に踊らされたようですからな」
力なく笑う滝川一益にいつもの覇気は無い。
その様子を見て、柴田勝家と森可成は顔を見合わせる。
「滝川殿。東陣地軍監ではなく、筆頭家老として伊勢方面担当のそなたに問いたい。大河内城を力攻めして落とせる可能性はあるか?」
「落とせるとは思いまするが、我軍にも大変な損害がありましょう。できれば、兵糧攻めを続けて、弱ったところを叩くか、それなりのところで和議を持ちかけ我らに有利な条件で折り合いをつけるか…いずれかがよいかとは存じまするが…。殿のご気性を考えるとこの後も数度、力攻めを行われるかと…」
「やはり、滝川殿もそう思うか」
「はい…」
「一益殿。ご安心めされよ。森殿もそれがしも力攻めを望んでいないのは、同じでござる。兵糧攻めを続けるにあたり、一番の問題点は殿のご気性であることも我らも分かっておる。なので、一益殿に協力してほしいのだ」
「何に協力するので?」
「儂、柴田殿、そなたの三人で一芝居打つのだ。殿とそなたには湯の山温泉で一休みしてもらうように持っていく。少し離れたところで殿と二人で策を練ってきてくれ。その間は、各陣の主将達と話し合い、兵糧攻めを粛々と行うつもりだ。其の昔、殿が上洛した時に、岩倉城を囲んだままにしていたことがある。その時と同じようにするのだ。どうする?乗るか?」
「確かに…。殿がこの場を離れれば、力攻めを無理に行うようなことも起こりますまい。兵糧攻めを行いつつ、少し離れたところで策を練るのは悪い手ではないように思いまするな。わかりました。お二方の提案に乗りましょう」
「ならば、良し。一益殿、森殿。もそっと馬を寄せよう。話を詰めようぞ」
織田家の武の柱石たる二人がこのような、策を弄せざるを得ない状態になっていることを、滝川一益は少し済まない気持ちになりながら、常歩で進む馬上にて話を聞くのだった。
四半刻後、信長本陣。
いつものように佐久間信盛が諸将からわずかばかり遅れて床几に着座する。少しイライラした信長がチクリと嫌みをいうところまでが陣幕での軍議が始まるまでの何時もの流れである。
「さて、信盛の遅参の事は脇においておくとして、だ。一益。負けたようだな。なんぞ、申開きはあるか?」
「はっ。魔虫谷からの奇襲の件、我が力及ばす、西の丸、本丸ともに攻め落とすこと叶わず。申開きの言葉もございません」
「で、あ」「一益!落とせぬとは、何事ぞ!」
信長が滝川一益の話を受けて、次の話を始めようとしたところ、普段、軍議では目立った発言をせず、信長の話をまとめたり、他の将を抑えて承諾するする役割を担う森可成が軍扇を地面に叩きつけ、立ち上がって滝川一益を責めた。
森可成の常ならぬ雰囲気に場がしん、と静まる。
信長も普段見ない森可成の雰囲気に眉を上げて驚く有様である。
「可成。そう怒るな」
本来なら、滝川一益を少し詰めるつもりだった信長も、鎮静する側にまわらざるを得ない。
「殿!それがしは怒っておるわけではございませぬ!滝川は伊勢攻めの尽くを殿から任された者。それ故、それがしも今回は柴田殿の軍監としての立場に徹しようと思っておりました。
ですが!この体たらく!もはや堪忍袋の緒が切れ申した!
一益!お主、一度、大河内攻めから外れるのが良いのではないか?
こたびの魔虫谷攻めでそなたの旗本衆や伊勢衆が多数傷ついていよう!
一度、領地に戻り、頭を冷やし、配下を労るのが良いのではないか?
もちろん、伊勢攻めの総責任者としての役目はしばらく降りてもらわねばならん。如何ですかな、殿」
滝川一益を上から見下ろすようにしながら、声を荒らげる森可成。最後に、信長の方に体を向けると、少し声の調子を抑え、信長に滝川一益の今回の戦からの退場と伊勢攻めの責任者からの退任を求める有様である。
「ふむ、可な」
一瞬、思案げな顔をした後、信長が口を開こうとすると、今度は柴田勝家がその言葉を遮る。
「げにげに。森殿のおっしゃられる通りですな。一益!配下の者とともに一度、大河内城攻めから退去するが宜しかろうよ!そなたの領地には、ほれ、いつぞやの軍議で話に出た、湯の山温泉があるであろう?傷をおった配下の者共々、そこで少し湯治でも致せ。手傷を負ったは顔だけではないのであろう?」
「くっ。しかし!」
「当家預かりの坊丸の奴が言っておった温泉旅館とやらを作ったのであろう?確か、より良く湯治ができる宿だとか。そこにでも行くがよいのではないか?一度、戦場から離れてみれば、滝川殿ならばなんぞ良い知恵も湧くかと思うぞ?いや、それこそ、温泉のように、な」
湯の山温泉再登場。本編ではカットしましたが、街道の整備に合わせ滝川家が労働力を、柴田家(坊丸)がアイデアを出して兵士や一般向けの湯治宿と富裕層向け高級温泉旅館を作っております。
「敗軍の将〜」は、「史記」淮陰侯列伝の李左車の言葉が原典。現在、人口に膾炙する形になったのはいつからなのかは謎。知っている方がいたら、教えてほしい…。微妙に誤訳したせいで原典の言葉と意味が違う感じになっていると思うのですが…。
三人の武将の密談の様子は「機動警察パトレイ△ー2 TheMOVIE」の後藤南雲荒川の移動する車内での会話がイメージの元ネタ。
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