afterglow, after a blow
二か月ぶりくらいに新しくタイトルを考えたような。
見上げるほどの巨躯は砂像が崩れるように、ざらりと輪郭を失い、光の粒子と化して煙のようにゆらりと立ち昇り、やがて大気に還っていった。
「ふ――」
俺は細く浅く息を吐く。込み上げてきた笑いは喜びからか、それとも単に気が抜けたが故か。いずれにせよ達成感で心が満たされていることに間違いはない。
「余裕だったな」
浮かんだ笑みを隠すこともせず、俺は戦友たちに言葉を投げかける。
ぐるりと皆を見渡して目に映ったものは同じく達成感に満ちた笑顔……ではなく、もの言いたげな目でこちらを見据える疲れた顔の面々であった。
「この惨憺たる有様を見て、よくもまあいけしゃあしゃあと言えたもんだ」
「時間もHPも何もかもぎりぎりじゃねえか」
元有名クランのリーダーどもは他のメンバーを代表するように異議を唱えてきた。
せっせと回復を続けるタマオを尻目に再使用可能まであと三十秒ほどの解毒ポーションを弄んでいると、『浄化の光よ』の淡い緑光が俺の体を包み込んだ。ニコリと笑顔を向けるタマオに軽く手を挙げて礼を伝え、二パーティ分のステータス状況を眺めてみた。
「……全員生存だからやっぱり余裕だったのでは?」
「余裕の基準が低すぎるよね。あと、僕一回死んでるんだけど」
「お、戦犯か?」
「ひどっ。でも危うく否定できなくなるとこだったよね」
項垂れながら言うミケの現在のHPは三割ほど。毒はすでに解除されていて、どうせ『治癒の光よ』一、二回程度じゃ全快しないし、実数値としてはそこそこ残っているからと回復は後回しにされている。
同じ盾役のカスミも似たような状態だ。カスミの方がよりHPを削られているが、他の半死半生よりマシだ、とやっぱり後回しにされていた。
さて、半死半生其れ則ち前衛脳筋どもを指す。
フィールドボス「猛る毒蛙亀」との戦闘は我々の勝利によって決着したわけであるが、戦闘終了後のパーティの状態はそれはもうひどいものであった。端的に言えば全員生存という定義の下限を掠めるくらいにはひどい有様だった。
盾役を含めほぼ全員が毒状態で、そのHPはほぼゼロから三割の間。解毒も治癒もポーションは再使用時間中。
ラストはごり押しに行って余計な被弾があったのは確かだが、日和ってOTLモードに入られていれば、おそらく今頃は街で涙の反省会だ。
クレイジー甲羅ガエルくんのHPが二割ほどまで減ずると、戦闘の様相は一気に消耗戦へと転じた。
ボディプレスに範囲毒霧が、三連飛び跳ねに背中からのランダム毒液飛ばしが追加され、行動は隙の小さな振動付き小ジャンプからのプレイヤー狙いの毒液降らしが追加された。
とにかく事あるごとに毒毒また毒と汁を垂れ流し始め、怒り状態に移行したのか行動間の隙が減り、近接火力陣は自分のHPをベットもしくは資金として、まさにダメージのディーリングをする羽目になった。
追加された毒行動が全て耳腺からの毒と同じだったことと、ボディプレスによる範囲毒が確率状態異常だったことだけが救いだろうか。溶解液混じりだったり、確定毒であったならば勝利は望めなかっただろう。
「遠巻きに見てる連中もおったし、おしおきモード入って事故っとったら掲示板でざんしゅざんしゅ煽られとったやろうなー」
遠くをぐるりと見渡しながら、きゃりぃは「ざんしゅー」と楽しげに口ずさむ。
ざんしゅとはつまり斬首のことであり、フィールドボスにOTLで蹴散らされた場合の自虐もしくは煽りとしてエートス界隈ではよく使われるスラングであるのだが、実のところ頻繁に使われすぎて煽り性能は大したことあったりなかったり……なのではあるが、気にする奴はやっぱり気にするようで。
「ネットでの煽りなんて気にした方が負け。何を言われても気にしてはいけない」
「多分この中やとナターシャが一番気にするやろ」
「……そんなことない」
「顔に出てますよ、ナターシャ」
「……カスミうるさい。そんなこと、ないし」
煽り耐性が低いナターシャは図星を突かれてバツが悪そうにそっぽを向く。キャラが剥がれて僅かに素が出てるのは突っ込まないでおこう。多分不機嫌になるし。
「それにしても、見物の方々が手伝ってくださればもう少し安心して戦えたでしょうに」
「そうねえ。救援依頼を送るにしても、人数オーバーした時に揉める可能性があるのが気になるところだけれど」
不満をにじませたセルディの呟きを補足するように、イリスはそんなことを口にする。
斑鳩パーティが途中参戦したように、救援依頼は参加人数が十六人以内に収まる限りは何度でも送ることができる。それより多い人数が戦闘に参加するためには占有状態を解除してしまえばよいのだが、その場合戦闘の報酬がひどく絞られてしまう、だったはずだ。
レアドロップ率も下がるため一概には言えないものの、一体のボスからの総ドロップ数を考えた場合は占有上限の四倍、六十四人以上が参加しないと占有時よりもドロップ数が少ないということになるらしい。
占有解除云々で揉めることがそう多くなかったというのは、フリーファイト状態のフィールドボスにさほど旨味がないという事情によるものだろう。六十四人で殴れるフィールドボスがどれほどいるかということである。
占有して渋い顔をされるのは、人気のあるフィールドボスを倒せる見込みが全くないのに抱え続ける、なんて時くらいだ。あとの揉め事は往々にして、困ったちゃんが救援寄こせとごねるくらい。
「ただ見物してただけってことも十分ありそうだが……救援受けたら一蓮托生、みたいなとこあるから倒せなそうなとこに入りたくはないよな。かと言って、もうちょっとで倒せそうってとこで横から割り入るのは、それはそれで気が引けるか」
「なのかな。そうすると経験者、前の時かベータからかのプレイヤー?」
「新規なら余計にあんなのと殴り合いしたくないんじゃないかって気がするし、どうだろうな。そもそもベータに関してはやってないから判断がつかな――そういえば」
ふと、疑問が浮かんだ。たった二時間ほど前に斑鳩のやつはオープンベータの話を出さなかっただろうか。
どうしたの? と、話を切られて首を傾げるタマオをよそに、俺は斑鳩へと問いかけた。
「オープンベータであのカエルいなかったのか? というかそのジョブレベルは」
斑鳩は思案するように視線を上に向け、それから正面に戻し、口を開いた。
「オープンベータのここのフィールドボスはでけえプウズだったな。名前もそのまんま「でっかいプウズ」だったが」
「手抜き感に溢れてんなあ」
「実際手抜きだったのかもな。手抜きってーか、手の内を隠してたってーか。期間は一週間のみ、データもアバター情報以外消去だったからな。テストはテスト、システムは試させてやるからあとの楽しみは全て本番で味わえ、ってなもんだったわ」
返ってきた答えは想定から外れるものではなく。
ぶっつけ本番で新規要素放り込んでくるのはいいんだが、本当に大丈夫なんだろうか? いや、開始直後からの新規要素があるからこそのワイプだろうか。
新規要素のユーザーとしては、そこはかとない不安が胸の内に去来するのである。
「ここの運営、結構強気だよなあ」
「そりゃなあ。月次アクティブユーザー十万は下らないゲームをぶつ切りに終わらせる運営だぞ」
「そういやそうだったな、言い換えよう。正気じゃない」
「前作は長いクローズドベータだった、なんて宣う連中もいたな。蓋し言い得て妙であるか」
「ツッコミどころはままあるが、存外実態に即してっかもなぁ」
二人のおっさんと、三人仲良く眉を顰める。唸る二人が考えていることと俺が考えていることはきっと違う。
……やっぱり、あの時雲隠れしたのは正道だったのかもしれないなんて思ってしまう。形はどうあれ、日々の平穏を勝ち取ることはできたのだから。
各パーティで軽くフィールドボスの戦利品を確認してみたものの、俺たちの方は街でじっくりと吟味してみようと結論づいた。
「ところでお前ら食堂出てから東の方に行かなかったか? 森に向かったと思ってたんだが、違ったのか」
「しばらく森でぶらついてたんだが……やっぱアロン鉄鉱を早めに集めておこうってことになってな。どうせ大量に使うことになるし、ついでに〈かばん持ち〉様の性能でも確かめてみるかって感じだ」
街に帰る直前、誰にともなくアーウィンが語り掛けると、斑鳩がインベントリでも操作しているように手を彷徨わせながら答えた。
「へえ、どんくらい回収すんの?」
「B品質を追加で五十は確保したいところだな」
それは結構な数だ、と何気なく流そうと思ったのだが。
ついと自分のインベントリを開いてみれば、B品質のアロン鉄鉱の数はたったの二個。
「……俺たち一時間くらいでいくつ採れた?」
「一、二……十個ですね」
パーティメンバーが銘銘に立てた指をひいふうみいと数えて、セルディが淡々と事実を告げる。
セルディ一人で六人の半分拾っているのか。運と言ってしまえばそれまでだが、あの採掘を見てるとそうと言い切れない何かを感じてしまう。
それはそれとして、こいつらは五十個掘るために来た、と。
「なるほど? ……うん、頑張ってくれよな!」
順調にいけばゲーム内時間が昼の間には終わるだろう。具体的には現実で日が昇り始めるくらいに。
明日はどうせ日曜だ。用事でも無ければ多少の夜更かし何するものぞといった塩梅。
「一時間で十個で、五十個で。六人と、五人……うち用事思い出したさかい、ちょっと今からマーちゃんとデートしてくるなー」
「逃がさない」
「迷惑になるからやめなさい」
顔を引きつらせながら逃走を図ろうとした荷物持ちは、一歩と動くことなくその両脇を身内にがっちりと固められた。
嗚呼、哀れな生贄よ。荒野でなく丘であるし、何なら放されず拘束されているものの、見事背負った罪の犠牲になっていただきたい。
何にせよ、いいザマだ。過去の因縁など関係なく、単純にこいつのせいで死にかけたことを俺はしっかり根に持っているのだ。
「いややー! 何時間もカンカンカンカン聞いとったら頭がおかしなってまう! マーちゃん助けて! マーちゃあああん!!!」
「頭にお菓子が生るなんて幸せなやつだなあ。じゃそういうことで――お疲れ様。救援、ありがとな」
斑鳩たちに手を振って別れを告げる。踵を返し、少しずつ遠ざかる怨嗟の声が耳になんと心地いいことか。
少し歩いたところで、思案顔のセルディが隣でぽつりと呟いた。
「ちょっと、可哀想な気もするのですが」
「さすがにぶっ続けではやらんだろうから気にするな。構うとよりうるさい」
そうは言ってもこれから二時間くらいはひたすらつるはしを振ってそうだ。
あの五分とじっとしていられない馬鹿は飴がないとパンクするだろう。俺が、というより誰かに甘やかされるとすぐに調子に乗るきゃりぃにとって、口の前に手を動かす単純作業はいい薬になるだろう。
……一日と持たない薬ではあるだろうけど。
セルディは俺を一瞥すると、ため息交じりに声を漏らした。
「……やはり可哀想ですね。ええ」
「うん? ――まあいいか」
要領を得ないセルディから意識を外し、街への帰路をのんびりと歩む。
――正直なところ、街に戻れば避けられない現実を突きつけられてしまう気がして、足取りは重い。
遅いか早いかの違いではあるから、いい加減覚悟を決めなければならないのだろう。
天球をよじ登る陽に眼が眩み、俺は僅かに肩を落とすのであった。
次話でついに! サービス初日を終えられそうですね!!
そろそろ投稿頻度をどうにか改善したいところで……




