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再帰のエートス  作者: 時桔梗
第一章 巡る月日、移ろわぬもの
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誰がために鐘は鳴る(黙して)

投稿頻度を改善する とは。


小さな区切りです。

 今日を総括すれば、蛙は口ゆえ蛇に呑まるる、となるのであろうか。

 遭遇した(ボス)(ザコ)のバランスを鑑みればその力関係はいっそ真逆であろうが、だからこそ余計に、覆らぬ自然の摂理のようなものを断じていると言えよう。


「――生産といえば、『からくり生成』っつースキルを……あ、嘘嘘、今のなし。何でもない」

「おめでとう生産職。もう言い逃れはできんな」

「同じ生産職として、二人で力を合わせて頑張っていきましょうね」

「ぬおおぉぉ……」


 『モネーロの街』中央の広場、車座を構成する一である俺は両手で顔を覆い、呻くように声を漏らす。

 切り出し方を間違えたのか、装備生産の話題の最中、そっと呟くように添えた言葉は過剰なまでに耳目を集め、チクチクと祝いの槍先を向けられることとなった。

 いいさ、仕方ない。長々と隠しておけるようなものではないのだから、生産職というレッテルは甘んじて受け入れるべき事なのだ。そもそも生産職に特別忌避感があるというわけでもない。

 俺は一つ峠を越えられたことに安堵した。形はどうあれ役割を確立できたのだと身内に印象付けることができた。

 ……真にバレてはならないもの、そこに目を向けられずにやり過ごせたことで緩んだ顔を、こいつらに見られるわけにはいかないのだ。


「それで、何が作れるの? 『からくり生成』って」


 ……いかなかったのだが。ミケが俺の思惑を知ってか知らずか問うてきたことによって、ささやかな反抗は早くも意義を失いそうだ。

 俺は顔から手を剥がし、視線が集まる中で徐にメニューを操作してみせた。

 帰りの道中ですでに一度確認していたものの、今改めて開いてみると――その印象は例えるならば雪の日の早朝の風景のようで。

 手を止め、尚黙っている俺に向けられている視線に訝しげなものが混ざり始める。

 こう、いかに取り繕って答えたものかと考えてはみたけれども、どう思考を巡らせても行きつく先は()()()()()()()()という一点に集約されてしまうのだ。


「えー、と」

「何、あなたがそんなに勿体ぶるような内容なの?」

「いやまあ」


 勿体ぶるというか、単純に言いづらいだけなんだが。

 ……よし、覚悟を決めた。それでも口がいやに重く感じるのだが、きっと仕方のないことだと思う。何せ


「生産可能なものどころか生産対象欄がまっさらでなーんにも分かりません」


 ――なんて、自分で生産職と言ったそばから自己否定する羽目になるのだから。






 例えば錬金、例えば鍛冶。生産職というものにはおしなべて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()生産対象が存在するものだが、それもあくまで一部のもの。一から十まで()()である生産職なんて聞いたことがない。

 今作の生産職がそういう仕様なのならともかく、違うのならば何ていうか、扱いが雑な気がする。


「まあ、それはさておき」


 目は口程に物を言う。誰もが口を閉ざしているが、生産ができない生産職なんて……と揃いの半白眼を向けているのは明白だ。


 居た堪れなくなって顔を逸らした先に青い祭服を着た見覚えのある少女が、足取り軽く歩いている様子が目に飛び込む。

 陽光を浴びた朝露がキラキラと輝くような清涼さに目が奪われ、俺は呆けたまま彼女を視線で追い続けた。

 少女はふわりと振り返る。お転婆さと上品さが同居した振る舞いの最中に、ふと視線が交わる瞬間があった。

 少女の表情が華やぐ。傍に立つ女性と何かを話すと少女はさらに顔をほころばせ、一人俺たちの方へと駆け寄ってくる。

 パーティメンバーは突然満面の笑みで近づいてくるNPC(ベル)を何事かと見つめているが、俺は何となくよろしくないことになりそうな予感がして落ち着かない気分になってきた。


「――マクス様っ!」

「あ、あー、うん。ああ、ええと、うん」


 視線が右往左往する。連中の眼は総じて胡乱だ。

 くそ、報告を怠った弊害がこんなところに。まるで何かやましいことがあって少女との邂逅を伝えなかったようではないか。実際は色々あってすっかり忘れていただけなのだが。

 どう説明してもダメな気がする。それならいっそ察してくれ、と判断を委ねる文句を――


「まあほら、その……分かるだろ?」


 口にして、もはや人に向けるものじゃない眼をした女性陣を見て、俺は選んだ手が最悪手だったことを悟った。

 これじゃあ、誤解を事実だと認めたようなものじゃないか。


「安心して。僕はどん引くだけだよ」

「そうだ安心しろ、俺だって好きだぞ。ショットでこう、クイっと。え、違う? ラム酒の話じゃない?」

「仕切り直させてくれ誤解なんだ」


 事実はどうあれ疑惑は本日二度目だ。たとえ場の空気の冷たさにささくれだった心がベルの笑顔で癒されていくのだとしても、疑惑は疑惑だ。真実とは全く異なる。


「……申し訳ありません。お取込み中、でしたか?」

「ああ、ごめんなさい。大したことじゃないから気にしないで。それとあのケダモノには近づかないようにして」

「ケダモノ、ですか? ええと、それは……」


 至極真面目な顔で訴えかけるイリスの言葉に、ベルは困惑した顔で俺と他の連中を見比べた。

 ベルの笑顔(心の清涼剤)が曇ったことで、俺の僅かに残された弁解する意気がするすると鳴りを潜めていく。

 どうあがいても碌なことにならないと早々に諦めた結果、俺は物言わぬ花になることにした。陰に咲く便所草(ヒメジョオン)である。

 言ってしまえば一人抜け駆けしたような状況が良くなかったのだから、ここで思うさま交流させれば事態は勝手に収束するだろうという大いなる打算が俺にはあった。

 ヒメジョオンなるものは、いっそ厚顔無恥なほどにタフに蔓延る花なのだった――





「――この空色の長衣(ローブ)はケルムと言いまして、天と地の境の空を表しています。そして上に羽織る外套はカズラと。平時カズラは青色もしくは白色、天の双色のいずれかのものを身に着けることとなっています」

「へえ、そうなのね。それならあちらの彼女は? ローブもカズラも黒一色のようだけれど」

「彼女――ルテアは夜天礼士、夜に祈りを捧げる修道士でございますので。彼女が着る黒色の長衣はアーテルと言いまして、夜天礼士はケルムでなくアーテルを纏うのです。黒のカズラは本来だと埋葬帰天式に着るもの……なのですが、彼女はそれと関係なく身に着けていることが時々ありまして、その理由は残念ながら存じません。彼女が口癖のように言うのですが、夜天礼士というものは概して秘密主義であるようなのです」


 俺を蚊帳の外にして身内五人とベルで話が盛り上がっている。当たり障りのない話に始まり、今はベルと、共にいた修道女の服装の話になっていた。

 話しの外にいるお陰というか、のんびりと思索に耽ることができるのであるが、この構図は中々に面白い。


 俺たちプレイヤーの認識はせいぜいが導入で言及された天の旅人、つまり余所から来た根無し草(デラシネ)程度のものだが、天教会のNPCはプレイヤーのことを明確に「天の御使い」と認識している。

 額面通りに受け取れば天使サマだ。その上でベルがプレイヤーに懇々と説く様は俺らの、引いては設定上上司にあたるものの全能性を否定しているようにも見える。

 天教会は一神教ではなく多神教、ともすると自然崇拝的な……いや、そもそもの前提が違うのか。現実の宗教観に当てはめるのはナンセンスだ。この世界には超自然的な信仰対象が明らかに()()しているのだから。

 厳密には超自然的に見えるものもこの世界では自然だというべきか。

 現実の宗教が執念にも似た不断の努力で説いてきたように、天教会は始めに大いなるものがあって、そしてそれを崇拝するという形で始まったはずだ。どれほど微差であれ、その逆はあり得ない。

 なればこそ信仰の形式はあくまで形式でしかなく、主の意向と信仰、その主従が別たれていても不思議ではない。実際教徒もそう認識していると考えられる。

 ベルが何食わぬ顔で――そこに敬意はあれども――プレイヤーと接し、あるいは説くのはそのあたりの事情によるのだろう。


 ……こういうネタは()()()()()が大喜びで食いつく類のものなんだが、あの人は元気にやってるんだろうか。

「投げっぱなしなんてーッ!!」と、常に訳知り顔で余裕ぶったあの人が、断末魔の叫びを残して俺より先にドロンしていったのが懐かしい。あの憤慨っぷりからして今作はやらないかもしれないけど、折角だしあとで調べてみようか。

 オープンベータに本サービス丸一日とくれば、プレイしているなら()()()()()()()上がってることだろう。


 思索から浮上してみれば、さっきまで路傍の石ほどにも気にかけていなかったであろう俺へと、何故か視線が集まっていた。


「……何? 何かあった?」

「いや難しい顔でジッと黙ってっから。どんな碌でもないこと考えてんのかってな」

「ひどくねえ?」

「まあそれは冗談として、ベル(この子)が心配そうだからそろそろ混ざってこい」


 なんと、それは良くない。短い花生だったがヒトに戻ろう。

 思惑通り、刺さる視線の鋭さが槍先からボールペンの先くらいには穏やかになったらしい。表情を努めて緩め、会話の輪にいそいそと加わる。


「ああそうだ、ベルに聞きたいことがあるんだった」

「はいっ。何なりと」

「――この街の東の森でさ、狼に関する逸話とか、無いか?」


 色々とあって考えることを後回しにしていたが。

 目下の最優先事項はあの金狼の調査なのであった。


「いいえ……恥ずかしながら、寡聞にして存じません。申し訳ありません……」


 歯車は回らず。期待していなかったと言えば嘘になるが、そんな都合のいい展開にはもちろんなってはくれなかった。


「いや、気にしないでくれ。大した事じゃないんだよ」


 目に見えて恐縮するベルを宥めるべく、声色を心なしか明るく変えて、何でもないことなんだと伝える。


「そうなのですか……?」

「ああ。それはそれとして、調べものをするのに向いた場所ってないかな。図書館とか」

「それなら大聖堂内に図書館がございます! よろしければ私が案内を――」


 とその時、ベルの声をかき消すように乾いた鐘の音が響く。三度鐘が打たれる間、少女はピタリとも動かなかった。


「うう……もうこんなに時間が。申し訳ありません、私これから街を巡らなくてはならなくて……」


 鐘の余韻と共に外向きの顔も薄れたのか、ベルは子供らしい年相応の顔で名残惜しさを前面に押し出す。

 少女は縋るような視線を離れて佇む修道女に向けたが、修道女は気づいてないのかというほどに浮かべた笑顔を崩さない。


「……とても残念ですが、お先に失礼いたしますね、皆さま。 ――ルテア! お待たせしました」


 ベルは忙しなくぱたぱたと駆けていく。離れていく背中が、彼女の小ささをより強く実感させるようで。

 ルテア、と呼ばれた修道女は笑みを絶やさず、されど一層深めて(剣呑にして)、楚々としてベルの後ろに控えた。

 ペコリと頭を下げるベルに手を振って返し、遠ざかっていく二人をしばし見送ってから、俺たち六人はゆっくりと立ち上がった。


「さて図書館に――は行かずに、装備を新調しに行こうか。うん」


 なぜルテアなる修道女の笑顔に剣呑さを感じてしまったのか。

 ……それはきっと、こういう時に無言の圧力をかけるべく、笑顔の仮面をぴっちり貼り付ける連中のせいだと思うのだ。






 ――ぼやけた意識はマクス()から蒔納創吾()へ。

 こうしてサービス初日はいたって平穏に幕を落とした。

 いや平穏というにはいろいろあり過ぎだったようにも思うが、それもあくまでプロローグ。

 一日の終わりは静かに本を閉じるように。


 それでは――物語の現実よ、明日また見えましょう(おやすみなさい)

だいぶ駆け足でしたが、一日目がついに、ついに……!


フィールドボスの素材などの話は二話後になると思います。パーティのステータスもそろそろ一度出しておきたいです、が。

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