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地図をみて辿り着いたのは、草は全く生えていない平原だった。申し訳程度に木はあるのだが、どれも養分不足で枯れている。身を隠す場所もほとんどないため、こちらとしても相手としても見つけやすく、見つかりやすい状況だ。
「まずは身を隠す場所の確保だな」
「そしたらスーミン様。こんな魔術はどうですか」
印を結び、解放するとぐにゃりと視界が歪み、自分の手が確認できなくなっている。
「これは光の具合によって姿が見えなくなる魔術です。ただ、斬りかかろうとす
ると効力がなくなって、丸見えになってしまうんで注意してください」
「ああ……わかっ……ニクス?」
「俺はここです。お互いが見えるようこうしましょうか」
ニクスがなにやら呟くとシエ・スーミンの頭付近に小さな光が現れた。次にニクスがいるであろう場所にも小さな光が現れた。
「これてお互いの場所が確認できます」
「これは奴に見えるものなのか?」
「相当な魔力を持ってる奴だったら怪しまれる程度で済みます。なければ、こちらのことは一切わかりません。今はとにかく待つことにしますか」
寂しい平原に風が楽し気に口笛を吹く。待っているだけというのはこうも退屈なものなのだろうか。シエ・スーミンの背後の竜は全員こっくりこっくりと舟を漕いでいる。ニクスに関しては……近くにいるのだが何をしているかまではわからなかった。肩慣らしに剣を取ろうとするも、動いてしまったらこの魔術が解けてしまうのでそれもできない。
「……中々来ないな」
「そうですね……。場所はこの辺りで間違ってはいないんですけど……」
シエ・スーミンが地図を広げて再度確認をしようとした時、まるで地鳴りのような音が遠くから聞こえた。それも規則的に何度も聞こえた。
「む? まさか」
「おいでなすったか? 待ちくたびれましたよ」
音のする方角へ向かうと、遠くからでもその存在が確認できた。深い青色で、口から出す吐息、目は妙に白く足元には不気味に光る球体とそれを繋いでいる鎖が巨体全体に絡みついている。その球体は時々脈打つように色を変える。黄色から深い青になったりとまるでその球体も生命の一つであるかのような出で立ちだった。
「スーミン様。あいつがターゲットみたいです。脱力薬投げたら、すぐに無効化
する薬を使います。ある程度の距離まで近づいたら始めましょう」
慌てているわけではないのだが、自然と歩幅が広くなりやや駆け足でターゲットに近づく。あと数百メートルまで近づいた時、ニクス側の光が点滅した。
「まず、この前みたいに防御壁張っておきますね。これを張っておいて、次はち
ょっときつめの魔術を準備しますんで、もう少し待っててくださいね」
ニクスの詠唱が終わったのか、シエ・スーミンの体を守るかのように薄い膜が張られた。ニクスの方を見ると、光がちかちかと点滅しているのがわかる。ちかちかしているのは詠唱中ということだろうか。
「よっし。これで準備は完了です。さぁ、スーミン様いきますよ」
「ああ。頼む」
「そーっれ」
きれいな弧を描いて飛んで行った瓶は、ターゲットの胴体部分付近で砕け散り、薬品が飛び散った。
「むぅ! な、なんだこれは」
いきなり投げ込まれた物体に驚いているガルディラだが、その時間も体の自由を奪っていく。
「何奴っ! く……こ、これは……ぐぅ」
あの巨体にでも薬は効くものかと二人は感心していたのが、ガルディラは体を地面に着けないよう必死に耐えていた。
「飛び出す前に……これです」
わざと小さい攻撃の魔術で姿を現したニクスは、脱力を無効化する薬をシエ・スーミンに渡した。一滴ふりかけ残りをニクスにかける。
「いくぞ!」
シエ・スーミンが抜刀し、ガルディラ目掛け突っ込んでいく。その後方でニクスは相手の自由を奪う魔術を詠唱していた。
「生にすがる亡き者達よ 彼の者の枷となれ」
ガルディラの周りから白い手がのび、動かなくなりつつある体に更に追い打ちをかける。拘束時間がながければその分、必要な物を獲れる時間も多くなる。今はなるべくガルディラを拘束することだけを優先させる。
「貴様に恨みはないが……破っ」
鱗とは逆の方向から力を入れ、はがそうとするも中々剥がれない。何度か同じ場所に剣を入れていくうちに、一部が弱くなり剥がれそうになる。
「彼の者の壁を溶かす雨 来たれ」
今度は上空から酸性の雨を降らし、ガルディラの鱗の耐久値を下げていく。こうすれば、鱗が剥がれやすくなると考えたニクスは高速で詠唱を行った。
ガルディラが気付いた時、何枚かの鱗を剥がすことができたのだが、得られたものもあるのだが逆に体の自由を奪われつつある状況にあることに気付く。
「許さんぞ……貴様ら破壊してくれる!」
脱力薬の効果がまだあるはずなのだが、ゆっくりとこちらに向き直り、怒りの咆哮を上げる。バックステップでその場から一旦退避し、体制を立て直す。
「ぐぉぉおおっ」
ガルディラが大きく口を開き、真っ赤な炎を吐き出す。それを横に移動し避けるも、炎の影から太い尾がシエ・スーミンの体に直撃する。直撃と同時に防御壁が破れ、ガルディラに砕け散った欠片で反撃をする。
「がっは……」
腹の中にあった空気を全部押し出されるような感覚に陥り、叩きつけられた勢いで体がバウンドする。何回か撥ねたあと、くるりとひねり着地。打撃を受けた個所をさするように右手を添える。
「スーミン様!」
ニクスが応急処置の魔術を行使する。淡い光が患部を照らし痛みを和らげる。剣を握り直すシエ・スーミンは駆け出し、鱗に更なる一撃を与える。がきんと硬い音がし、振りかざした剣はいとも簡単に弾き返されてしまった。
「何っ!?」
ニクスが行使した耐久値を下げる魔術が発揮されていると思っていたのだが、思いのほか発揮されておらず、鱗は硬いままだった。
「ニクスっ!」
「分かってます!」
ニクスが再度耐久値を下げる魔術を展開する。最初に展開した魔術よりも強めな効力で、近くにいただけで鎧からじゅぶじゅぶという不快な音がしたと思い、目を向けると自分を守る鎧が泡を吹いて溶けていた。咄嗟の判断でその場から緊急回避をした。
「くっ!」
危うく自分の鎧が持っていかれるところだった。今回のこの魔術でガルディラの鱗は幾分耐久値が下がっているだろうと思うのだが、酸性の雨が治まってなお辺りには鼻を突く異臭が漂い、鱗を剥がすどころか迂闊に近寄ることもできない。
「ほいっと」
ニクスが防御壁の魔術を再度かけ直す。それには感謝なのだが、ぎろりと睨んでいるシエ・スーミンが言いたいことはなんとなく察している。
「あー……なんか、すみません。先にいっておくべきでしたね」
「……」
無言の圧を感じながらぽりぽりと頭をかくニクス。相手の弱体化ができたのは良いのだが、こちらまで弱体化しては元も子もない。その配慮を怠ったニクスにシエ・スーミンが更に睨む。
「すみませんって……以後、気を付けますんで……すんません」
「次はどんな魔術を展開するつもりだ」
んーと考えてからニクスはガルディラを指さした。
「次は拘束する魔術を使って相手の自由を奪うので、その隙に鱗を剥がしてくだ
さい」
「わかった」
「合図をしたら……いいっすね」
「ああ」
ガルディラが酸性の雨で苦しんでいる最中に、ニクスは相手を拘束する魔術の詠唱を始める。いつでも動けるようシエ・スーミンも構えた。
「今です!」
「行くぞっ」
ニクスが詠唱を完成させ、魔術の展開が始まる。ガルディラの足元に白い足枷が現れ、四肢をがっちりと繋ぎとめる。暴れて足枷を外そうと試みるあの巨体でも魔力で紡いだ鎖を断ち切ることは困難のようだ。
「はああっ!」
鱗を逆さに撫でるように剣を立てる。最初の時よりも鱗が剥がれやすくなっていて、ボロボロと零れ落ちていく。
「いい気に……なるなぁああああっ!」
ガルディラは体を大きく動かした。その行為の意味を理解するのは数秒後のことだった。
「しまっ……」
ガルディラが体を大きく動かしていた理由……それは、ガルディラと繋がっている球体を振り回していたからだ。なにも攻撃してくるのはガルディラ本体だけではない。そこを忘れていたシエ・スーミンはあまりにも予想外が動きに完全に遅れをとった。
「ぐうぅうっ」
巨大な球体をまともに受けたシエ・スーミンは地面に叩きつけられた後、空高く跳ね上がり、重力に逆らう事なく真っすぐに落ちていく。その衝撃で地面がくぼみ、辺りに土煙を発生させた。
「スーミン様!」
「させるかぁああ」
首を動かすだけであの球体を制御するという驚異的な能力に、驚きを隠せないニクス。咄嗟に防御壁を展開させるも、発動までに間に合わずニクスにも直撃する。
「ぐはっ!」
シエ・スーミンよりも高く打ち上げられたニクスは、一瞬ふわりとした感覚を感じた後、急速に落下。地面に叩きつけられたニクスは呼吸をすることができず、遅れてやってくる激痛に声なき悲鳴を上げた。
「っっ!」
「動けるのはおれだけだと思ったら大間違いだ」
ニクスの集中が途切れ、拘束していた鎖は消失し、ガルディラは歩けるようになっていた。
「さてと、おれの鱗を剥ぎ取ったんだ……ただで帰れると思うなよ」
のしのしと歩く姿はまるで巨大な山だった。それがにやにやと笑いながら徐々にシエ・スーミンに近づいてきた。
「……くそ……」
叩きつけられた衝撃でまだ体を動かすことができないシエ・スーミン。寒色のドレスはボロボロになり、後ろにいる竜もぐったりとしている。
「さぁて、どうやって痛めつけてやろうか。腕からがいいか?それとも頭か
ぁ?」
体に響く声に焦りを感じながらも、必死に動こうとする。なんとか右手を動かしてみるも、思うように上がらずすぐに戻ってしまう。シエ・スーミンまであと残り数歩で届いてしまう距離まで近づいたガルディラはにやにやした顔をそのままに、どうしようかまだ一人で呟いていた。
「そうだ。お前の竜を一匹ずつ引きちぎるのはどうだ。さぞ痛いんだろうな。そ
れとも一瞬で丸焦げになった方がいいかぁ?どっちにしろお前たちはここでお
さらばだ」
首を動かし、ガルディラを睨むシエ・スーミン。しかし、その目力も今は消え入りそうな程に弱っていた。
「決めたぞ! お前は丸焦げ、あいつは引きちぎってやろう。まずはお前からだ」
ガルディラが大きく口を開け、酸素を取り込む。取り込んでいる口の中は真っ赤になっていき、熱を感じる程にまでなった。間もなく取り込む酸素の容量が最大になるという時、シエ・スーミンは違和感を覚えた。
ドクン ドクン
(……なんだ。これは)
今まで感じた事のない鼓動。緊張からくるものではないと理解はしているのだが……だったらこれはなんだというのだ。ただ一つだけわかることがあるとするのならば、体の奥がじわりじわり熱くなっていくということだ。
鼓動はやがて全身を駆け巡り、脳を目を次々と覚醒させてゆく。びりびりとした感覚が気持ちよく感じた時、シエ・スーミンは立ち上がった。
「なっ……なんだと!」
「悪いな。まだ倒れるわけにはいかないんでな」
シエ・スーミンが剣を横に薙ぐ。ちょうどにやけていた口元あたりか。そこからきれいに上下真っ二つに斬った。
「おおおおおおおおお」
顎を斬られ母音で発することしかできなくなった山は、大量の血飛沫を大地にまき散らしながら絶命した。
ずうんと大きな音を立て崩れ落ちるガルディラ。崩れ落ちてもなお血飛沫は止まらず、赤色で大地を侵食していく。遅れてシエ・スーミンもその場に崩れ落ちる。遠くでそれを見ていたニクスは自身へ治癒魔術を行使し、足を引きずりながらシエ・スーミンの元へと駆ける。
「す、スーミン様!」
急いで治癒魔術を詠唱し、シエ・スーミンにかけていく。ぼうとした柔らかい光が全身を包み、内部外部の順に傷を癒していく。治療が完了すると光は小さくしぼみ弾け散った。
「スーミン様! スーミン様っ!」
治療は完了している……はずなのだが、一向に目を覚まさないシエ・スーミンを揺さぶるニクス。幸い、胸は規則的に上下を繰り返していることは確認できたので、生きていることに変わりはないのだが……。なぜ、目を覚まさないのだろう……。
「スーミン様……ちょっと時間がかかりますが、お許しください」
ゆっくりと立ち上がり、懐から地図を取り出しながら詠唱を始めるニクス。詠唱はいつもより長く、足元に現れる印の数も多く、幾何学的なものばかりだ。その文字が発光し、二人を包むと光の粒となり空高く伸びていった。詠唱をしていたニクスの意識は徐々に遠のいていった。成功していれば、あの場所に辿りつくと信じて……。




