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どれほど経っただろうか。心身共に落ち着くまでかなりの時間を要したように思える中、目の前に転がっているのは、さっきまで戦っていた巨大な黒色の竜とグエリアスを名乗る皇帝。
「……やり過ぎてしまいましたかね」
ニクスが悪戯っぽく笑う。いや、今はそのやりすぎに感謝をしていたところだ。これが長引いていたらこちらの敗北は決まっていたのかもしれない。
「ニクス。お前ばかり戦わせてすまない……」
「いいっすよ。守るのが今回の大きな任務だったんで。それに」
「? それに。なんだ」
「いや、なんでもないっす。お互い無事で済んだことなんで良しとしましょう」
ふっと軽く笑い、剣を収めるシエ・スーミン。チンという音を聞いた途端に緊張の糸が切れてしまい、膝ががくんと落ちる。
「ちょっ! 大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だ。ちょっと立ち眩みがしただけだ」
「まぁ、無理もないっす。あんだけ大きな敵だったんで。とりあえず、下山しま
しょ」
ニクスに抱えられながらなんとか中腹くらいまで下山。足に力が入るようになってからニクスの補助を解除し、自分の足で下りていく。
「あっ、スーミン様だ! ……ってことは?」
龍麗が気づき、歓喜の声を上げる。それに続いてほかのドラゴニュート達も喜びを分かちあっていく。
「皆の者、ご苦労であった。敵将は打ち取ることができたことを報告する」
声高々と宣言し、今度は軍全員で自身の城まで帰還する。自分の力不足を改めて痛感したシエ・スーミンはどこか浮かれない顔をしていた。そのことに気づいていたのは他でもない。ニクスだった。
「……なんか。あんま嬉しそうじゃなかったような」
気にしても仕方ないかと思いながら城門をくぐった。中では待機していた他のドラゴニュート達が温かく迎えてくれた。こうしてもらうと頑張った甲斐があると常々思う。ただ、ニクスは同時にこうも思う。今回は運がよかった。次回はこううまくいかないぞと。今回はシエ・スーミンが一緒だったからよかったものの、まだ経験も実力も乏しい兵士と組んだ時を考えたら……。
「……寒気がしてきた。あんま考えないようにしよ」
それに、今回は二重詠唱がうまくいったのはシエ・スーミンが時間をうまく稼いでくれたからできたこと。少しでも時間が作ることができなかったらあの魔術は成功せず、今頃は黒焦げになっていただろう……。それに、実はシエ・スーミンに言っていないことがあったのだ。
「……実はあの魔術、ぶっつけ本番だったなんて……ねぇ」
口が滑っても言えなかった。本当に今回は色々と運がよかったのだ。作戦会議室に戻り、今回の戦果を報告。敵将の名はグエリアスと名乗る皇帝。その皇帝を倒し我が軍の勝利。国を守ることに成功したことを締め言葉にして会議室を後にするシエ・スーミン。部屋を出て間もなく、兵士から声をかけられた。
「あ、シエ・スーミン様。お待ちください」
「……なんだ?」
「お……いや、皇帝様がお呼びです。至急、王の間に向かってください。それと
ニクス様も」
「? 俺も?」
同行を求められたニクスは素っ頓狂な声を出した。予想外の同行者にシエ・スーミンも少し驚いていた。なぜだろう。まぁ、ここで考えていても仕方ないと思い父であり皇帝がいる王の間へと向かう。
王の間へ向かう途中、シエ・スーミンの後ろでなにやらそわそわしているニクスがいる。なにかしでかしたかとか、それともあれかそれか……。呼ばれる心当たりはいくつかあるようだった。そこではっとなったニクス。もしかしてさっきの魔術のことかと思い、急に落ち着かなくなり、さすがのシエ・スーミンも少し落ち着けと制した。
「そんなに心配せずとも皇帝は滅多なことでは怒りなどしない。緊張しなくても
いい」
「は……はぁ。いや、皇帝に呼ばれるなんて滅多にないもんだから……その」
「そうか。いつも通りに振舞えば大丈夫だ。開けるぞ」
話をしているうちに王の間へと着いていた。さすがにまだ心の準備ができていないニクスはシエ・スーミンに少し待ってもらうようお願いした。大きく息を吸い込んで吐いてを繰り返し、なんとか落ち着きを取り戻したニクスは首を縦に小さく動かした。それを確認したシエ・スーミンはノックし、中へ入ることを告げてから扉をゆっくりと開けた。
重々しいと思っていた扉がすんなりと開き、まず眼前に現れたのは天井から釣り下がる大きなシャンデリアと、両壁に飾られた金縁の絵画だった。優しいタッチではあるがその中に力強さや生命力といった豪快さも含まれており、見る者の息を奪う。天井から釣り下がっているシャンデリアには大きな宝石が散りばめられ、見る角度や光の加減によって様々な色を発している。中々入ることがないニクスにとっては貴重な時間となることだろう。
そして、その宝物の先に鎮座しているのが皇帝と皇妃。シエ・スーミンの父と母にあたる人物だ。入る前は大丈夫と思っていたが、実物を目の当たりにすると、緊張がぶり返し全身から汗が噴き出す感覚を味わった。歩き方がぎこちなくなっているニクスに皇帝が口を開いた。
「ニクス殿。そんなに緊張しなくても平気ですよ」
低く響く声だった。たったその一言だったのだが、ニクスは緊張がぱっと解放されたように感じた。
「……はい」
辛うじて発したのはその一言だったのだが、それでも皇帝は満足そうに微笑んだ。玉座にて跪き、頭を垂れる。
「ニクス殿。此度の活躍、誠に感謝する。おかげで勝利することができた」
「……もったいないお言葉です。皇帝」
「ははっ。そう謙遜しなさるな。そなたには後程褒美を遣わそう。侍女よ」
「はい」
さっきまで誰もいなかった場所に突如現れたのは、無表情でメイド服を着た侍女だった。
「後程、その者に例の物を与えてほしい」
「畏まりました」
そういって侍女はすたすたとどこかへと行ってしまった。呆気にとられていたニクスを呼び戻したのはやはり皇帝の一言だった。
「心配しなさんな。あとでそなたの部屋に届けさせる故、少しの間待っていて欲
しい」
「……はい」
「うむ。よいぞ。悪いがニクス殿。下がってくれるか」
「はい。それでは」
ニクスは軽く会釈をし、王の間を後にした。扉が閉まる音がすると、さっきまで優しかった皇帝の顔は一変し、険しいものとなってシエ・スーミンを見据える。
「シエ・スーミン。今回の作戦、お前はただ眺めていただけか?」
表情を変えるだけでこんなにも声色もかわるものなのか。覇気、怒気などが含まれており、聞くものの生命を刈り取るような鋭さをちらつかせていた。
「……いえ。そのようなことは……」
「ほう。そう言い切れるのか。では、問おう。今回の敵将に剣は通じたか」
「……いえ。通じませんでした」
「続いて問う。その敵将を倒した決め手とはなんだ」
「……ニクスの魔術があったからです」
「最後に問う。その間、お前は何をしていた」
「……ただ、立ち尽くすことしかできませんでした」
「眺めていたというのは間違ってはいないだろう」
「……はい。申し訳ございません」
「お前が力不足なのは知っている。それを穴埋めしようと努力をしているのも知
っている。しかし、今回の件に関してはどうもよい結果とは言い難い」
黒竜の鱗が硬くて剣が通じなかったのは事実、ニクスの魔術で倒したのも事実、ただ何もできなかったというのもまた事実……。シエ・スーミンは唇を強く噛んだ。何もできていない自分に腹が立ったし、ニクスに頼りきっていたということで、甘えが生じていたのかもしれない……。皇帝の言っている事はすべて事実だった。
「……申し訳ございません」
「まぁ、良い。今回の結果でどのような働きをしたかがわかった。下がれ」
「……失礼します」
もう何も言えなかった。いかに自分が無力かを再度突きつけられたようだった。私は無力だ……。
「シエ・スーミン。後で私の部屋に来なさい。いいですね」
背後から聞こえたのは皇妃の声だった。透き通るような綺麗な声の判別に一瞬迷ったが振り向いて確認をすると、さっき発した声の主はシエ・スーミンを真っすぐ見て微笑んでいた。
「落ち着いたらでいいから、後で来なさい」
「……畏まりました」
皇妃、皇帝の順に頭を垂れて王の間を後にするシエ・スーミン。色々と複雑な気持ちを抱えたまま、皇妃の部屋へと向かう。……今度は何を言われるのかと少し不安な思いが強く表情に出る。




