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4-1

 鳥のさえずりが聞こえてしばらく、ぱちりと目が覚めたシエ・スーミン。まだ夜が明けてから間もないのか、ひんやりとした空気が部屋全体を支配していた。ぶるりと体を震わせながら温まるものの準備をした。

(……なんじゃ。もう朝なのか)

 竜がまだ眠たそうに話しかける。シエ・スーミンもおはようと挨拶をし、ポットで湯を沸かし始めた。

(いよいよ今日からじゃな)

「ああ。まぁ、何とかなるだろう」

(そうじゃな。気負いしていても仕方のないことじゃ。お主のしたいようにする

 のがいい)

 戸棚から茶葉が入った箱を取り出し、適量カップの中に入れてお湯を注ぐ。しばらくして浮かんだ茶葉を取り除き、香りを楽しむ。

(何を飲んでいるのじゃ?)

「これは紅茶という飲み物だ。お母さんが大好きだったものを侍女が持ってきて

 くれたんだ」

(なんとも落ち着く香りなのだな)

 正しい淹れ方なのかはわからないが、今自分でできる淹れ方で飲むのが、なによりも楽しみだった。

「さて、行くか」

 カップを軽く洗ってから、王の間へと向かう。期待と不安が入り混じる気持ちが、妙ではあるが心地よいと思った。王の間の扉を開くと、そこには侍女が既に待機していた。

「おはようございます。スーミン様」

「おはよう。改めてよろしく頼む」

「畏まりました」

 侍女から今日一日の流れを教えてもらい、それを頭の中へと叩き込む。時間に余裕をもって行動をすればなんら問題のない一日になりそうだ。

「以上でございます。本日も一日よろしくお願いします」

 お辞儀をし、侍女は一旦王の間を後にした。しばらくして朝食を載せたワゴンを押してやってきた。皿には一口サイズのサンドイッチと小さくカットされたフルーツ。隣にはミニサラダが盛られた器が添えられていた。配膳を済ませると、侍女は淹れたての紅茶をカップに注ぎ、手渡した。

「本日は少し渋めの紅茶をご用意致しました。お好みでミルクを淹れても美味し

 くいただけます」

 まずはストレートで口に含む。一口だけなのだが、しっかりとした渋みが広がり、それでいて後味はすっきりと飲みやすい。半分くらいまで飲むと、シエ・スーミンは添えられたミルクを少量入れてかき混ぜる。かき混ぜながらシエ・スーミンは侍女に今度美味しい紅茶の淹れ方を教えて欲しいとお願いをした。侍女は少し不思議そうな顔をしてからすぐに了承をした。

「母からもらったお茶をもっと美味しく飲みたいんだ」

「畏まりました。では、後日お教えいたします」

 快く引き受けてくれる侍女に感謝をしながら、簡単に朝食を済ませた。食器をワゴンに載せて後片付けをし、シエ・スーミンは伝達室へと向かった。


「スーミン様。おはようございます」

「おはよう。早速だが伝達管を使っても良いか」

「もちろんでございます。どうぞ」

 伝達室で待機していた兵士に許可を貰い、朝礼を王の間で行う旨を管に通して伝えた。初めて使う伝達管に少し緊張したが、内容は間違っていないはずなので集合してくれるだろう。兵士にお礼を言い、伝達室から出ると早速速足で王の間へと向かう兵士を見た。その中には龍麗やレイファも含まれていた。次第に招集をかけた兵士達が集まりだし、シエ・スーミンが到着する頃には、すでに入り口は混雑していた。その中を泳ぐように進み、やっとの思いで玉座までたどり着くと、綺麗に整列された兵士達が一斉にこちらを見ている。昨日のパーティーとは違い、みんな視線が真剣そのもので各々やる気に満ち溢れていた。

「朝早い中、集まってくれてありがとう。今日からこの時間に朝礼を行う。ここ

 では、依頼の確認や報告、質疑応答を行う。依頼書があればここで読み上げ、

 依頼に参加予定の者はあとでホール受付にて手続きを行ってくれ。では最初の

 依頼は……オルロ。出番だ」

眠そうに目をこすっているオルロはびくっと反応し、恐る恐る依頼書に手を伸ばす。内容は傷薬と解毒薬の調合依頼だった。最後まで目を通したオルロは嬉しさのあまりその場で跳ね、すぐに取り掛かるといって王の間を出た時、小さな悲鳴が聞こえた。あとは、荷物の運搬や修繕など近くの村から依頼がありそれには数名が参加するようだった。

「争いはない方がいい。ただ、もしもの時に備えて、各自自主練習は怠らないよ

 う。解散」

 ぱっと散っていく兵士達を見て、自分もそうだった時の事を思い出す。今は逆の立場であるが、兵士達の気持ちをわかっている分、少しでも労いを込めたいと思った。

「朝から素敵な挨拶、ありがとうございます」

「ニクスか。今日からまた色々動いてもらうことになるかもしれないが、よろし

 く頼む」

「わかりました。とりあえず、俺はなにがあってもいいよう待機しておきますん

 で」

 そう言ってニクスは王の間を出て、訓練施設方面へと向かっていった。静かになった王の間に一人、シエ・スーミンが佇んでいると侍女が何やら大量の書類を持ってやってきた。

「早速ではありますがスーミン様。目を通していただきたい書類でございます」

「……こんなにたくさん」

「終わりましたら私にお声かけください」

 一礼を確認するよりも、大量の書類に圧倒されているシエ・スーミン。何事もやってみなくてはと一番上から手に取り、目を通していく。書類には今後の活動内容のことから、周辺住民への挨拶など様々だった。それらを一つ一つ丁寧に返事を書き、箱の中へとしまっていく。残り数枚となったところで、侍女が紅茶を用意してくれ、気分転換に一口。果実がたくさん含まれたジューシーな紅茶に心まで解れていくのを感じたシエ・スーミンはその気持ちのまま書類の整理を進めた。

「ふう。これで最後が」

 所定に位置にサインを書き終え、ペンを置いた。残った紅茶を飲み干し、侍女を呼んだ。するとすぐに侍女が現れ、処理を終えた書類を種類毎にまとめた。

「ありがとうございます。本日の業務は以上でございます」

 飲み終えたカップを手に一礼。王の間には再び静寂が訪れた。仕事が終わったという解放感からシエ・スーミンは一気に力が抜けた。

「なんとか終わった……」

(初日の業務お疲れさん。慣れないことで結構神経をつかったのではないか?)

「そうだな……徐々に慣れていかなければ……」

(焦らなくていい。お主のペースでいいんじゃよ)

「……できるだけ早めに終わらせてみせるさ」

 竜はそういうことではないのだがと呟くも、シエ・スーミンには届かなかった。力を抜いていると、廊下から元気な声が聞こえてきた。これはまずいとシエ・スーミンは慌てて体勢を整えた。

「スーミン様。今日の依頼、無事に終えてきました」

「龍麗ったら。ちゃんとしなきゃダメでしょ。スーミン様。ただいま戻りまし

 た」

 もう一つの声はレイファだった。龍麗の頭をこつんと叩き、元気に無事帰還したことを報告する。

「うむ。ご苦労だった」

 龍麗とレイファから今日の成果を聞き、満足そうに頷くシエ・スーミン。その表情を見た二人は更に嬉しそうに笑う。二人が請け負ったのは近くの村が盗賊から襲撃を受けているので助けて欲しいというものだった。二人は現地に赴き、村長やほかの村の人から詳しい情報を集め、それらの情報を基に襲撃に備えた。夜が更け、静まり返った村に無数の人影を見つけた龍麗は気配を殺し、その盗賊の背後を取る。反対側にいるレイファに合図を送り、挟み撃ちを行った。龍麗とレイファのコンビネーションで抵抗した盗賊を一人やっつけるだけで追い払うことができた。もう二度と襲撃しないことを約束し、解放。翌朝、村長に報告をするとえらく感謝されたとか。

「それはよかったな」

「はい。困っている人の力になれるって素敵ですね」

「ああ。これからもよろしく頼む」

「「はいっ」」

 二人の元気な返事を聞くことができたシエ・スーミンは、優しく微笑む。一礼をして二人はまた元気に廊下を駆け抜けていく。

(小さなことからコツコツと……小さなことだが大事なことだな)

「ああ。少しでも力になれたのなら嬉しい」

 詳細については後日、報告書が上がってくるはずなのでそれで再度二人の活躍を確認することにした。二人の報告を皮切りに続々と依頼をこなして帰ってくる兵士達で王の間は一時騒々しくなった。

 帰ってきた兵士に話を聞くと、前はただ戦うだけで自分の得意な分野を生かすことが出来なかったが、今は自分の得意なことで誰かの力になれるということが何よりも嬉しいとのことだった。話をしている時の兵士の顔はとても輝いているようにも見えたシエ・スーミンは、心底よかったと思った。そこへ回復薬と解毒薬の調合を終えたオルロがやってきた。

「あ、スーミン様。ご依頼のあった薬品の調合が完了しましたぁ」

 木箱に収納された依頼品を落ち着いた足取りで運んできたオルロに、お礼を言い依頼品を受け取る時にえへへと笑うオルロに何かあったか尋ねた。

「この薬で元気になってくれる人がいるんだって思うと、不思議と頑張ろうって

 気になって……少し作り過ぎてしまいました」

「少ないよりは多い方がいいだろう。これを依頼主に届けさせよう。ありがと

 う」

「いえいえ。また調薬の依頼があったら任せてくださいね」

「ああ。わかった」

 一仕事終えたオルロの足取りはとても軽そうに見えた。依頼のあった薬品を受付に持っていき、依頼主に届けて欲しいという依頼を発行。手続きが完了したと同時に待ち構えていたのか兵士達が嬉しそうに依頼を受けたいと申し出があった。受付でその手続きを済ませると、薬品を受け取り元気よく出発していった。それを笑顔で見送るシエ・スーミン。

(初日からみんな依頼をこなしているようだな)

「ああ。みんな嬉しそうな顔をしていた」

(支え合うというのは素晴らしいことだな)

「幸先のよいスタートでよかった」

(だから言ったであろう。気負いしても仕方がないと)

「そうだったな」

(それに、みんないい連中だ。大事にしないとな)

「無論だ」

 窓に目をやると、いつの間にか日はとっぷりと暮れていた。そんな中、嬉しそうに依頼を受けた兵士達は大丈夫なのだろうかと心配になった。

(奴らとて心得てないわけではないだろう。心配しなさんな)

 ついさっき気負わなくていいと言われたばかりなのだが、こればかりは兵士の命がかかっているのだ。心配せずにはいられないのが正直なところだった。

(はぁ。お主はさっきの兵士達を信じられないというのか?)

 竜はため息混じりに問いかけた。するとシエ・スーミンはきっと竜を睨みつけた。

「そんなわけないだろう。私の大事な部下だ」

(なら、少しは彼らを信じてやれ。信じてやることも上司の仕事というものだ。

 それに、彼らはなんであそこまで笑顔だったかわかるか? それは、信じてくれ

 る人がいるからだと儂は思うが……どうかな)

竜の言っていることもわからないことはない。だがしかし、ここは彼らの帰りを待つべきではないのか……。悩んでいると頭の後ろから竜に叩かれた。

(ええいまどろこっしい。こうなったらお主が部屋に戻るまでこうして叩いてく

 れる)

「なっ! 何をする!」

(いいか。お主が疲れ切った顔で彼らを迎えてみろ。きっと彼らは心配をかけて

 しまったと思ってしまうだろう。そんな思いをさせてもいいのか?)

「む……そ、それは……」

(ここは爽やかにお帰りって言ってやるのがお主の務めではないか?)

「そ、それもそうだな……」

(わかったらとっとと休むことだ。誰もお主の疲れた顔なんぞ見たくないぞ)

「貴様……言わせておけば……」

 次第にぷるぷると体を震わせるシエ・スーミンに、竜はこの時とばかりに色々と言葉を浴びせる。竜が言葉を浴びせる度にシエ・スーミンは怒るのだが、段々とその言葉に意味を持って考え始めると、それもそうかと納得し大人しくなった。

(やっとわかったか)

「……ああ。そういうことだったのか」

(わかったら早く寝るがいい。果報はなんとやらだ)

 ちょっと引っかかる部分はあるが、ここは彼らを信じて休むことにした。自室に向かっていることがわかった竜は小さく息を吐いた。

 自室に着き、ベッドに横たわると疲れた体はすぐに眠りへと誘ってきた。そんなに疲れてはいないと思っていたが、体を使っての疲労より心の疲労の方が上回っていた。そのまま眠りに誘われ、いつの間にか規則正しい寝息を立てて眠り始めた。


 翌朝。飛び起きるように体を起こしたシエ・スーミンは手早く準備を終わらせ、王の前へと向かった。王の間では侍女が朝食の準備を済ませていたところだった。侍女に昨日出発した兵士達の事を聞くと、無事に帰還したと報告があったそうだ。無事という言葉を聞いたシエ・スーミンは安堵の息を漏らした。侍女はその件についてかいつまんで報告をすると、心から安心したような表情を見せた。淹れたての紅茶が入ったカップに口をつけ、朝が来たということを実感した。

 朝食を済ませ、朝礼を行うため伝達室へ向かう途中、既に何人もの兵士達が王の間へと移動しているのを見て、伝達する必要がないと判断し踵を返した。すれ違いざまに挨拶を交わし、出入口が混雑している中を泳ぎながら中へと入る。全体が落ち着いたのを見計らって号令をかけ、まず帰還した兵士から昨日の依頼についての報告を受けた。それから他にも依頼を受けた兵士から続々と嬉しい報告があがり、シエ・スーミンは満足に聞いていた。最後に今日も一日よろしく頼むと力強く言い、解散。

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