3-7
翌日。皇帝はある規律を兵士達全員に発表した。それは、月に一度、武力大会を開催し規定ラインよりも勝率が低かった者はこの城から出ていけというものだった。突然の発表に兵士達はもちろん、皇妃も驚いた。兵士達がなぜそうしたかと理由を求めると、皇帝は笑いながら答えた。
「力不足の者に用はない。ただそれだけだ」
皇帝が変われば規律も変わる。前皇帝は、確かに厳しいところはあったのだが、身寄りのない兵士を好意で集めたり気さくに声をかけてくれたり、力はなくても活動できる場所の提供をしてくれたりと、好印象だったのだが、現皇帝はそんな前皇帝の面影はなくとても排他的だ。皇帝の言葉を聞いた兵士の何人かは既に武器をその場に置き、自ら退城していった。数百人いた兵士も、今は半分以下にまで減り顔が綺麗に見渡せるようになった。
「予想よりだいぶ残ったな……まぁいい。では、残った者よ。せいぜい残れるよ
うに頑張るんだ。解散」
皇帝はそう言い放ち、王の間から出ていった。取り残された皇妃と兵士たちは今の状況を理解するのがやっとだった。残った兵士もやる気に漲っているものや、仕方なく残っているものなど様々で中にはあまりの恐怖に泣き出しそうなものもいた。
「あらあら。怖かったわね。もう大丈夫よ」
皇妃は優しくその兵士を抱きしめ、頭を撫でた。恐怖で張りつめていた気持ちが一気に緩み、気絶してしまった。
「大変。ちょっと侍女。手伝って欲しいの。この子を救護室に運んでもらえるか
しら」
「はい。畏まりました」
何処にいたか侍女は颯爽と現れ、気絶している兵士を軽々と持ち上げて救護室へと走っていった。
「あなたたちはどうするの?」
「……決まってしまった事は仕方がありません。できる限りやってみますが……
それでもだめならお世話になりましたって言うしかないですよね」
表面上は受け取ってはいるけれども、どうしても納得がいかない部分があるためか、その言葉には生気が宿っていなかった。とぼとぼと王の間を出るその兵士を心配そうに見送る皇妃は、なんともいたたまれない気持ちでいっぱいだった。
規律が発令した翌日。いつもよりも訓練施設が騒がしいことに通りかかった皇妃は思った。様子を窺うために中を覗くと、中では互いが血塗れになりなあがら組み合っている兵士がいたり、何やら言い争っている兵士もいたりとこれは一大事と思った皇妃は重い扉を押して中に入った。
「ちょっ……ちょっと。みんなどうしたの」
「皇妃様。皇妃様こそなんでここに」
「私はただ通りかかっただけ。そこの二人、今すぐ救護室へ行きなさい。これは
命令よ」
血塗れになっている二人が同時に皇妃の方へ向く。お互い血の気を失った肌に生気のない瞳、お互いの得物から滴る赤い液体は皇妃の顔をぎょっとさせるには十分過ぎた。
「は、早く行きなさい」
普段出さない大きな声に驚いたのか、二人は何事もなかったかのように救護室へと歩いていった。あの二人からの視線に驚いてしまった皇妃は少しの間、動くことが出来なかった。あんな風にぎょろっと睨まれたのは初めてだし、何よりもあの二人の生気のない瞳……一体何がああいう風にしてしまったのか。皇妃は頭を振り、次は言い争っている兵士に近づいた。
「こっちは何で争っているのですか」
「皇妃様。こいつ、新入りのクセに俺より実力が上だなんて言うから、頭きてた
んです」
「皇妃様。それは事実です。僕はこんな思考力ゼロの輩よりは遥かに上です」
「何言ってやがるっ」
「いい加減にしなさいっ」
まさに鶴の一声。言い争っていた二人はぴたっと口を閉じた。はぁはぁと肩で息をする皇妃におろおろする周りの兵士達。呼吸が整った皇妃はまず先輩兵士に向かって一言。
「あなたは先輩なのよ。これから立派になるために、あなたが指導をしてあげな
きゃ」
たった一言。皇妃からアドバイスを貰った先輩兵士は素直に謝り、次から気を付けると言ってくれた。続いて、後輩兵士に向かって一言。
「あなたはこれから大きくなろうとしている途中なの。だから、先輩から色んな
お話を聞いて自分のものにしていって欲しいの。実力云々は二の次でいい。ま
ずはあなたのことを皆に教えてあげて。ね?」
するとさっきまでの威勢はどこへやら。静かに首を縦に動かし先輩兵士と仲直りをした。
「皇妃様。あ、ありがとうございます」
「いいのよ。でも、ケンカはだめよ? 皆仲良くしなきゃ」
そう言い残し、皇妃は王の間へと向かった。たった一日でこのような事態になるとは……まさかとは思うが、皇帝の規律のせいなのだろうか……。今はまだ確信がないため、なんとも言えないが、少なくともそれが絡んでいるのは間違いないだろう。一刻も早く皇帝に話をしないと……。皇妃は王の間へと急いだ。
「皇帝。いらっしゃいますか」
「……何の用だ」
息を整えながら皇妃は皇帝に近づいた。ついさっき、訓練施設で争っているのを見かけたことを話すと、特に問題視にしていないような反応だった。
「そんなことか……これでやっとやつらに火が付いたってことだ」
「なんで……そこまで力にこだわるの?」
皇妃の顔色が段々と悪くなる一方、皇帝は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「簡単なことよ。力があればどんな奴らとも戦える。もし、そいつらに勝てたと
いう事実ができあがれば、この国は誰からも馬鹿にされることはなくなる。そ
うは思わないか」
笑いながら話す皇帝に頭を振る皇妃。それはいけませんと否定をする。
「それじゃまるで……ここにいる子達が……まるで駒ではないですか……」
「それを動かすのが皇帝の役割。指示に従わない駒は必要ない。俺が欲しいのは
忠実な駒だけだ」
「そんなの……あんまりです。あの子達は必死に頑張っているのに、それを駒だ
なんて」
「使われる為にいるのだろ。それをどう使おうと俺の自由だ。強い思いこそ成功
への一歩なのだよ」
皇妃は皇帝の言葉を最後まで耳にすることなく、王の間を出ていった。それをふんと鼻で笑う皇帝。何をそこまで悲観視しているのかがわからない皇帝は首を傾げた。
「……何を感情的になっているのだ。あいつは……」
考えてみたが結局答えはわからず、皇帝も体を動かす為訓練施設へと足を運んだ。
(強い思いこそ成功への第一歩……か)
夢か現かの狭間でシエ・スーミンは皇帝の言葉を復唱する。強い思いこそ……。何度も自分へ問いかけても同じ答えしかでないものを、どうしたら一歩進めるのか……。考えを巡らせていた時、ふと耳元から年老いた男性の声が聞こえた。
(ほっほっほ。やぁっと儂の声が聞こえたようだな……べっぴんさん)
(む……誰だ)
(こっちじゃこっち。ほれ、お主の後ろじゃ)
(何をからかっている。後ろだと……)
(ほれ。今、目が合っておろう。それが儂じゃ)
声の主はシエ・スーミンの背中にいる竜だった。ちょうどシエ・スーミンの背中にいる真ん中の竜からそれらしき声を感じる。まさかとにわかには信じられない様子で頭を振る。
(信じられないのもまぁ無理はないか。なんせ、お主には信念がなかったから
の)
(信念……だと)
(そうじゃ。お主は何を以て正義とし、悪とするかの区別がぼやけておったのじ
ゃ。それが、さっきの言葉が引き金になったんじゃなかろうかと儂は考えるん
じゃが)
(私は……)
(思っているだけでは行動に移せんぞ。自分が思っている事を儂に話してみぃ)
会話ができてまだ間もない竜から自分の思っている事を話せと言われても、何をどう話せばいいか戸惑うシエ・スーミン。そんな姿を笑いながらアドバイスをする。
(はっはっは。そんなに考え込まんでいい。今、思いついたことでもいいから)
むうと唸りながらシエ・スーミンはばらばらになったパズルを組み合わせるように話し始めた。
(私は、この運命を最初は受けて入れていくつもりだった。だが、これは絶対に
間違っている。こんなの……あってはならないことだ。そんなの……誰も幸せ
にならない。私は、こんな運命をここで断ち切り、私が皇帝になるのならば力
だけではなく、別の力でも戦えるような皇帝になりたい。別の力とはどんなも
のかは今の段階ではわからないが……私は……ここにいるみんなを……守りた
い。そして、ここにいるみんなに幸せを感じてもらいたい。その為なら、私は
この力を惜しみなく使う)
(お主の信念、しかと聞かせてもらった。さぁ、儂の力、存分に振るうがいい)
竜が猛々しく叫ぶと、全身から今まで感じた事のない程のエネルギーが駆け巡った。心臓の音が高速で脈打ち、血流を耳で感じ取れる程まで高ぶると視覚、聴覚、触覚がまるで自分の分身がいるのではないかと思うくらいに敏感になっていた。落ち着いてきたとはいえ、まだ手足に痺れを感じるのだが竜はげらげらと笑う。
(ほっほっほ。これはほんの一部に過ぎん。もし、儂が本気を出したら……今の
お主じゃ耐えられんだろう)
(すまない……これならば)
(うむ。お主の信じる力、あいつに教えてやれ)
そういって竜は口をかっと開くと、眩い光が放たれシエ・スーミンを包み込んでいく。光が消えた時、そこには何も残らず、夢か現の狭間は瞼をゆっくりと閉じるように消えていった。




