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3-5

「お前……あれは言いすぎだろう」

「なにがですか?」

「なにがって……お前は……はぁ」

「この際だから言っておきたかったんです。なんでそこまでスーミン様を認めな

 いかを」

「……だからって……あの言い草は問題になるぞ」

「構いません。俺は間違ったこと言ってませんし」

 大きくため息をつくシエ・スーミン。廊下を歩きながニクスの発言について指摘をしたのだが、ニクス自身は何ら問題ないと一点張りだった。再び大きなため息をつくと、今度はニクスから質問が飛んで来た。

「スーミン様。親父さんにあんなこと言われて腹立たないんですか」

「……そ、それは……」

「この際だから言っちゃいましょう。それとも、例の場所、行きますか」

「……そうしよう」

「わかりました」

 そう言って二人は例のバルコニーまで移動した。不思議とあのバルコニーに行くと自分の気持ちに素直になれるというか……シエ・スーミンはあのバルコニーに不思議な魅力を感じていた。

「さて、話してもらいましょうか。さっき、親父さんにあんな事言われてどう思ったか」

 シエ・スーミンは少し考え込みながら、そして言葉を選びながら発した。

「……そうだな。率直に言うと悔しかった。私とニクス、それと一緒に戦ってく

 れた者達の苦労がなかったようなあの発言は……悔しいしとても悲しかった。

 まるで、私を拒絶しているかのようだった……。私の理想を話すとそれは夢物

 語だとか、実力が伴っていないとか……あの時、本当に苦しかった……」

「スーミン様がそう思っているのなら、俺はそれ以上に悔しかったです。なにも

 あそこまで言わなくてもいいと思うのですけど……」

「この国を力で治めてきた方だ。どうしても行きつく先はそこになってしまうの

 だろう」

「スーミン様はそれでいいんですか?」

「……良いとは思わん。一緒に戦った者達の成果をも否定していいなどない」

「だったら……」

「皇帝との決闘……なのだよ。全ては。自分の夢や理想があるのならば、その決

 闘に勝利しなければ実現などできない。私の意志次第でどうにでもなる……」

「……決闘まであとどのくらい時間があるのですか?」

「そうだな……あと二日といったところか……」

 あと二日。その短さにニクスは絶句した。その間に決闘に向けての作戦を練ったり、心の準備をしなければいけないのかと思うと……。とてもではないが時間が足りないと思った。

「あと二日ですか……短いっすね」

「ああ……でも、やらなければならない……」

 シエ・スーミンはやはり迷っていた。あそこまで言うのは皇帝としてでもあり、親としての気持ちも含まれているのではないか。そう思えば少しは気も紛れると感じていたい。

「でも……やはり……父との決闘なんて……こんなの……あんまりだ」

 小さい時、よく侍女がこう言っていた。生まれたての時の皇帝は、それはもう頬が緩みっぱなしだったと。シエ・スーミンが生まれてきてくれた事をとても喜んでいたという事。今はとても厳しいと思う部分もあるが、それでも過去は私に愛情を注いでくれたことには変わりない。そんな愛してくれた人と決闘なんて……。

「スーミン様。まだ二日もあります。その間に心の準備をしてみるのもいいんじゃないですか。体を動かしておかなきゃって思うかもしれませんけど、スーミン様の場合はそれ以前の準備が必要だと思います。なので、自室でゆっくり考えるというのも作戦の一つかもしれません。生意気言ってすみません」

「いや……参考になった。ありがとう」

 自室に戻ろうとドアノブに手をかけた時、ニクスが声を張った。

「俺、どんな時でもスーミン様の味方です。何があってもスーミン様に就いてい

 きます。こんな事を言うのもなんですが……応援してます。スーミン様」

 シエ・スーミンは無言で頷くとバルコニーから出ていった。一人になったニクスは夜空を見上げ、瞬く宝石に心から祈った。スーミン様の心がきれいに整理できますように。皇帝との戦いに勝利し、この国の新しい先導者になりますように。

 自室に着いたシエ・スーミンは枕に顔を埋め、深く息を吐いた。そして、ニクスの発言を思い出すと再び目頭が熱くなってくる。

「ニクス……すまない……私は……私は……」

 一度溢れた涙は止まることなく、枕を濡らしていく。やはり皇帝もとい父親は怖い。あの覇気で何度も倒れそうになったことか。そんな覇気を纏って二日後、襲ってくるのかと思うと怖くて怖くて仕方がない。その恐怖に私は耐えられるのか……。ただただ不安しかない。でも、ニクスはそんな私の背中を押してくれた。頑張らないわけにはいかない。

「……そうだな。少し、向き合ってみるか」

 背竜もそれがいいとばかりに頬を擦り付けてくる。そうと決まれったら、さっきまでの顔を水で綺麗に流し、すっきりしてから体を休めよう。そして、明日は自分の心と向き合って……。

「大丈夫……だよな。きっと」

 気持ちを少しでも前向きに切り替えて、シエ・スーミンは床に就いた。



 決闘前日。シエ・スーミンはいつもより遅めに体を起こした。外は綺麗に晴れていて、絶好の行楽日和だった。どこかに出かけたい気持ちもあるのだが、今日はしなければならないことがある。それは、皇帝との決闘に向けて、自分の心と向き合わなければならない。それが出来たからといって勝てるわけではないのだが、これはやっておかなければいけない気がした。

 具体的な方法まではわからない。自分でできることをしてみよう。そうと決め行動に移した。洗顔を済ませてから食堂で軽めに食事を摂り、考える力を補給。適度に満たされたからか、さっきよりは思考が巡るようになった。食器を片付け、城内を歩いていると、侍女が背筋を伸ばしてこちらをじっと見つめていた。

「何か用か?」

「はい。遅れてしまって申し訳ございません。こちら、皇妃様からお預かりして

 いた物でございます。お受け取り下さい」

 侍女から手渡されたのは茶色い封筒だった。裏返してみると皇妃のサインが書かれており、蝋で封がされていた。鮮やかなバラを象った紋章は確かに皇妃のものだ。

「確かにお渡ししました。では、失礼します」

 深々と礼をすると、足早に立ち去っていく。侍女は何かを伝えたかったのか……そんな気になり、シエ・スーミンも城内散策を早々に切り上げ、自室に向かった。

 自室で封を破り、中を確認する。すると中から便せんが二枚入っていた。取り出す時にちゃりんと小さな音が聞こえ、首をやるとそこには見覚えのある装飾品があった。

「これは……お母さんが付けていたものだ……」

 最初にお茶会をした時、皇妃が胸元に着けていたあの羽飾りだった。それがなぜこの封筒の中に……疑問に思ったシエ・スーミンは便せんを開いた。


~親愛なるスーミンへ~

 この手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいないということになるわ。

思いのほか進行が早くて驚いてるわ。本当はもっとあなたとお茶会をしたかったけれど、こういった形でのやりとりを許してね。

 そういえば、あなたにお手紙って初めてかしらね? うふふ、なんだかわくわくしてきちゃった。あなたが生まれてきて、お城の皆でお祝いして……もちろん皇帝もあなたが生まれてきてくれた時、すっごく喜んでいたのよ? あの顔からは想像もできないかもしれないけれど、ずーっと緩んでいたのよ。それからあなたはすくすく成長して……いつの間にか私を超す程にまで身長も伸びたわね。

 戦いの時は、いつもきりっとした表情で行っていたわね。陰ながらかっこいいなって思っていたわ。可愛い顔からかっこいい顔になる時って我が子ながらも惚れちゃいそうだったわ。……これって親ばかっていうのかしら?

 それから、あなたと初めてお茶会をした時の事。あれは忘れることなんてできないわ。あなたが初めてお母さんって呼んでくれたんですもの。とっても嬉しかったわ。私のわがままを聞いてくれてありがとね。それから、お菓子を食べた時のあなたの反応も嬉しかったわ。色々悩んで選んだ甲斐があったし、あなたの喜んだ顔を見るのがなによりも嬉しかった。あの時のあなたの顔はとっても乙女だったわ。うふふ。

 ……その時からかしらね。私の体に黒いシミが増えてきたのは。お医者さんにも診てはもらったんだけど、原因は不明。先天性なのか後天性なのかもわからないって言われちゃってね。でも、これは私の運命だと思って受け入れることにしたの。だって、これを受け入れないとなんか逃げているような気がしてね。お医者さんからはお薬をもらったのだけど、あまり飲まなかったの。最後はこれを受け入れていこうかと決めていたし……。この手紙を書くのはまだ目が見えるからいいけれど、もしかしたら物も見えなくなるかもしれない……そうなったらもうスーミンの顔が見えなくなってしまうのだもの……。それはちょっと寂しい気がする。もっともっとあなたの顔を見ていたいし、あなたとのお茶会を楽しみたかった……。

 最後に、私のお守りをあなたに贈るわ。あなたにきっと幸運をもたらしてくれるわ。お母さんから最後のお願い、聞いてくれるかしら?このお守りを私だと思って大事に持っていて欲しいの。私はもうここにはいないけれど、そのお守りを通じていつもあなたを見守っているわ。最後の最後までわがままなお母さんを許してね。

 あなたを心から愛しているわ。あなたの行く未来が光り輝きますように。

 ~母より~


 読み切った時、シエ・スーミンは大粒の涙を流していた。誰よりも自分を信じてくれた母。いつも笑っていた母。病魔に侵されても自分の身を案じてくれた母。全てを愛してくれた母……そんな母の愛で満たされた手紙はシエ・スーミンの心にゆっくりと染み渡っていった。まるで雨水で溶ける雪のように。その水は大地に染み込むかのようにゆっくり……。

「……お母さん……ありがとう……」

 便せんを抱きしめ、泣き崩れるシエ・スーミン。そのまま夜が更けるまで泣き続け、決闘まで残すところあと数時間となった。

 決闘当日。まだ日が昇る前に目が覚め、黙々と準備を進める。城外で深呼吸をしながらのゆっくりと体を動かし慣らしていく。慣れてきたら今度は訓練施設で本格的に動かし、決闘に備える。先日、色々な武器を触ってみたが、その中でもしっくりした武器、片手剣を選び軽く素振りを始める。素振りが終わると、今度は剣舞のような体捌きで動いてみる。まだ修正するべき個所はあるにせよ、シエ・スーミン自身納得のいく出来だった。

「あ、スーミン様。おはようございます」

「龍麗か。おはよう。そういえば、この前の試験はどうだったのだ」

「あっ! はい! 無事に合格できました!」

「おお。そうか。おめでとう。よく頑張ったな」

「あ……有難うございます。ところで、スーミン様はこんな朝早くにここで何を

 しているのですか?」

「今日、これから大事な用があってな。それの為に体を動かしていたのだ」

 そうなんですかと納得する龍麗に、シエ・スーミンは一つ提案をした。

「龍麗。すまないが少しだけ私に付き合ってもらえないか」

「はい。なんでしょう」

「龍麗が試験に受かったということは、相当実力が付いたと判断していいのだ

 な」

「そ……そんな。ぼくはまだまだですよ」

「まだまだな奴があの厳しい審査員に合格通知を送るとは思えないがな……まぁ

 いい」

 そう言ってシエ・スーミンは片手剣を両手で構える。一瞬戸惑う龍麗にシエ・スーミンは戦闘態勢に入る。

「龍麗。手合わせを願う。本気で私を倒すつもりでかかってこい。さもないと、

 お前がやられる事になる」

「そ……そんな。スーミン様」

「私は龍麗の実力をもっと知りたいのだ。その実力を私にぶつけてこい」

 龍麗は困った顔をしながら暫く唸る。そして、諦めたかのように大きく息を吐いた。

「スーミン様。お、お手合わせ、お願いします」

「手合わせ感謝する」

 二人は何も置かれていない演習場に場所を移した。お互いが礼をし、龍麗は拳を握り逆手で構え、シエ・スーミンは右足、右手を前に出して構える。

 最初に動いたのは龍麗だ。一瞬で距離を詰めてからの足払い。それを咄嗟に半歩下がってかわし、龍麗の頭を目掛けて柄頭を振り下ろす。ごんという鈍い音が片手剣を伝うと、そこからもう片方の柄頭を振り下ろす。しかし、それはかわされてしまい、代わりに強力な掌底を受けてしまう。

「がっ!」

 掌底から放たれる闘気でシエ・スーミンは吹き飛ばされた。肺から空気を押し出されるような感じを受け、何度か咳込んでいる間に龍麗は何やら闘気を集中させ始めた。

「紅焔拳っ!」

 龍麗の拳が真っ赤に燃え上がり、まるで拳に炎の神が宿っているよう。炎を纏ったまま龍麗はシエ・スーミンに突進をする。寸前のところで燃え上がっている闘気を解き放つ。

「破っ!」

 解き放たれた闘気はシエ・スーミンの体を貫き、しばらくして消えた。そしてその数秒後、体が燃えるように熱く感じられた。実際、体に引火はしてないのだが、シエ・スーミンは見えない炎で焼かれているかのような錯覚にもがき苦しんでいた。

「があぁっ……」

「スーミン様。すみません。まだいきますっ」

 もがき苦しんでいるシエ・スーミンに追い打ちをかけるように、龍麗は闘気を練りだした。今度は両手では抱えきれない位の大きな球を作り出し、投げつけるかと思いきやそれを自身に取り込みだした。自身で作った闘気とはいえ、それを制御するのは並大抵の事ではない。今にも体から何か別の生物が出てくるのではないかと思うくらい、背中はぼこぼこと脈打ち、腕も通常の二倍以上に膨れ上がる。それらを更に別の力で制御した先には、たった一撃ではあるがとてつもない威力の攻撃を繰り出すことができる。

「……」

 制御に成功した龍麗は強力な闘気を更に細くし、一点に集中させる。細く鋭くを想像するとより強力な一撃になる。静かにシエ・スーミンに歩み寄り力を込めて拳を突き出す。

「っ……!」

 凄まじい闘気を感じたシエ・スーミンは辛うじで龍麗の攻撃を回避。さっきまでシエ・スーミンがいた場所にはぽっかりと大きな穴が空いていた。もし、回避ができていなかったらと思うと……シエ・スーミンはぞっとした。何より驚いたのはその威力ではなく、そこまで実力を付けていた龍麗だった。

「龍麗……お前」

「避けられちゃいましたか……さすがスーミン様です」

「こんな力……いつ身に着けたのだ」

 凄まじかった闘気が風船のようにしぼんでいき、通常の龍麗の体型へと戻っていく。戻りきると龍麗はぺたんと尻餅をつき、そのまま後ろへと倒れ込んでしまう。

「はぁ……はぁ……もうぼくには力は残っていません。いつでもとどめさせま

 す」

「……」

 倒れ込んでいる龍麗に剣先を向け、振り下ろす。振り下ろされる瞬間、龍麗は満足そうな笑顔を浮かべていた。


ガキンッ


 シエ・スーミンが振り下ろしたのは、龍麗の顔のすぐ横。無機質な床だった。刃と床がぶつかる音で目を開けた龍麗は一体どういうことかと思い、周囲を確認する。

「……え。スーミン様……?」

「……これが、私の実力ということか……」

「スーミン様……どうして」

 差し伸べられた手を取る龍麗。ゆっくりと立ち上がりなぜ自分を残したのかを尋ねた。

「私が本気でお前を殺すと思ったのか。それに、いくつか聞きたいことがあるか

 らな」

「はい……なんでしょうか……」

「その凄まじい力はどこで手に入れたのだ」

 龍麗は記憶を遡り、力が備わったであろう時の事を口にする。邪竜の再封印が終わり、いつものように訓練施設で体を動かしていると、急に体が重くなりその場に突っ伏してしまったという。そこから何としてでも動かさないとと強く思いだけで活動しているうちに内底から力が沸きあがってきたという。何故そこまでして体を動かそうとしたという問いには、少し恥ずかしそうにしながらもこう答えた。

「そ……それは、スーミン様の力になりたくて……です。ぼくはスーミン様みた

 いに指揮をとることはできません。でも、大好きな人が揮官だと嬉しいという

 か、頑張ろうっていう気持ちが出てくるので、それに応じたいという思いで

 す」

レイファに次いで龍麗までもが力に目覚めた。二人の共通点は「思い」があるか。それも完成度が高く、純粋な心。真っすぐに「そうしたい」という思いが力を目覚めさせるきっかけになるようだ。

「私は……まだ完成しきっていないということなのか……だとしたら……」

「スーミン様……?」

 シエ・スーミンがあれこれ思考を巡らせていると、龍麗が心配そうに顔を覗いてきた。龍麗に大丈夫だと答え、手合わせをしてくれたことに感謝をした。

「い、いえ……。それと……すいませんでした」

「謝るな。お前は間違ったことはしていない。それに、お前の力は本物だ。大事

 にな」

「は、はいっ! 有難うございますっ!」

 シエ・スーミンにお礼を言われたことがよほど嬉しかったのか、龍麗の顔は真っ赤になり、声が少し裏返っていた。訓練施設を後にしたシエ・スーミンは龍麗の言っていたことに気が付かないまま自室へと戻った。

 軽く汗を流したシエ・スーミンは自分への「思い」を確認した。自分はこの国を良くしたい。力で解決するだけではないということ。それと、何よりも改善しなくてはいけないこと。それは……。

「この忌まわしい運命を終わらせることだ」

 親と子を戦わせて、残った方が主なんて馬鹿げている。それのせいでどれだけの幸せが壊されたと思っているんだ。そんなの……私で終わらせてやる。

「私の思いは決まった。これが、私の力になってくれるだろうか……」

 自分の胸にそっと手を当てる。この思いが間違いではないと言い聞かせ、いよいよ皇帝との決闘の時間だ。もう迷ってはいけない。決めたのならその思いに真っすぐ突き進むだけだ。決闘の会場である地下広間に到着する。扉を開けたらもう引き返すことはできない。最後に深呼吸をし、胸元から皇妃が生前大事にしていたお守りをきゅっと握りしめた。

「お母さん。私、自分の今の気持ちに素直になってくる。だから……お願い。力

 を貸して」

 シエ・スーミンはお守りに祈りを込め、大事にしまった。そして、皇帝が待ち受ける地下広間の扉を開けた。

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