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第45話:指輪が明かす真実

 「ダーリン、これ……ちょっと見てほしいっちゃ!」


 そう言ってモナは、自分の頭の左側にぽつんと生えた小さな角に、そっと指先を触れた。 紫色の雷光がパチパチと闇を引き裂く「思い出の丘」の頂上。激しい嵐の雨粒を弾き飛ばすように、モナの薬指の不思議な指輪がカッと眩い光を放った。


「角……?」


 翔大が怪訝そうに呟いたその瞬間、光の膜が空中に広がり、まるで巨大なスクリーンのように、これまで隠されていたすべての「真実」の光景を映し出し始めたのだ。


「あ……これ、は……」


 翔大は息を呑み、目を見開いた。


 そこに映っていたのは、かつて17歳だった頃の自分、そして20代、30代、40代と歳を重ねていく自分自身の姿だった。夜、実家の自分の部屋で布団に入る前に、窓を開けてじっと星空を見上げている姿。


「ダーリン……聞いて。うちが地球に来た理由を、本当のことを……今から話すっちゃ」


 モナは激しく明滅する光の中で、翔大の胸に顔を埋めたまま、熱く、そして切ない声を震わせた。


「昔ね、ダーリンは高校生の頃からずっと、寝る前に星空を見ては願ってたっちゃ。『いつか異星の女の子がこの地球に来て、アニメみたいな素敵なことが、この現実世界でも起こらないかな』って……。大人になって、どれだけ現実に打ちのめされても、ずっと、ずっと心の底で願ってたっちゃね」


「モナ……お前、なんでそれを……」


 翔大の顔が途端にカッと熱くなった。誰にも言ったことがない、50年間の人生で胸の奥底に秘め続けてきた、痛々しくも恥ずかしい青臭い妄想。


 モナは涙で濡れた目を上げ、まっすぐに翔大を見つめた。


「遠い遠い星で、ずっと孤独だったうちの心にね、ダーリンのその思いが届いたんだっちゃ。……実はね、うちの星ではこの角は額の真ん中に一本生えるか、左右に一本ずつ二本生えるのが普通なんだけど、うちは生まれた時から左側にぽつんと一本だけ角が生えて生まれてきたんだっちゃ。お父さんもお母さんも、そんなうちのことを『可愛い我が子だ』ってすごく大切に愛してくれたし、いつも優しく包み込んでくれていたんだっちゃ。だけど、うちが勝手に……『みんなと同じじゃない自分なんて、きっと外の世界では笑われてしまうんだ』って深く思い込んじゃって……」


 モナは切なそうに自分の角をなでながら、言葉を続けた。


「お外の人の好奇の目や冷たい視線が怖すぎて、優しいお父さんやお母さんの言葉にも素直になれなくて、自分からお部屋に閉じこもって引きこもってしまっていたんだっちゃ……。誰も自分の変な姿を受け入れてくれないって、勝手に心を閉ざして、真っ暗な部屋で一人ぼっちで怯えていたんだっちゃ……。

 でもね、そんな時にこの指輪が、地球にいるダーリンの心の叫びをキャッチしたんだっちゃ……! ダーリンにとっては、現実逃避のただの切ない妄想だったかもしれない。だけどね、何千光年も離れた暗闇の中で、心を閉じ込めて怯えていたうちにとっては……それが生まれて初めて触れた、宇宙一優しく温かい光だったんだっちゃ!暗い心の壁の向こうに、初めてパッとまばゆい光が差した瞬間だったんだっちゃ……」


 空中を舞う光のスクリーンが切り替わる。そこに映し出されたのは、異星の見たこともない美しい、けれどどこか孤独なモナの故郷の光景だった。かつて一人ぼっちでお部屋の窓辺から星空を見上げていた、幼い日のモナの姿がそこにはあった。


「ダーリンの思いは何年も何年も、ずっと途切れずに届き続けたっちゃ。こんな臆病なうちの存在を、ただ『会いたい』と願い続けてくれる人がこの宇宙のどこかにいる――その事実だけで、うちはどれほど救われたか……。だからうちは、いてもたってもいられなくなってお父さんにお願いしたんだっちゃ。『この方角の星から、自分を思い続けてくれてる異星の人がいる。うち、そこに行きたいんだっちゃ!』って……」


 モナの瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちる。それは過去の傷を悔やむ涙ではなく、彼女を暗闇から救い出してくれた人への、あふれんばかりの感謝の涙だった。


「でもね、当時はまだ、うちの星の科学でも時空の歪みを捉えて無限に近い距離を一瞬で移動することはできなかったんだっちゃ。だからうちは……光の速度より速く飛ぶ乗り物に乗って、何年もかけて地球まで旅をしてきたんだっちゃ」


「ひ、光の速度より速い高速の乗り物で……!?そんな昔から……!?」


 翔大は絶句した。


「うん……。でもね、やっと地球に着いたとき、ダーリンはちょうど留守だったっちゃ。うちはダーリンのお家の上空で、降りるべきか降りないべきか、怖くてぐるぐる回って迷ってたんだっちゃ……」


 その言葉に、翔大の脳裏へ電撃のような記憶が駆け巡った。


(……あ!おかんが昔、リビングで煎餅食いながら言っとったあれか!?『昔、お家の上空でUFOがぐるぐる回ってて怖かったわぁ』って……!俺が『オカン、ボケるには早すぎるで』って笑い飛ばしたあの時のUFO……モナ、お前やったんか……!)


 まさかの伏線回収に、翔大の顎が外れそうになる。


「結局ね、周りの大騒ぎになるかもしれないとか、ダーリンに迷惑かけたらいけないとか、いろんなことを考えて、その時の計画は中止になって……うちは泣く泣く星へ帰ったんだっちゃ」


 モナは愛おしそうに、雨に濡れた翔大の大きな手をぎゅっと両手で握りしめた。


「その後、時空の歪みを利用して無限の距離を一瞬で移動できる、この指輪がやっと開発されたんだっちゃ!でもね、これには難点があったっちゃ。思った場所に完全には出れないことと、時空の歪みへのコントロールがものすごく不安定なこと……」


 モナの切ない吐露は続く。


「ダーリンが大人になって、毎日を忙しく生きていくにつれてね……ダーリンの心から『異星の女の子に出会いたい』っていう純粋な思いが、いつの間にか薄れていったんだっちゃ。感情が日々の生活に埋もれていって、強い意識、テレパシーがうちのところに届かなくなって…うちの指輪はね、強い思いであればあるほど、位置も人も正確に測定できる機能だったから……うちは焦ったっちゃ。このままだと、ダーリンに一生会えなくなっちゃうって……!」


 その時、指輪からピピピ……と赤く不吉な警報音が鳴り響き、光のスクリーンに過負荷を示す赤い点滅が走った。


「な、なんやこの音……!?」


「あ……歪んだ時空への無理な突入で……指輪のエネルギーが限界なんだっちゃ。うちの存在データも……消滅しかけてるんだっちゃ……」


「なっ……!そんな無茶しやがって……!」


 翔大が怒鳴るように叫ぶと、モナは涙をボロボロと溢れさせながら、全存在をぶつけるように叫び返した。


「ダーリンに会えないまま何万年も生きるくらいなら、存在が消えてもいいと思って飛び出してきたんだっちゃ!だからね、あの激しい嵐の夜の、時空が一番ぐにゃりと歪んだ瞬間を狙って、うちは無理やり飛び出してきたんだっちゃ!最初の夜、ダーリンの部屋で目を覚ましたとき、うちは本当に生きた心地がしなかったっちゃ……。意図した場所に来られたのか不安だったし、目の前にいる大人のダーリンが、うちが何千年も思い続けてきた人なのか、すぐには分からなかったっちゃ……」


 モナの言葉の端々に、どれほどの孤独と、どれほどの命がけの覚悟があったのかが滲み出ていた。


「でもね……そんなうちをダーリンは優しく介抱してくれたっちゃ。その手の温もりに触れて、周りを見渡した瞬間に、うちは『ここだ!』って確信したんだっちゃ! ……そこにね、ダーリンにうちの裸を見られちゃったから」


「ぐっ……!それは不可抗力や!あの時は必死で……!」


「ふふっ、分かってるっちゃ。でもね、前にも話したけど、うちの星ではね、女性は最初に裸を見られた人が、将来の旦那様になるっていう大切な風習があるんだっちゃ。だからね、うちは嬉しさのあまり、ダーリンの胸に飛び込んでいったんだっちゃ!」


 モナは泣きながら、フニッっといつもの愛らしい、けれど世界で一番切ない笑顔を浮かべた。


「一生、そして永遠にこの人と人生を共にしようって、その瞬間に心に決めたんだっちゃ。……ダーリン、うちはね、ただ突如現れた異星人じゃないっちゃ。何千年も前から、ずっと、ずっと……ダーリンだけを愛し続けてきたんだっちゃ……!」


「モナ……」


 翔大の胸の奥から、熱く、どうしようもない感情が濁流となって突き上げてきた。目頭が猛烈に熱くなり、涙が雨水と混ざり合って止まらない。


 住宅ローンに追われ、会社とボロマンションを往復するだけの、何者にもなれなかった冴えない自分。


 そんな自分の子供っぽい「現実逃避の妄想」を、彼女は気の遠くなるような時間の中でずっと信じ続け、すべてを懸けて自分に会いに来てくれたのだ。


 その瞬間――消えかかる光のスクリーンの奥で、疲れた顔でボロマンションの窓辺に立っていた「50代の翔大」が、一瞬だけ嵐の丘に立つ17歳の翔大と目を合わせたような気がした。50代の自分が、静かに、けれど誇らしげに深く頷いている。


(待っとけよ、未来の俺……。お前が諦めへんかったから、俺は今、こんなに最高な女の子を抱きしめられてるんや。俺たちの人生、全ッ然惨めなんかやなかったぞ……!)


 17歳と50歳の心がひとつになり、翔大の中で男としての覚悟が完全に結実した。


 モナは翔大の胸元のオカリナに結びつけられた、手作りの歪な針金チャームを優しく両手で包み込んだ。涙で濡れた瞳でそれを見つめると、愛おしそうにそっとキスをした。


「ダーリンの手作り指輪……本物の指輪より、ずっとずっと綺麗だっちゃ。どんな宇宙の宝物より、これがいちばん大切だっちゃ……!」


「ありがとう、モナ……。俺の……俺のあんな情けない妄想を……そんなに長い間、ずっと大切に抱きしめて、命がけで会いに来てくれたんやな……」


 翔大は声を詰まらせながら、モナの華奢な体を、自分の全存在を込めて強く、強く抱きしめた。


「俺、お前のその深すぎる愛に、50年分全開で応えても足りんかもしれん。でもな……今は、はっきり言える!俺もお、お前を心から愛しとる!何があっても、時空が閉じようと、俺たちが歳をとろうと……俺のこの思いは絶対に消えへん!!」


「ダーリン……うん……!うちも、ダーリンを宇宙で一番愛してるっちゃ……!」


 嵐の咆哮が頂点に達し、指輪の光が最後の輝きを放つ。


 二人の絆が時空の真実によって証明された瞬間、永遠の終わりと始まりを告げる閃光が、思い出の丘を眩しく包み込んでいくのだった。

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