最終話
これにて最後!
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手紙が見つかってから数日。あれから、タクヤが特になにかを聞いてくるようなこともない。たぶん、わたしがずっと頭を悩ませているのに、気づいていたんだと思う。
それでも、なんとか自分の中で答えを出したのだ。今日は、タクヤに話を切り出すタイミングをうかがっていた。
昼食用に、切った野菜を盛り付けて、サラダを作る。皿をテーブルにおいて、タクヤが盛りつけた分も運んだ。さぁ食べよう、というとき、わたしは意を決して、重たい口を開いた。
「タクヤさん、その、今晩、母のお墓に行きたいなって思ってて…」
「それって、僕も一緒に行っていいの?」
さらっと言ったタクヤに、わたしの方が驚いた。
「えっ、行ってくれるんですか?」
「むしろ、1人で行くからこないで、って言われるかもしれないとは思ってた」
「………タクヤさんも、一緒がいいです」
「うん、分かった」
きちんと挨拶できてなかったからね、と当たり前のように言い放たれた言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。タクヤが、嫌がるような人ではないと分かってはいるが、やはり緊張した。
「いつも夜に行ってるんです。星がすごくきれいに見えるんですよ」
「夜か。寒いから上着がいるね」
タクヤのいた世界の夏は、半袖でも汗だくになるらしいが、こちらの夏はそこまで暑くないと感動していたのを思い出す。半袖を着る日のほうが少ないくらいだ。もちろん、夜は長袖でなければ冷える。
「寝転がるので、白い服は厳禁です」
「服の指定があるのか」
* * * * *
真っ暗な森の中を、灯りを頼りに進んでいく。いつもなら、静寂のあまり、自分の足音に対してビクビクしながら歩くのだが、今回はタクヤと一緒だ。こんなに心強いことはない。
「けっこう険しいね」
「その分、景色はいいですから」
そろそろ着くはずだ、というところで、タクヤになるべく下を向いてもらうよう伝える。手を繋いで、一歩一歩導くように歩いていき、目的の場所に着いたところで手を離した。
「タクヤさん、上見ていいですよ!」
わたしの声を聞いて、空を見上げたタクヤは、言葉を失っていた。わたしが初めて母に連れてこられたときと、同じような反応に、ちょっと嬉しくなる。
「すごいでしょう?」
「…………こんなにきれいな星空、見たことないよ」
今日はたまたま新月で、月明かりもなかった。星を眺めるにはちょうどいい。
「この星空、母が大好きだったんです」
地面に寝転がると、空いっぱいの星空が目に飛び込んでくる。この特別な場所を、誰かに教えるなんて、少し前までは考えられなかった。ゴードンだって知らないのだ。
「ほら、タクヤさんも」
ずっと空を見上げていたタクヤも、わたしの隣に寝転がる。
「ここで話したことは、全部母に聞こえてるんです」
そう思っていないと、わたしの心が壊れそうだった。よく、母とのおしゃべりだと称して、一方的な報告をしにきていたものだ。
「じゃあ、迂闊なことは言えないね」
「ちょっと、何を言おうとしてるんですか?」
2人の笑い声と、風の抜けていく音だけが聞こえる。この世界に、わたしとタクヤしかいないと錯覚してしまいそうだ。
「いつもは暗い話しかしてなかったんですよ。でも、今年はタクヤさんのおかげで、楽しい話ができます」
ここならば、タクヤにも、母にも、同時にわたしの決意を伝えられると思った。どちらも、わたしにとって大事な人だから。
「わたし、自分の店を開きたいんです」
タクヤが、そっとわたしの手を握ってきた。なんとなく、わたしの決断を後押ししてくれているような気がする。
「ゴードンさんのお店で、男の子を助けた時に、考えたことがあるんです。すぐに助けてあげられるような、駆け込める場所を、わたしが作れたらなって」
いま思えば、ティムたちを手当てしたときから、そんな感情があったのだと思う。もちろん、全ての人を救うことはできない。それでも、わたしの手で掬い上げられる人がいるかもしれない。
「薬を作ること以外は、ずっとゴードンさんに任せきりでした。でも、自分でやってみたい」
ゴードンの店での出来事が、決定的だったのは確かだ。あの時の、子どもを連れた母親の顔が、頭から離れない。
「やってみようか。楽しそうだね」
「はい!」
外装、内装をどうするか、名前だって決めなきゃいけない。どうなるかなんて誰にも分からないけど、不安よりもワクワクの方が大きかった。
それからは、母に聞かせるために、タクヤと出会ってからの話をしたり、わたしが覚えている限りの、子どもの頃の話や、未来の話をしているのを、満点の星空が見守ってくれていた。
去り際に、心の中で母に告げたことがある。
――すごく素敵な人が、そばにいてくれるんだよ。知らないことも、知らない感情もたくさん教えてくれる、とっても大切な人なの。だから安心してね。もうここで、早くお母さんのところに行きたいって、言ったりしないから。
* * * * *
「はぁー、疲れた…」
店を出すというのは、想像していた何倍も大変だった。しかし、以前助けた子どもの父親が大工だったらしく、そのお礼にと、建築に関するすべてを請け負ってくれたのはとてもありがたかった。人生、どこで何が関係してくるか、わからないものだ。
「もうすぐだね」
開店日は、すぐそこまで迫ってきている。いよいよ始まってしまうのかと、近づくにつれて恐怖が上回ったきたことなんて、いまさら言えない。
「そうだ、サラ」
一息つこうと、椅子に腰掛けてお茶を飲んでいたらタクヤが1枚の紙を取り出した。
「ここにサインして欲しいんだけど」
タクヤから渡された紙は、結婚の届出をするための用紙だった。あまりにも突然のことに、目の前にある紙と、タクヤの顔との間を、目で何度も往復してしまう。
「一度名前を書けば、違えることはできません」
タクヤの言葉に、出会ったばかりの頃を思い出す。まさか時を経て、わたしたちがこんな関係になるなんて思いもしなかった。
「サラ、結婚してくれませんか?」
喜びや嬉しさといった感情が、全部一気に押し寄せてきて、気づいた時にはタクヤに勢いよく抱きついていた。
「こんなわたしでよければ、よろしくお願いします」
そう答えた瞬間、息ができなくなったのは、タクヤの唇のせいだと分かったのは、ほんの少しだけ後のことだった。
* * * * *
迷いの森へと向かう途中に、よく効くとのことで有名な薬屋がある。ここに相談すれば、大抵のことは解決してくれるらしい。以前は、夫婦で切り盛りしていたが、今は奥さんと、小さな看板娘の2人で頑張っているそうだ。彼女たちの明るい対応に、心を和ませる人も多いという。
薬屋ができてから数年後、隣に食事処ができた。そこは、とある勇者と同じ名前の人物が経営しているようで、変わった料理が食べられるのだと、こちらも繁盛していた。
ところが、この一家には、不思議なところがひとつだけある。
――彼らがどこに住んでいるのか、誰も知らない。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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約1ヶ月の連載にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




