熱
看病イベ、大好きです。
真冬の池につっこんだ数日後、わたしは見事に熱を出した。朝起きたら身体がだるく、思うように動かなかったのだ。おまけに、寒気もする。最初は誤魔化していたものの、タクヤにあっさりバレてしまい、ベッドに戻っていた。
「むしろなんで隠せると思ったの?」
「…がんばれば、なんとか」
「ならないよ」
冷えたタオルがおでこに乗せられる。これを気持ちいいと思ってしまう時点で、熱があるのは確実だ。
「なにか食べたいものある?」
食欲はなかったので、わたしは首を横に振った。
「でも、なにか食べないと薬が…」
「くすり、いらないです」
「え?」
いま家にある薬は、ゴードンから緊急で必要と言われた時に対応するためのストックで、すべてわたしの魔力を込めたものだ。魔力があることで作用が増強されるのだが、この薬をわたしが飲むと、わたしの体の中の魔力と、薬に込めた魔力が反発し合って、魔力が消えてしまう。そのため、一般的な薬と同じ作用になってしまうことを、頑張ってタクヤに伝えた。
「だから、いらない」
わたしにとっては、どんなに魔力が込めてあっても、普通の薬と同じだ。タクヤのように、劇的に良くなるわけではない。せっかく込めた魔力が消えてしまうなんて、なんか嫌だ。
「サラはもっと、自分を大切にした方がいい」
「ねていれば、なおります…」
わたしが風邪を引いたのは、自分の注意不足のせいで、自業自得といわれても仕方ない。薬を飲むほどのことでもないのだ。
「サラのことだから、もったいないって思ってるのかもしれないけど、僕は苦しんでるサラを見るのは嫌だよ。早く元気になってほしい」
意地をはっているだけなのに、そんなことを言われたら、わたしだって嫌とは言いづらい。
「薬、飲む?」
「……………………のむ」
そばにいるタクヤの優しい眼差しから、少しだけ目を背けてしまったことは許して欲しい。
「その前に、なにか食べようね」
タクヤの有無を言わせぬ笑顔に、わたしはゆっくりと頷くしかなかった。
* * * * *
タクヤに手伝ってもらって、起き上がったのはいいものの、わたしはとある戦いを強いられていた。
「はい、あーん」
「…じぶんでたべます」
「こんなときくらい甘えていいから」
目の前には、すりおろしたステアの実があった。タクヤがいた世界にも似た実があるらしく、よく熱がある時にすりおろして食べるものだと聞いた。今回はもう諦めて、仕方なく、渋々、口を開けることにする。
「………美味しい?」
タクヤの言葉に、わたしはコクリと頷いた。すりおろしたものを初めて食べたのだが、本当に美味しい。
「良かった」
すりおろしたステアの実を気に入ったわたしは、結局全部食べてしまった。
「薬、できたよ」
タクヤが、解熱剤をお湯に溶かして持ってきてくれた。見た目からして美味しくなさそうなそれを、両手で受け取って、カップに口をつけてそっと飲む。
「にが…」
口の中いっぱいに苦味が広がる。渡されたコップの中の薬は、まだ一口分しか減っていない。すると、目の前にタクヤの手が伸びてきて、わたしからコップを取り上げた。苦いし嫌だなと思っていたのが、顔に出ていたのかもしれない。せっかく出してくれたのだから、ちゃんと最後まで飲むことを伝えようと、タクヤを見ると、なぜか、わたしが飲むはずだった薬を、タクヤが飲んでいる。
「…………え?」
かと思いきや、顎をグイと掴まれ、タクヤの唇とわたしの唇が重なった。開いていた口から強引に流し込まれるそれを、わたしは必死に飲み込む。もちろん、全部飲み込めるわけなくて、わたしの口の端から垂れていく薬を、タクヤがペロリと舐め上げた。
「……苦いな」
顔をしかめたタクヤが、コップを持って離れていく。この一瞬の間に起こったことを、わたしの頭が処理しきれるはずもない。とりあえず、真っ赤になった顔を隠すために、布団を頭からかぶった。
―――ひどく甘かったなんて、言えるわけない。
* * * * *
布団をかぶったあと、気づいたら寝てしまっていたようだ。薬を飲んだはずなのに、さっきよりも頭が重たくてぼーっとする。寝たまま頭だけ動かすと、座って本を読んでいるタクヤが見えた。じっと見つめていると、タクヤがわたしの視線に気づいたらしく、こちらに歩み寄ってきた。
「起きた?ちょっと触るよ」
タクヤの手が首元に触れた。
「下がらないな…。タオル変えるね」
首元に触れたのは、おでこにタオルがのっていて、体温が分からなかったのだと、この時点で気づいた。どうやらわたしの頭は、いつも以上に働いていないようだ。しばらくすると、タクヤがタオルと袋を持ってわたしの元へと戻ってきた。
「袋に、外にあった氷を入れてみた。これをタオルに包んだら、氷枕みたいにして使えると思って」
まずは水分取らなきゃ、と言って、タクヤがわたしを抱き起こしてくれた。喉は渇いていたので、渡されたコップからグビグビと水を飲む。その後、首元に氷枕を敷いてくれた。
「おでこにものせとくよ」
てきぱきと動くタクヤとは対照的に、わたしはされるがままだった。
「なにかして欲しいことある?食べたい物とか」
タオル準備するよりも先に聞いておけば良かったな、とつぶやくタクヤに、わたしは1つだけお願いをした。
「……て」
「て?」
「て、にぎって?」
「うん、いいよ」
タクヤが、布団から出したわたしの右手を、優しく握ってくれる。
弱っている時に寂しくなるというのは本当らしい。今までは熱が出たって、1人で寝ているだけだったのに、誰かがそばにいるということだけで、こんなにも安心するなんて。
安心したら、なんだか眠たくなってきて、瞼がだんだんと重たくなってきた。いま寝てしまうなんてもったいないと、睡魔に抗ってみたが、どうにも勝てそうにない。
「おやすみ、サラ」
* * * * *
翌朝、昨日よりもすっきりした頭で目覚めた。目覚めたのはいいが、右手が握られている気がするし、いつもより狭く感じるし、不思議と右側があったかい。
こういう時に限って、嫌な予感は当たるものだ。まさかと思って隣を見ると、タクヤが気持ちよさそうに寝ていた。うっすらと開いた口元が目に入り、昨日のことを思い出して、赤面してしまう。
(あんなの、初めてだった―――)
ちょうどその時、タクヤの大きな瞳が開かれた。
「……おはよ」
「ふぁっ、おはよう、ございます」
「調子はどう?」
「昨日よりは元気です」
「それは良かった」
「………あの、どうして隣に?」
「昨日、サラの手を握ったのはいいんだけど、なかなか離してくれなくてね。無理やり引き剥がすのも、なんだか申し訳なくて、そのまま寝ちゃった」
「ご、ごめんなさい」
わたしは慌てて手を離した。いろいろと巻き込んでしまったらしい。手を握ってほしいなんて、自分でも子どもっぽいお願いをしてしまったと後悔する。
「僕は嬉しかったんだけどなぁ」
タクヤはそう言いながら、わたしが離した手をまた繋ぎなおす。そしてもう片方の手で、わたしの頭をそっと撫でた。
「一緒に寝たほうが暖かいね。明日からそうする?」
そんなの夢みたいだ。でもここであんまりがっついて返事をすると、タクヤに引かれてしまうかもしれないと心配で、すぐには頷くことができなかった。
「あ、氷溶けちゃったね。タオルとかも変えようか」
わたしの頭を撫でた後の手で、すでにぬるくなったタオルやらを持ち、タクヤがベッドから起き上がる。
「わたし、もう大丈夫…」
その言葉を聞いたタクヤの手が、わたしのおでこや首元にそっと触れた。
「昨日よりは下がったけど、まだ高い。今日は1日寝ておいたほうがいいよ」
そう言われたわたしは、大人しくベッドでもう1日過ごすこととなった。
* * * * *
わたしが日常生活に戻ることができたのは、その次の日のことだった。
「ご迷惑をおかけしましたっ!」
「まぁまぁ。良いもの見れたし、サラが元気になって良かったよ」
「……良いもの?」
「こっちの話」
首を傾げるわたしに向かって、ニヤリと笑ったタクヤの顔は、妙に満足げだった。
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