12-7(橋の街にて7(クスルクスル王国の王たち))
「ねえ、クロ。あの人、誰だったの?」
静けさの戻った食堂で、食事を取りながらカイトはクロに尋ねた。
「カザン将軍の息子ってことになるんだが、あいつのことを説明するには、クスルクスル王国の成り立ちから説明した方がいいな」
「どういうこと?」
「この国ができたのは70年ぐらい前でな。建国した王は、虚言王って呼ばれてる」
「ヘンな名前」
「ホントの名前じゃねぇよ。ホントの名前はオレも知らねぇ。死んでからつけられた諡号だが、本人が希望したんだそうだ。
嘘とハッタリだけの人生だった、だから、諡号は虚言王にしてくれってな。
臣下も変わった連中で、遺言の通り虚言王と諡号したそうだ。
実際、生まれも素性も判らない流れ者で、アースディア帰りと称していたが、それもホントかどうかは判らねぇ」
「アースディアって、なに?」
「西の大洋にある大陸さ。巨人の国や獣人の国なんかがあるって言われてるが、オレもよく知らねぇ。行ったことねぇからな」
カイトがいるのは旧大陸。旧大陸のずっと北に新大陸があることはすでにカイトも知っている。
だが、世界にはもうひとつ、別の大陸があるということだ。
「そうなんだ」
「とにかく、クスルクスル王国を作ったのはヤマ師、いや、船乗りだったことは確かだから、海賊って言うべきかな、とにかくだ、とんでもなく怪しい男だったってことだ。
で、虚言王の次の王が、息子の堅実王。
もちろん堅実王っていうのも諡号で、父親に比べればはるかに堅実に仕事をしたという理由で、これも本人が望んだ諡号らしい。
この二人がクスルクスル王国の基礎を作って、三代目に引き渡した。
三代目の諡号は、平凡王だ」
「それも本人が望んだ、シゴウ、なの?」
「そうだ。
個性的な先代、先々代に比べれば私は平凡な王だったって理由でな。
けど、平凡なんてとんでもねぇよ。クスルクスル王国を今の大国まで押し上げたのは平凡王だ。オレたちは平凡王じゃなくて、三代様って呼んでる。
亡くなられたのは10年前で、オレがクスルクスル王国に流れて来たのも三代様の代だ。
三代様の次の王は、薫風王と諡号されてる」
「クンプウって、どういう意味?」
「若い葉っぱの香りがするさわやかな風って意味だと」
「他の王とはズイブン違うね」
「本人が望んだ諡号じゃねぇからな。
薫風王は王になって5年目に突然倒れて亡くなられた。だから残った群臣が贈った諡号だ。
ホントかどうかは判らねぇが、王太后様が贈られたって噂もある」
「オウタイコウ様?」
「薫風王と現王の母親さ。つまり三代様の嫁さんだよ」
「それもシゴウなの?」
「諡号っていうのは死んだ後に贈られるモンだ。先代の王の奥さんや今の王の母親のことを王太后っていうのさ」
「……難しい」
クロが笑う。
「ま、王太后さまのことはちょっと忘れときな。
話を戻すと、三代様の代はずっと国が大きくなってた時期だから名の知られた臣下も多くてな。その中で一番有名なのがさっきの若造の父親、カザン将軍だよ」
「ショウグンって何?」
「軍のかなりエライ人って憶えていればいいさ。
カザン将軍はクスルクスル王国の王都である海都クスル近くに根を張る土豪の三男坊で、海都クスルで燻っていたのを三代様が見出して、幾つものいくさで手柄を立てて将軍まで上り詰めたっていう伝説的なお人だ。
三代様が亡くなられた後も薫風王に仕えていたが、今の王に代替わりした際に職を辞した。
老齢を理由にな。ホントのところは判らねぇが。
カザン将軍に代わって現王に仕えるようになったのが息子の方。
それがさっきの若い男、カザンジュニアだ」
「えーと、ショウグンとして……、ということ?」
「群臣の一人としてだな。実績も何もない若造をいきなり将軍になんかできねぇからな。けど、初めて出仕したその日に、カザンジュニアは首を切られっちまった。ああ、首を切られたっていうのは例えで、辞めさせられたってことだ。
群臣の居並ぶ中、現王に向かって、あなたはバカですかって言ったそうだからな」
虚言王。堅実王。平凡王。クンプウ王。そして、現在の王。
カイトがクロの話を頭の中で整理する。
カザンジュニアは父親に代わって現在の王に仕えたけど、シュッシ?した日に王に向かってバカと言って辞めさせられた。
でも、と疑問に思う。
「王って、国で唯一、人を殺すことのできる人、だったよね」
「そうだ」
「その人をバカって呼んだの?」
「大したもんだろ?」
「……大したものかどうか、わたしにはよく判らない。でも、どうしてあの人はそんなことを言ったの?」
「あいつに言わせれば、そうせざるを得なかったってことになりそうだな。
死んだ薫風王の跡を継いだのは、薫風王の弟だ。
父親も母親も薫風王と同じ。
ちゃんと三代様とペル様の血を引いてる。
だが、コイツがちょっと問題でな。コイツが王になってまず最初にやったことが、自分の諡号を考えることだったんだ。兄が急に死んだように、自分もいつ死ぬか判らないからってな。
で、コイツが考えた諡号が、英邁王」
「エイマイ?どんな意味?」
「他人が言うならともかく、本人が自分のことを英邁って言ったら、それは、自分はバカですって意味さ。
ジュニアは正しいことを言ったんだ」
「正しいことを言ったのなら、どうして首を切られたの?」
「お前には判らないだろうが、王に向かってバカなんて言ったら、言葉そのまんまの意味でホントに首を切られても不思議じゃねぇんだ。
むしろ王の威信を保つためにはホントに首を切るべきだろうな。
けど、いきり立つ王を群臣が止めた。
親父のカザン将軍の功績に免じて許すべきだってな。
何せ、息子が王をバカ呼ばわりしたって聞いたカザン将軍は『よく言った!』って褒めたらしいからな。引退はしたもののカザン将軍は軍にかなり影響力がある。国民の人気も高い。下手をすれば軍が王に反旗を翻すことだって十分あり得る。
それでジュニアは王都から追放されたって訳さ。
マララに居るって噂があったが、ホントだったんだな」
「……良く覚えてないの」
カイトが話を飛ばす。
「何を?」
「平原王の砦を落とした時のこと」
「ああ」
「砦でクロ、あんたに会った気がするけど、違うよね?」
クロは苦笑した。
カザンジュニアの話を聞いて、思い出したことがある。
何ヶ月か前に酒場で聞いたひとつの噂。
三千か、四千もの兵士が詰める平原王の砦を、まだ成人したばかりの森人の娘が、たった一人で全滅させたという信じるにはあまりにバカバカしい噂だ。
そんなことあるかよと大笑いしてそれっきり忘れていた。
だが、どうやら本当だったらしい。
「当たり前だろ」
もし会ってたらここにはいねぇよ。と、胸のうちで笑う。
「わたしが砦を落としたのはね、平原王の兵士に父さまや母さま、一族のみんなを殺されたからなの」
クロが酒の入った湯呑を口に運ぶ。
「父さまと母さまが殺された時、わたしは遠くにいたわ。遠くにいて、そんなことになっているなんて夢にも思わなかった。
わたしが父さまの上衣にくるまって眠っていた時に、母さまは父さまの首を抱えて死んでいたの」
「……」
「わたしの矢は、ファリファだったかな、そんな遠くまで届かない。
でも、届けばいいのにって思う。
もしわたしの矢がどんな遠くにでも届くのなら、父さまと母さまは死なずに済んだのに。わたしが助けてあげられたのに。
そう思うわ」
「良かったぜ」
「何が?」
クロの言葉に、カイトが訝し気に問い返す。
「ズイブン判ったようなことを言うからよ、お前はとっくにそんなこと、できるハズないって悟ってるのかと思ってたぜ。
だけど、いろいろぐちぐち考えてたんだな。
安心したぜ」
「……安心すること?」
「まだお前が、見た目通りのガキなんだって判ったからな。
お前の矢はどこまでも届く訳じゃねぇ。
お前の言う通りさ。
だから届くところまで行くんだろ。てくてく歩いてよ。そのために森を出たんだろ。フウって子がちゃんとやってるか確かめるためによ」
「……うん」
「塩ノ守やジュニアが何を考えてるかなんか関係ねぇ。オレたちはオレたちで、気楽にいこうぜ」
「ねえ、クロ。クロはどうしてわたしにつき合ってくれるの?」
「約束したろ。お前と出会ったときに。オレを追ってた連中の足を射抜いてくれたら人探しを手伝ってやるって。
オレは約束を果たしているだけさ」
「でも、トワ郡にはあんまり行きたくないって」
「よく覚えてるな、お前」
呆れたように言ってクロが笑う。
「オレは賞金稼ぎだけどよ、賞金稼ぎがロクな仕事じゃないって、お前ももう判ってるだろ?裏切られ、裏切るなんて当たり前でよ。だから約束は守りたいんだ。なるべくな。難しいけど。
それにお前は笑わなかったからな」
「何を?」
「オレの名前さ。オレの名前を聞いても、笑わなかったろ」
「うん」
どこに笑う要素があったっけと思いながらカイトは頷いた。
「だからさ。お前には理由にならないかも知れないけどよ、それが理由さ。お前はオレの名前を笑わなかった。
充分すぎるぐらい充分な理由なんだよ。
オレにとってはな」




