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12-5(橋の街にて5(カザンジュニア1))

「どうだ、爺さん。何か怪しいところはないか?」

 クロがそう尋ねた相手は、カイトに偽物の市民証と通行許可証を用意してくれるはずだった古着屋の老人である。

 老人の前には、王領府で貰った細長い紙片が置いてあった。

「ないな。ホンモノの見聞官の証しじゃ」

 身体を起こして老人が答える。

「久しぶりにホンモノを見たわ」

「良ければ教えてくれねぇか。見聞官ってそもそも何だ?」

 老人が眉を上げる。

「知らずに署名したのか?お前?」

 老人の前に置かれた2枚の紙片にはそれぞれカイトとクロが署名し、割印が押してある。

 安易に署名することが危険なことは、クロも充分知っている。

 王領府でクロは入念に紙片を調べた。臭いをかぎ、光に透かし、一文字一文字丹念に追って、魔術の気配がないか確認した。

「なぜオレらにこれを?」

 クロの問いに、

「昨日、お主ら、人攫いどもから娘たちを助けただろう?あの娘の中にワシの身内もいての。

 これはその礼よ」

 と王領司は答えた。

 クロにはとても信じられない話だった。

 人攫いから娘たちを助けたのが昨日の朝。賞金を受け取り、古着屋の老人を訪ねたのは同じ日の午後。ほんの数時間後のことだ。その間にカイトたちのことを調べ、古着屋の老人のところへ手を回したとでも言うのだろうか。賞金を受け取りに行ったのは顔役たちで、カイトとクロは表に出ていないというのに。

 それにもし、攫われた娘たちの中に本当に王領司の身内がいたのだとしたら、役人どもはもっと目を血走らせて事件に取り組んでいたはずだ。

「仮にこれが礼ではないとして、何かお主らに不利益はあるか?なかろう?だったらワシの思惑は気にする必要はなかろう?」

 王領司はそうも言った。

「ただ見てくればいいって塩ノ守に言われたよ。見聞官って名前の通り、見て、聞いてくればいいって。

 しかも報告に来る必要もないってな」

「怪しさ満点の話じゃ」

「まぁしかし、悪い話じゃねぇ」

「確かにのう」

 少し沈黙し、

「見聞官は塩ノ守の言った通り、見て聞いてくるだけの権限しかない役職じゃな」

 と老人は説明を始めた。

「マララ領を治めるのが役目とはいえ、マララを治めるのにマララのことだけを知っておればよい、という訳でもなかろう?だから王領司はマララ以外の世情を知るために、見聞官を任命することができる。

 同じような役職としては王が任命する巡察使があるが、見聞官が巡察使と違うのは、見て、聞くことしかできない、ということじゃな。

 もし何か不正を知ったとしても見聞官は何もできん。

 その代わり、と言うか、だからと言うか、見聞官を任命するにあたって特別な要件は何もない。王領司は誰でも見聞官に任命できる。

 例え、そうじゃ、嬢ちゃんのような狂泉様の森人でもな。

 ワシが--」

 老人が横を向き、何かを探す。

「おお、あったあった」

 と、老人は取り出した2枚の紙片を見聞官の証しと並べて机の上に置いた。

 偽物の通行許可証と市民証である。

「ワシが用意しておったこの通行許可証は、トワ郡に入るための物じゃ。トワ郡以外の郡に入ることはできん。

 だが、この見聞官の証しがあれば、王都である海都クスルにでも何の支障もなく入れるだろうよ」

「いいことだらけだな、オレらには」

「ところで、クロ。せっかく用意したんじゃ。この」

 老人が市民証をトントンと指で示す。

「市民証だけでも引き取ってはくれんか?」

「いらねぇよ。オレはもうホンモノを持ってるしな。見聞官の証しがありゃあ十分だ。

 爺さんはタダ働きになっちまって申し訳ねぇがな」

「そうか。仕方ないのう」

 老人が机の上に置いた通行許可証と市民証を片づけようとする。

 そこへ、

「お爺さん、違うわ、それ」

 とカイトが声をかけた。

 老人が手を止め、笑顔を浮かべる。好々爺とはこういうことか、と思わせる温かく親しみのこもった笑顔だった。

「何のことじゃ、嬢ちゃん」

 あまりの気色悪さにクロの身体がぶるりっと震えた。

 老人とクロのつき合いはクロがマララ領に来た数年前からのことだ。短くもなく長くもない。けれど、クロが老人の笑顔を見るのは、これが初めてだった。

 クロは老人の手元に鼻を寄せ、くんくんと臭いを嗅いだ。

「よく気づいたな、カイト」

「何をじゃ?」

「とぼけるんじゃねぇ。諦めな。爺さん」

 老人が鼻を鳴らす。

 浮かべていた笑顔が、跡形もなく皺に埋もれる。

「見破られるとは思わなんだ」

 そう言って老人は仕舞おうとしていた紙片を机に戻した。見聞官の証しである。机の上に残されていたのは、偽物の通行許可証の方だ。

「ま、いいものを見せて貰ったと諦めるとするか」

「わたしも。いいものを見せて貰ったわ。お爺さん」

「二人だけで納得してるんじゃねえよ」

 と文句を言って、クロは見聞官の証しを手に取り、じっくりと文面を読み、念のため臭いを確認してから、懐に仕舞った。



「本当に気づかなかったの?クロ」

 ねぐらであるイクの宿屋に戻りながらカイトは隣を歩くクロに尋ねた。老人のすり替えについてである。

「よく気づいたな、お前は」

「お爺さん、ずっとわたしたちの呼吸を読んでたわ。それで何かする気なんだって判ったの。でも、えーと、当たり前のように入れ替えてたから、何をしているのかは判らなかった。

 クロが気づいてないとは思わなかったわ」

「油断も隙もねぇな。あの爺さんは」

 ぶつぶつと愚痴りながら戻ったねぐらの食堂には先客がいた。

 若い男だ。

 座っていてもひょろりと背が高いのが判る。ただ、薄いが肉付きはいい。

 クロはひくひくと鼻を動かしながら、「おーい、イク。晩飯と酒を頼むわ!」と厨房に声をかけた。すぐに「はーい」とイクの元気のいい声が答える。

「よぉ、あんた。オレたちに何か用かい?」

 イクの運んできた酒を口に運びながら、クロは先客の若い男に話しかけた。

 訝し気に男が振り返る。

 大きな瞳だった。何一つ見逃すまいとするような、内側からあふれ出る好奇心に明るく輝いている。

 まるで子供の目みたい。と、カイトは思った。

「何のことです?」

「しらばっくれるんじゃねぇよ。あんた、さっき王領府にいただろう?王領司さんと話しているときに、扉の向こうによ」

「やあ。バレていましたか」

 若い男はあっさり認めた。悪びれる様子はまったくない。

「ボクはカザン。ちょっとそちらのお嬢さんにお聞きしたいことがありましてね。ポルテ殿には止められたのですが、どうしても知りたくて、こっそり抜け出してきたんですよ」

「塩ノ守のことだよ、カイト」

 ポルテ殿って誰?とカイトが問う前に、クロが答える。

「お嬢さん、あなた、平原王の砦を一人で落とした、あのカイトさんですよね?」

 ビクリッとカイトが動きを止める。

「ああ、やっぱり!良かった!

 ボク、いくさについて調べるのが趣味でしてね。それで居ても立ってもいられなくなってこうして出向いて来たって訳です。

 ちょっと教えてもらえませんか。3000もの兵士が守る砦を、あなた一人で、どうやって落としたのか!」

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