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12-3(橋の街にて3(王領司の依頼1))

 橋の街。

 カイトとクロが滞在するパロットの街はそう呼ばれる。レ河という名の大河が大きく蛇行しながら街中を流れており、街のあちらこちらに様々な橋が架けられていることが呼び名の由来だ。

 人口は約5万人。

 酔林国とほぼ同じである。

 しかし、人口密度はパロットの街の方が遥かに高く、最初、あまりの人の気配の濃さにカイトは吐きそうになった。二人がイクの宿をねぐらと定めたのも、イクの宿が郊外にあって人の気配が薄かったからだ。

 カイトとクロが招待された王領府は、イクの宿から遠く離れた街の中心部、レ河に浮かぶイズサ島にあった。


 カイトとクロはイズサ島の一番東に架けられた石造りのアーチ橋を渡って島に渡った。

 イズサ島にあるのは王領府だけではない。

 王領府と接して軍の施設もあり、カイトたちが渡った橋の先には、パロットの街の守護神である河神、龍翁の神殿が建てられていた。

「ひろーい」

 河神の神殿前の広場を見て、カイトが声を上げる。

 カイトが渡った橋から、島の反対側に架けられた橋までずっと広場が続いている。広場の右奥は森になっており、そこに河神の神殿が聳えていた。

 カイトが神殿を見るのは、ガヤの街で見た雷神の神殿以来、2回目だ。造りは雷神の神殿に似ていたが、大きさがまったく違う。河神の神殿は10mほどの高さがあり、正面部分だけで30mほどの幅があった。木々に隠されて、奥行きがどれぐらいあるかまったく判らない。

 人も多い。

 パロットの街だけではなく、周辺の街々から集った信徒たちだろう。

「人が多いね。それにズイブン大きな神殿だね」

「そうでもねぇさ。ここより大きい神殿なんて、けっこうあるぜ。トワ郡のゾマ市にあるスフィア様の神殿とかな」

「む」

「ん?どうかしたか?」

「わたしが広いとか、大きいとか、人が多いねって言うと、いつも誰かに否定されてる気がする」

 クロが笑う。

「そりゃ、すまなかったな。否定しといてアレだが、オレが知ってる中でいやあ、ここが大きい方なのは確かだな。

 けど、ここの一番の特徴は男の神官がいなくて、巫女様たちしかいねぇことだ。

 女の園だぜ?

 是非一度、入ってみてぇもんだ」

「クロ、龍翁さまの信徒でしょう?入れないの?」

「神様は苦手なんだよ。堅っ苦しくてよ」

 ひらひらと手を振りながらクロが答える。

 クロの生まれ故郷(多分だが)である洲国の守護神が、河神であることはカイトはクロから聞いた。

 洲国は幾本もの大河によって7つの郡州に分けられており、互いに争ってはいるものの、河神を守護神としていることは共通しているという。

「気がついた時には龍翁様の信徒だったからな。わざわざ他の神様に乗り換えるのもメンドウだったし、破門もされなかったから、まだ龍翁様の信徒ってだけさ、オレは」

 別の時にカイトはそうも聞いた。

 本当かも知れないし、嘘かも知れない。それを確かめる気はカイトにはない。

「じゃ、行こうぜ」

「ねぇ、クロ」

「なんだ?」

「どうして王領司のことを塩ノ守っていうの?」

「前に話したよな。マララが王領になった理由の一つが旨い酒が造れるからって」

「うん」

「酒が旨いっていうのは、確かにマララが王領になった理由の一つだけどよ、マララが王領になった一番の理由は塩が採れるからなんだ」

「塩?」

「上質の塩が安価でな。だからオレたちは王領司を塩ノ守って呼んでいるって訳さ」

「そうなんだ」

「塩ノ守がどうかしたのか?」

「塩ノ守って悪い人なの?」

「ああ?」

「イクに聞いても、ううん、誰に聞いても、塩ノ守の悪口しか言わないわ」

「ああ」

 クロが口元を皮肉っぽく歪める。

「上の者の悪口はを言うのは、人の性みたいなもんさ。

 いちいち気にしてたらやってられねぇぜ。

 それにな、役所のトップっていうのは悪いヤツの方がいいのさ。いいヤツが役所のトップになっちまったらロクなことにならねぇ」

「そうなの?」

「考えてみろよ。みんながみんな、塩ノ守の悪口を言ってるんだよな。けど、それで誰かが罰せられたりしたか?」

「ううん」

「自分の悪口を言う連中を取り締まってねぇ。それだけでも、たいしたものさ」



「いいのかい、ホントに」

 クロが懐から封書を取り出し、軽く振る。

「後でひどい目にあってもオレは知らねぇぜ」

 王領府に通じる門の前だ。

 若い衛兵の眉が疑念にしかめられる。封書の印はすでに破られていたが、押された印章に、彼は見覚えがあった。

「それを、もっとよく見せていただいてよろしいですか?」

 口調を改め、若い衛兵はクロに尋ねた。

「ああ。いいぜ」

 クロが封書を差し出す。

 破られた封印に視線を落とし、若い衛兵は注意深く手紙を取り出した。2度、3度と文面を目で追い、隣に立った年嵩の衛兵に顔を向ける。

「王領司様に確認してまいります。少しお待ちいただけますか」

 封書を返しながら訊いてきた若い衛兵に「ああ、いいぜ」と答えて、クロは封書を受け取りながら言葉を続けた。

「あまり手間は取らせたくねぇから予め言っておくよ。

 オレたちは招待されて来たんだから、武器は持ったまま入らせてもらうぜ。特にコイツは見ての通り」

 クロがカイトに向かって顎をしゃくる。

「狂泉様の森人だ。コイツから弓を取り上げるのは死ねって言うのと同じだ。だからもし武器を持ったままじゃあ入れられねぇって言うのなら、オレたちは帰る。

 それでもいいかって王領司様に確認してきてくれ」

「承知いたしました」

 若い衛兵が門の中へ消える。彼と入れ替わるように、二人の衛兵が姿を現した。門の向こうでも衛兵が集まっているのが判る。

 クロは大きな欠伸をした。緊張感を紛らわすためだ。

 カイトの気配は薄い。

 うっかりするとそこにいる彼女を見失ってしまいそうなほどに。

『なるほどな』

 とクロは思った。

『コイツは正真正銘、狂泉様の森の猟師って訳だ』

 おそらくカイトは、意識することなく存在を薄くしている。衛兵たちが漂わせる敵意と警戒感に反応して、獲物に悟られないように、茂みに潜むように、だ。

「戻って来たな」

 ぴくぴくと耳を動かしながらクロが呟く。

「お通り下さい。武器はそのままで」

 若い衛兵はそう言って、大きく門を開いた。



「こちらでお待ちください。王領司様はすぐに参られます」

 建物に入ってすぐ衛兵から事務官に引き渡された。

 事務官に案内された部屋は驚くほど広く、一室だけでカイトの家と同じぐらいの広さがあった。

 天井も高く、床まで届く窓は巨人でも出入りするのかと思えるほど大きい。

 窓は大きく開け放たれ、狭いが良く手入れされた庭から涼しい風が吹き込んでいた。

「おいおい。こりゃあ」

 遠慮することなく、さっそくクロがソファーに座る。

「すげぇな。身体が全部沈んじまうぜ。カイト、お前も座ってみろよ」

「わたしはいい」

 とカイトは首を振った。

「ここ、何だか落ち着かない。だから立ってた方がいい」

「こんな椅子、そうそう座る機会はないぜ。ちょっとぐらい……、

 ん?」

 どすどすと重い足音が近づいてきたかと思うと、カイトたちが入って来たのとは別の扉が開き、ひとりの男が入って来た。

 カイトは王領司に会ったことはもちろん、見たこともない。けれどすぐに、入って来たのが王領司だと判った。

 クロが彼のことをでぶ公と言ったのもよく判る。王領司はカイトがこれまで会ったことのある誰よりも、太っていたのである。

 身長はそれほどでもないが、体の幅と厚みが身長と同じぐらいある。首は顎の肉がたるんで身体とほとんど一体化している。小山のような肩から伸びた両腕は、小指の先の先まで太い。

『ホントに人なのかな?』

 嫌味ではなく、カイトはそう疑った。カイトは森の外のことはほとんど知らない。もしかすると、わたしの知らないヒトとは別の種族じゃないのか--。

「待たせたな」

 王領司がソファーに腰を落とすと、比喩ではなく部屋が揺れた。

「なに。たいして待っちゃいませんよ。まさか王領司様ご自身がいらっしゃるとは思いませんでしたけどね。

 いったいオレらに何の用です?」

 深くソファーに身体を沈めたままクロが訊く。胸のうちの驚きは欠片ほども表情にも口調にも出さない。

 彼とカイトは武器を持ったままだ。

 もし二人で襲えば--良心の呵責を感じない分--赤子を殺すよりも遥かに易々と王領司を殺せるだろう。

『なかなかどうして、大した度胸だぜ……』

 再び扉が開いて、事務官が湯呑を運んできた。事務官は立ったままのカイトを気にすることなく、クロの前のテーブルにカイトとクロ、二人分の湯呑を置いた。

「ちょっとうちわも持ってきてくれ」

 自分の分の湯呑を置いた事務官に、王領司が命じる。「かしこまりました」と一度下がった事務官が持ってきたうちわを、王領司はパタパタと扇いだ。

「獣人に会う度に思うのだがな。暑くないか、その毛皮」

 クロが軽く肩を竦める。

「王領司様ほどじゃありませんぜ。王領司様こそ脱がれたらどうです?一枚か2枚。歩くのも大変そうじゃないですか」

 楽しそうに、ほうほうと王領司が笑う。

「気をつけてはいるのだがな。なかなか脱げぬわ。ところで街の方はどうだ。変わりはないか」

「おかげさまで。商売繁盛ってとこです」

 王領司が顎の肉を揺らして頷く。

「何にしてもいいものだな。感謝されるというのは」

 おいおい、とクロは思った。

 わざわざ呼んだのだ。クロの商売は王領司も知っているハズだ。そのクロの商売が繁盛するということは、つまりそれだけ犯罪者が多いということだ。治安が悪いということでもある。

 マララ領の治安維持に責任を持つのは王領司だ。

 クロに皮肉を言われたと気づいているだろうに、王領司は顔色一つ変えなかった。

『コイツは悪いヤツじゃねぇな』

 クロは胸のうちで呟いた。

『悪いヤツじゃなくて、大悪党だ。コイツは』

「王領司様。そんなことを訊くためにオレらを呼んだ訳じゃないでしょう?早く本題に入ってもらった方が、お互いムダがなくていいんじゃないかと思いますがね」

「ああ、すまぬな。今日わざわざ来てもらったのは礼をしたくてな」

「礼、ですか」

「だがその前に、少し確認したいことがあっての。お主らは、ティア、という娘を知っておるか?」

 クロの背後に立ったカイトは黙ったままだ。カイトの沈黙を、クロは、彼女がティアという名に聞き覚えがないのだと理解した。

「知らないですねぇ。誰です?」

「では、ファリファという国が大平原にあるのは知っておるか?」

 こちらにもカイトは何の反応もしなかった。

「まったく」

 とクロが両手を上げる。王領司の意図が判らない。

「そうか」

 王領司は頷き、言葉を続けた。

「数ヶ月前に平原王と狂泉様の森人の間で争いがあっての。ファリファ王国の王族が一人、森人に連れ去られた。

 連れ去られたのはグラム殿下という方で、おそらく死んだと考えられておる」

 クロの背後でカイトが身じろぎした気配があった。

「グラム殿下」

 カイトが呟く。

 クロは正面を向いたまま周囲に人の気配がないか探った。

 王領司の入って来た扉の向こうに一人。他に人の気配はない。

 危険な感じも、ない。

 余計なことを話さないよう、カイトに声をかけるべきか少し迷う。

「ファリファ王国でグラム殿下の葬儀が行われたのは先月のことでの。それまでグラム殿下の生死が確認できなかったようだ。

 先月になってようやく生死が確認されて……」

「あなたの言っている人かどうかは判らない」

 カイトが王領司の言葉を遮る。

 クロが止める間もない。

「でも、平原王とのいくさの時に、殿下と呼ばれる人を森に連れて帰って、わたしが殺したわ」

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