12-2(橋の街にて2(王領司からの招待状2))
「攫われてた子がどうして泣いてばかりいたかって?」
「うん」
カイトが頷く。
夕食の載った皿をカイトの前に並べ終えた少女が、テーブルを挟んで座る。カイトとクロがねぐらにしている宿の跡取り娘、イクだ。
同い年ということもあってカイトはイクとすぐに仲良くなった。
彼女らがいるのは宿の1階の食堂である。こじんまりとした宿で、夕食時ではあるものの、彼女らの他に人はいなかった。
「そんなことも判らないの?カイト」
イクはカイトに対して遠慮がない。
「イクは判るの?」
「当たり前でしょ。攫われてた子たちはみんな、いいとこの嬢だったんでしょ?」
「クロはそう言ってた」
「だからよ」
「何が?」
「彼女たちは適応してるだけよ。環境にね」
「……ごめん。よく判らない」
「カイト、あんたは何で弓が使えるのよ」
カイトが夕食の手を止める。
「何で--」
予想外の問いに、カイトは混乱した。
「狂泉様の森で生まれたからでしょ。そうでなかったらそんなに上手く弓を使えた?」
「考えたことない」
食べるように、眠るように、カイトは弓を使ってきた。弓を使うことに、何故、という問いを感じたことは彼女にはない。
「だったら考えてみることね。
あんたは狂泉様の森で生まれたから弓が使えるんでしょ。そうじゃないと森では生きていけないから。
攫われてた子たちもそうよ。
あの子たちは狩りをしなくても生きていける。
でも、ダンスとか、絵を描くとか、刺繍とか、あの子たちはあの子たちでやらなければいけないことがあるのよ。
しくしく泣いたりとかね」
「……泣くって、必要?」
「必要よ!」
大きく手を広げてイクが叫ぶ。
「しくしく泣いて、男を落とさないといけないんだから!」
泣いて男を落とす。カイトには想像もできない世界だ。
反論をしたかったが、彼女には反論できるほどの経験がなかったので、とりあえず友だちを引き合いに出してみた。
「……ハルはそんなことしてなかった」
「森人基準で話さないの!」
イクがぴしゃりと言う。
「ここはパロット。
狂泉様の森じゃないんだから」
「でも--」
イクが顎を上げて目を細める。
「あんただって森の外だと、クロさんがいなかったら何にもできないくせに」
「う」
「右も左も判らないんでしょ」
「う」
「それなのに街の子のことをとやかく言うなんて、おこがましいにもほどがあるってもんよ、カイト」
語尾を上げてイクが言う。完全に上から目線である。
「ううう」
「あんたはね、ひとりでは生活していけないという意味では、街では無能なの。
しくしく泣いてばかりいたっていうあの子たちよりもね。
まずはそのことを自覚した方がいいわ。
ま。あんたの弓の腕が誰よりも上なのは確かだし、鳥を獲って来てくれるのはとってもありがたいけどね。
あ」
イクが立ち上がる。
食堂に人が--クロが入ってきたのである。
「お帰りなさい、クロさん」
「おお」
「晩ごはんは?もう食べた?」
「頼むわ、イク。それと、酒もな」
「はーい」
元気な声を残してイクが厨房へと消える。
イクと入れ替わるようにクロがカイトの前に座り、「うん?」と、ひくひくと鼻を動かした。
「何か、落ち込んでるのか、カイト」
「……またイクに言い負かされた」
クロが鼻で笑う。
「懲りねえな、お前も。そのチャレンジ精神だけは褒めてやるよ」
カイトがイクに言い負かされるのはいつものことだ。イクが運んできた酒を呑み、「ウメェー」とクロは声を漏らした。
「結局、なんにも収穫はなしだ」
食事を取りながらクロが話し始める。
「ツテを頼って王領府の役人にもあたってみたんだが、特に変わった動きはねぇな」
「そう」
「せっかく招待されたんだ。行ってみるか」
老人に渡された封書のことだ。クロに、ということだったが、封書に収められた手紙にはカイトの名前も記してあり、いつでも良いので二人で王領府にお越し願いたいと書かれていたのである。
「オウリョウフに?」
「ああ。行ってみなけりゃ何も始まらないからな」
「でも、そもそもオウリョウフってなに?」
「お前、政府って判るか?」
「ううん。判らない」
「簡単に言っちまうと王領司が住んでるとこってことになるんだがな」
「オウリョウシって?」
「当然、そうなるよな」
「マララ王領で一番エライ人よ、カイト。なんでも決められる人」
厨房から出て来たイクが口を挟む。
「王、とは違うの?」
「王は判るのか、カイト」
「国の中で唯一、人を殺すことが出来る人だって、前に教えてもらった」
「いろんなことをメチャクチャすっ飛ばした言い方だな」
「違うの?」
「いや、ま、いいだろう。
じゃあ、王はそういうもんだとして、王領司は王の代理人だ。ここは王領だからな。王の直轄地なんだ」
「えーと」
「つまり王領司っていうのは、絶対に逆らっちゃダメな人ってことよ。ここ、マララ王領ではね」
お茶の入った湯呑をカイトの前に置き、カイトが食べ終わった食器を手に厨房へと戻りながらイクが言う。
「よく判ってるねぇ、イクは」
「絶対に逆らっちゃダメな人……」
カイトが呟く。
「……自信がない」
クロが鼻で笑う。
「塩ノ守ってのは俗称だって言ったの、憶えてるか?うっかり王領府でヤツのことを塩ノ守とかでぶ公って言うんじゃないぜ」
「でぶ公って?」
「会えば判るさ。当人に会えるかどうかは判らねぇがな」
「クロは?」
「うん?」
「わたしよりクロの方が言ってしまいそうだもの。塩ノ守って」
「心配ねぇよ」
「ホント?」
「口を滑らせたりしねぇさ、オレは」
「判った」
言われてみれば、確かに口を滑らしそうにない。クロは。悪く言えば狡猾。よく言えば慎重。もしクロが王領府で塩ノ守とかでぶ公とか言い出したら、それは誰かをわざと怒らせようとしている時だろう。
「頼りにしてるぜ、カイト」
クロが酒を喉に流し込む。「ウメェー」としみじみと言って、ヒヒヒと笑いを零す。
「うん」
と湯呑を傾けながらカイトは頷いた。




