01 開かれた心は
中学の頃の苦い失敗をきっかけに、「恋なんて二度とするものか」と心に鍵をかけていた。
自分にとって恋は、視界を奪われ、まともに会話すらできなくなる愚かな発作でしかない。
あんな惨めな思いをするくらいなら、誰にも心を開かず、静かに高校生活を過ごす方がずっと楽だったはずだった。
それなのに、秋の半ばにやってきた転校生——水瀬の存在が、その決意をあっさりと揺るがす。
水瀬は、俺とは正反対の人間だった。
誰に対しても物おじせず、誰かと目が合えば柔らかく微笑み、どんな相手ともまっすぐに言葉を交わす。
誰かに惹かれている時でさえ、彼女の瞳は濁らず、言葉が詰まることもない。
胸が高鳴ろうと、世界が白く弾け飛ぶこともなく、ただ自然体で誰かの隣に立っている。
「一ノ瀬くん、この本、借りてもいい?」
放課後の図書室。同じ文庫本に伸ばした手が重なった瞬間、俺の胸の奥で息を潜めていた何かが、激しく跳ね跳びた。
(しまった——)
視界の端から色彩が引き、世界が眩い白へと溶けていく。
またあの感覚だ。鼓膜を打つ鼓動がうるさく響き、彼女の顔すら見えなくなっていく。
「……一ノ瀬くん? どうしたの?」
白の世界の向こうから届く、落ち着いた声。
俺がこれほど惨めにテンパり、視界を失っているというのに、彼女の声には微かな揺らぎすらない。
なぜ彼女は、誰かを前にしてもそんなにハッキリと笑い、話すことができるのか。
「ううん、なんでもない。……少し、眩暈がしただけ」
見えない視界のまま声の方向へ視線を向け、誤魔化すように伸ばした指先が、彼女の袖口に触れた。
布越しに伝わる微かな体温。それだけで、俺の心拍数はさらに跳ね上がる。
「本当に? 顔色が悪いよ。保健室、一緒に行こうか?」
「……大丈夫。気にしないで」
逃げるように図書室を後にし、静かな階段の踊り場で荒い息を吐く。
徐々に呼吸が整い、視界に夕闇の赤が戻ってくるにつれて、激しい情けなさと激しい憧れが胸を突いた。
恋をやめようと決めていたのに。
ハッキリと自分を見つめ返し、言葉を紡げる彼女の強さに、俺はまたしても目を奪われてしまっている。
胸の奥で固く結んでいたはずの芽は、解けるどころか、もう二度と摘み取れないほど強く根を伸ばしていた。




