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病とともに生きる  作者: Takatan
くも膜下出血編
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療養生活を終えて

 その後療養生活を終えて、職場復帰の時を迎えました。

 当時私は、このまま復帰できると信じて疑いませんでした。育休明け、あんなに大変でも復帰できたんだから、子どもたちも大きくなり義父母もまだ元気で、長年勤めてきた職場に戻るんだから、あんなに夢にまで見た職に戻るのだから、、、と。

 休んでいた間に新学習指導要領に変わっていたことにも対応できるよう、勉強もしました。子どもたちの生きる力をいかに育てるかについても、この時間のある時に、と様々な書籍にあたって新しい知識も吸収しました。それこそ、準備万端のつもりでいました。

 しかし私は、一番大事な準備を忘れていたのです。

 それは、人の中で気持ちを張りつつ働くこと、への準備です。

 改めて思い返すと、産育休中は、休職していても育児で気を張り続けていました。その日々が復職をスムーズにしていたのだと思います。

 しかし、くも膜下出血後の家での療養生活は、人の中にいることはあっても気を張った生活ではなく、それどころか、病気をしたこともあって嫁いだ家が実家よりも気の置けない場所となっていました。生活全般が自分のペースで進められ、イレギュラーなことへの対応もほとんど必要ありません。穏やかな気持ちで日々を送っていける、そんな療養に専念できる環境を家族が用意してくれていたのです。

 そんな準備不足のまま復職したため、心身ともにもたず、それは1型糖尿病の血糖コントロールの悪化へとつながってしまいました。その時の私は、なぜこんなにも心身ともにつらいのかわかりませんでした。けれど、以前勤めていた時には経験したことのないような不調に「これでは続けられない。辞めるしかない。」と考えました。

 その思いを抱いたのには、くも膜下出血の発症が大きく影響しています。

 私はそれまで、教師の仕事とは子どもたちに何ができるか、だと思っていました。困っている子どもたちに何ができるか、一緒に何ができるか、等々。

 しかし、あの日突然学校に行けなくなってしまったことで、子どもたちにも保護者の方々にも職場にも、大変なご迷惑をかけてしまいました。そこで私は「毎日、変わらず子どもたちの前に立ち続けることこそ、一番大切な教師の仕事」と考えるようになっていました。

 そんな思いを抱いて復職したというのに、一番大切な仕事すらできない私は、もう辞めるしかないんだ、とそう考えました。

 そうして私は、退職を決心したのです。

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