39)のんびりできない一日
今日の日記
ベル家到着の翌日、今日は丸々使ってマリアの両親や兄姉に、ずっと学園の話をして過ごした。
ゴーウェルさんは「おとなしかったマリアが随分と明るく積極的になった」と驚いて目を白黒させていたのは少し面白かった。
僕から見てもマリアの成長は目を見張るものがある。最初の頃はあんなに大人しくて、ほとんど喋ることもなかったのになぁ。
まあ、それはともかく、明日はみんなでピクニックに出かける。ストーラの街の近くには大きな湖があり、ベル家の別荘もあって水遊びもできる。
実に夏休暇らしいのんびりとした一日の予定だ。楽しみだなぁ。
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湖の周辺は綺麗に整備されて、多くの夏休暇客で賑わっていた。
土産屋や食事処の立ち並ぶ街並みを眺めながら、僕らの乗った馬車は進む。
賑やかしい場所を抜けると門番のいる入り口があり、そこを顔パスで抜けた先は貴族達の別荘地だった。
「はぁ、凄いなぁ」僕はしみじみ呟く。目の前にはいくつもの貴族の別荘。
それらは十分な余裕を持って等間隔で並んでいる。デザインはともかく様式は同じ。
いずれの別荘も全て山の斜面に建てられ、湖畔に母屋、そこから斜面へと伸びている。段々に登った先にもう一つ別室がある。ここは主に寝室に使用されているらしい。
つまり、朝、目覚める時は見晴らしの良い湖を見ながら起床するという訳なのだ。
その為だけにわざわざ斜面に寝室を造るとは、全く呆れるばかりであるが、マリア曰く「最近は別荘の維持ができずに入れ替わるおうちも多くて、、、」と言っていたので、僕が思っているほどお気楽な話ではないのかもしれない。
僕らはベル家の別荘で着替えを済ますと、そのままの勢いで母屋の目の前にある湖へと飛び込んだ!
バシャン!! 大きな水音が4つ続き、マリアとノリスのみがゆっくりと水辺に歩いて来た。
天気も良く強い日差しが降る注ぐ中の水中は思いの外気持ちよく、ひとしきりじゃれ合った後、僕は浅瀬で浮きながら空を眺める。
いやー夏。いいよね。
ふと周囲を見渡すと、ハインツ達はまだ水を掛け合って遊んでいる。その向こうではセバスさん達が昼食の用意を進めてくれていた。お昼は串に刺した肉と野菜を豪快に焼いたあれだ。
視線を移すとマリアとノリスはボート遊びに興じていた。湖には多くのボートが出て思い思いに楽しんでいる。僕もあとでボートに乗ろう。楽しみだな。
と、そんなことを考えていた僕の顔に水が降りかかってくる
「わぷっ」と慌てて起き上がるとソニアが「何ぼんやりしているの?」と笑いかけていた。
僕もまけじと水を掛け返そうと立ち上がったその時である。
湖の中央の方で「あぶない!」「きゃあ!!」と悲鳴が聞こえ、同時にガツンと何かがぶつかる音がする。
音のする方へ振り向けば、マリアとノリスが乗っているボートが他の観光客とぶつかり、2人が湖に投げ出されるところだった!
「ノリス!!」「マリアちゃん!!」僕らは慌ててそちらへ向かおうとするが、泳ぐにしても僕ら程度ではタカが知れている。
「セバスさん!」ハインツがセバスさんに声をかければ、セバスさん達はすでに大急ぎでボートを漕ぎだすところだった。
僕らは祈るような思いでノリス達を見つめるも、そこにセバスさんたちよりも早くたどり着き、2人を自分のボートへ引き上げる少年の姿。
さらに同じく投げ出されていたもう一方のボートに乗っていた2人も回収すると、こちらへ向かって慎重にボートの舳先を向けた。
「お嬢様!」洋服が濡れることも厭わずにセバスさんが浅瀬まで来たボートへ駆け寄る。
「ご無事でしたか! お怪我などされていませんか!?」
「大丈夫。こちらの人がすぐに助けてくれたから、、、」
浅瀬に完全にボートを止めると、育ちの良さそうな顔つきの、僕らと同じくらいの歳の頃の少年が「みんな無事でよかったです」と爽やかな笑顔で言いながらボートから降り立った。
僕はそちらに近づき
「どうもありがとう! 僕の妹と友達なんです!」と深く頭を下げる。
「いや、たまたま近くにいたから、、、、」と、恐縮する少年は続ける。
「僕はウィラード。君は?」
「ルクス。フルト=ルクス。よろしく。本当にありがとう」
「ルクスだね、よろしく。妹さんと友人が無事でよかった」と握手を交わす。
「ウィラード様のお家には改めてお礼をさせていただきますが、まずはささやかながら、ご昼食にお招きさせていただいても?」
横でやり取りを見ていたセバスさんがバーベキューにウィラードを誘う。
「家へのお礼は不要です。私1人で叔父の家に遊びに来ており、両親は不在なので。叔父も明後日まで留守にしているんです。ただ、せっかくなので昼食のお誘いにはありがたく」
ソツのない対応のウィラードはどこか貴族の雰囲気を漂わせている。おそらく貴族で間違いないだろう。
そんなわけで僕らはウィラードと一緒に昼食を取ることになったのだった。
「へえ、ベル家といえばこの町の領主の貴族様ですよね」
ウィラードが肉をかじりながら少々驚いた顔をする。
「ウィラードさんの叔父様は貴族で?」セバスの質問にウィラードはちょっと困った顔をして
「その辺は内緒にさせてください。実はですね、叔父が帰ってくるまで1人でボートに乗るのは禁止されていたんですよ。この件が叔父の耳に入ると怒られるだけならともかく、1人で別荘にいさせてもらえなくなるかもしれない。なので、すみませんが」
「いえ、こちらは助けて頂いた身。そのようなご事情であれば深くは詮索いたしません」
「それよりもこちらはどんな集まりですが? やはりみなさん貴族のご子息で?」
「違いますよ、マリアちゃんのクラスメートです! でござる」
歳が近いこともあって、ウィラードと僕たちはすぐに仲良くなることができた。バーベキューを楽しみながら、馬鹿話をして笑い合う。
騒がしいその中で、少し大人しいのはマリアだ。もともと大人しい娘だから、もしかすると人見知りをしているのかもしれない。
食事を終え、パンパンになったお腹をさすりながら砂浜に寝転がっていると、はしゃいだ疲れもあってそのまま寝てしまいそうになる。
うとうとする僕の視界の端っこの方で、ウィラードとマリアが何か言葉を交わしているのが見えたが、僕のまぶたはそのまま静かに閉じてゆくのだった。
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「ルクス、そろそろ起きなよ」
ハインツに起こされた僕は、まだぼんやりとした頭で周囲を見渡す。
「どのくらい寝てた?」
「俺もうとうとしてたからよく分からないけど、結構時間経ってるみたいだよ」
確かに太陽の位置が随分と動いている。
「他のみんなは?」
「さっきみんな起きて、着替えに一旦お屋敷に戻ったよ。ウィラードは僕らが寝ているうちに帰ったみたい。俺たちも一度戻ろう」
ハインツに促されて別荘へと戻る。砂を落とし、シャワーも浴びるとようやく頭がスッキリしてくる。着替えもしてリビングにゆくと、みんな、お茶をしながらのんびりした時間が流れている。
「今日は楽しかったね」と言いながら僕もソファに座ると、お手伝いさんがお茶を持って来てくれた。
それからしばらくまったりとした時間を楽しんでいると、開けっ放しのリビングのドアから、玄関を乱暴に開けて飛び込んでくるお手伝いさんの姿が。
それをセバスさんが咎めようとするも「大変です! 近くのお屋敷で野盗が人質をとって立てこもっています!」と報告する。
、、、野盗? まさか、峠で取り逃がした奴ら?
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セバスさんの「お嬢様たちはここで大人しくしていてください」という要望も虚しく、僕らは野盗が立てこもっているという別荘へと向かう。
野盗が立てこもっているのは、メインの館から斜面に伸びた先にある離れの別邸。多くの貴族が寝室に利用している小ぶりな部屋だ。
その窓を開けて野盗が何か叫んでいる。
それを湖の方から遠巻きに見つめる多くの人々。
「野盗はなんて?」
見物していた1人にハインツが声をかけると
「なんでも捕まった仲間の解放と、逃げるための資金と馬を要求しているみたいだ」
「人質は?」
「こちらのお家の娘さんと、お手伝いさんの女性が1人のようだよ」
お礼を言ったハインツが僕らの方を見て、黙って頷く。
やっぱり、先日の峠の残党か。であれば他人事じゃない。あの時逃してしまった僕らのミスだ。
野次馬から離れて僕らは輪になる。
「あの時の野盗の残りっぽい」
僕が言うとハインツも同意する。
「私たちは見ていないけれど、逃げたのは何人いたの?」
「少なくとも4人」僕が答える。
「放っては置けないでござる」
「助けてあげないと」ハナとソニアが口々に救出を主張。
「どうやって?」と言うノリスの質問に、
「分からないけれど、、、放っては置けない」とマリアが野盗の篭る離れを睨みつけた。
「あんまりのんびりとはしていられない。いっそ、斜面を迂回して突撃しようか?」とハインツが言った時、後ろから声がした。
「行き当たりばったりの作戦は感心しないな」
リタさんの到着である。




