23話 誘拐
「今日の納品は籠で二杯分ですね。確かに受け取りました」
「はい、お願いします」
俺の目の前にはサツマイモが入った背負い籠を背負った男がいる。彼の名はグロウ。コンラッドに依頼され毎日、サツマイモを朝と昼の二回、八百屋に運ぶ役目を負っているのだ。
「いやぁ、それにしてもサツマイモの評判は素晴らしいですなぁ。最近では店先で私が来るのを待っているお客様もいる程ですよ」
俺が差し出した納品書を確認しながらグロウが言う。
「ありがたいことです。皆さんに喜んでもらえて、俺としても嬉しい限りですよ」
「芋でありながらあの甘さ、そして「干しいも」にすると更に甘くなる。ミナトさんにはできればサツマイモ畑の作付面積を広げて頂ければと思うのですが……」
「そうですね。ただ俺の方も人がいる訳ではないので、これ以上は管理が行き届かなくて……」
「それならばコンラッドさんに相談してはいかがですか?」
「ははは、そうですね……」
コンラッドからサツマイモをノースマハの街に納入してみては、と言われて早、一ヶ月。あの時、追加で植えた苗が成長し収穫できるようになった。やはり日本にいた時と比べて、育成速度がめちゃくちゃ早い。苗を植えた人達の畑でもかなり成長しているみたいだけど、やはり双子山のが一番早い。
母体のサツマイモ自体が魔力が高い前世からの持ち込み品であるのに加えて、ヌシ様が言っていたこの辺りが特別な土壌である事も作用しているのかもしれない。
コンラッドに芋の販売を委託して以来、街でのサツマイモの評判は徐々に上がっていった。
彼はまず、まだサツマイモを知らない街の人に達に向け、八百屋の軒先で実演販売のデモンストレーションを行った。一口食べれば美味しさは保証されているので効果はばつぐんだったそうだ。ここに来る人達が口コミで広めてくれていたのも大きかった。
おかげで今では引き合いがあちこちから来る。窓口はコンラッドにお願いしているが、グロウに言われる前から、もっと生産量を増やせないかと事あるごとに頼まれていた。
実は現状の生産量では儲けはそれほどない。そもそもサツマイモで大儲けしよう!なんて考えてないしな。
値段が高くなり手が届かないものになってしまったらサツマイモが広まらない。それでは困る。だから値段はコンラッドと相談の上、なるべく誰でも躊躇なく買えるような価格にしてもらっていた。
そのため利益幅は小さく、さらに俺達ができる範囲でしか作れないので、生産量もそう多くはなかった。
しかし、需要があるのに供給量が少なければ、必然的に取り合いになり値段がつり上がってしまう。前世のように安く手に入れ高値で転売しようとする転売屋みたいな輩がでないとも限らない。
コンラッドからは「人手がないならこちらから送ってもいい」と言われているが、そうなれば俺が経営者として給金や労働環境をしっかりと整えないといけなくなる。
リンやライ、ラナは寝食を共にしている身内のような感じなのであまり気兼ねすることはないが、他人を雇うとなればそうもいかない。
俺としてもその事で気苦労がたえなくなるだろう。それに畑だけに注力するわけにもいかない。なかなか踏ん切りがつかないところだった。
グロウを見送り、畑を見回り、やって来た治療を望む人達に回復魔法をかける。今日もいつもと何ら変わらない一日が過ぎていく。
……はずだった。この日の昼過ぎ事態は急転する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
診療所で治療中、ライとラナがやってきた。二人の話では「いつもの人が足を挫いて怪我をしてしまった為、代理の人がサツマイモを受け取りに来た。手伝いが必要みたいだから一緒に店まで運んでくる」との事だった。
二人はこれまでも何度か手伝いで、店までサツマイモを運んでいる。その後、グロウはここまで二人を送ってきてくれていた為、今回もそうしてくれるだろうと気に留める事もなく二人に任せた。
思えばこの時が事件の始まりだった。もっとしっかりと確認すべきだったんだ。リンが近くに居なかった事も不運だった。
「あれ?グロウさん。足を怪我をしたんじゃなかったんですか?」
その後にやって来たグロウをみて「あれ?」と思った。足を怪我したはずの彼は痛がる様子もなく、普通に歩いてきたからだ。
「え?何を言ってるんですか?この通りぴんぴんしてますよ?」
「でも、さっきグロウさんの代理っていう人がサツマイモを持って行きましたよ?いつもの人が怪我をしたので代わりに荷物を運ぶように頼まれたって」
「代理の人間?いえ、私は頼んでいませんよ」
「なんですって!?」
ここではじめて異変に気づいた。代理というのは真っ赤な嘘で、まんまとサツマイモを持ち逃げされてしまったのだ。
いや、芋の事はまだいい。それよりも問題は、そいつがライとラナを一緒に連れて行ってしまったという事だ。
サツマイモを盗むだけなら二人を連れて行く必要はない。とすればそいつの目的は……体から血の気が引いていく。
と
「ただいま~!……どうしたの、ミナト?恐い顔して」
「どうした、何かあったのか?」
リンが帰ってきた。ゲッコウも一緒だ。
リンは今日、朝からゲッコウの所で修行していたのだ。
「大変だ!ライとラナが連れさられた!」
「なんだと!?」
驚く二人に事情を説明する。気だけが焦りなかなか上手く説明できなかった。
「……話は分かった。状況を考えればサツマイモを狙った窃盗犯の可能性が高いが、わざわざ二人を連れて行ったという事は、人質にしてこちらに何か要求するつもりかもしれない」
「二人を人質に?」
「ああ、ただサツマイモを盗もうとするなら人目につく昼間に来る必要はない。夜、こっそり畑から盗めばいい。犯人はライとラナが時々、手伝いで街にいく事を知っていたのだろう。とすると普段から機会を窺っていた可能性もある」
「一大事じゃないですか!ゲッコウさん、早く助けにいきましょう!」
「落ち着け、ミナト。まずは冷静になることだ。気が焦れば的確な判断が下せなくなる。それは相手の思う壺だ。まずは落ち着いて私の話を聞け。分かったか?」
逸る気持ちを抑え頷くとゲッコウが二本指を立てた。
「いいか?今の我々が取れる手段は大まかに二つ。「待つ」か、「動く」か。まずはこれを決めねばならない。犯人側からの要求を待って対処を考えるか、それともライとラナ救出の為に動くか、だ」
「助けにいこうよ!ライとラナもきっと助けを待ってるよ!」
間髪入れず、リンが主張する。
「ああ、そうだな。今回の事は俺に責任がある。俺がきちんと確認すべきだったんだ。知らない奴に警戒せずにライとラナを預けてしまった。一刻も早く連れ戻したい!」
「しかし、相手が誰だかも分からんぞ?黒蛇の奴等かも知れん」
「関係ありません。相手が誰だろうと二人は絶対に助け出します!」
「リンもやるよ!」
そんな俺達を見つめながらゲッコウが頷いた。
「よし、方針は決まったな。まずは情報収集だ。ここにいる人間の中に二人を行方をしる者がいるかもしれん。手分けして情報を集めるぞ」
「はい!」
治療を切り上げ、まずは診療所に来た人にライとラナを見なかったか聞いて回る。
すると街で若い男と二人が一緒に歩いている所をすれ違ったという人がいた。その人の話によると、二人がサツマイモを納める八百屋へと向かうルートとは違う場所を歩いていた為、不思議に思ったそうだ。
これは有力な情報だ!街に入ったという事は誘拐犯は街の中に拠点があるに違いない。さらに手に入れた情報から方角やルートもかなり絞り込める!
「ゲッコウさん!これから二人を助けに行きます。救出に力を貸してください!二人はきっと怖い思いをしているはずです。一刻も早く助け出したいんです。どうかお願いします!」
「もとよりそのつもりだ。しかし相手はどんな実力を秘めているかも分からん。油断は禁物だ。気を引き締めていくぞ!」
「「おー!!」」
手早く準備を済ませた俺達は、ライとラナを救出すべく双子山を飛び出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
橋を渡り、ノースマハの街に入る。北門の衛兵は俺達を見かけると顎をしゃくった。「行け」の合図だ。
もはや身分証をチェックする気もない。街のセキュリティを担う者としてどうなの?とは思うが一刻を争う今はそれもありがたい。
「方角はある程度決まっているとはいってもさすがに街の中は広い。犯人が建物に潜伏しているかもしれない。リンの気配探知が頼りだ。頼むよ、リン」
「任せて!それにヌシ様から範囲を広げる方法を教わったから、前よりもっと探せるよ!」
「そんな方法があるのか、どうやるの?」
リンによるとそのやり方は
1、普段は自分を中心に円状に広がる探知範囲を狭めて線状にする
2、それをぐるっと一回転させる
3、2を繰り返す
だそうだ。
「うん。それなんてレーダー?」
運用方法がモロにレーダーそのものじゃないか。
「れえだあ?って何?」
いや、もう何でもいいです。
「探知範囲の形状を変化させあまつさえそれを回転させるなど、相当の才能とセンスが必要だ。到底、真似できん。教えた当のヌシ殿も驚いていたよ」
半ば呆れるようにゲッコウが言う。
俺もやってみようとやり方を聞いてみたが「ん~!て狭くして、ていっ!って回すの!」と言われて断念した。天才型の思考は常人には理解が極めて難しい。
とにかくこれによって、元々広い探索範囲はさらに広がった。診療所で得た情報をもとにそこから南の方角を中心にくまなく探し出していく。そこから少しいくと古い住居がひしめくように建ち並ぶ、いわゆる貧民街といわれる区画があった。
道の途中にあった商店の主によれば二時間ほど前、サツマイモらしき籠を背負った若い男と獣人の子供はその貧民街の方に向かっていったとの事だ。俺達もいそいでその後を追う。
「ミナト、敵はおそらくこの区画のどこかにいる。ここら辺りは他の地区に比べ治安が良くないと聞く。警戒して進め」
「分かりました」
冒険者ギルドのある街の中央通りに比べ、ここが薄暗く感じるのは道が狭く民家が密集しているからか。すれ違った住人と思われる人の中には俺達に警戒の眼差しを向ける者もいる。
と
「ミナト、ライとラナがいたよ!あの建物から二人の反応がある!」
「本当か!」
「よくやったぞ!リン」
リンが指差す先には一軒家ほどの古びた倉庫があった。外見を見ると劣化が激しくあちこちにが隙間が開いている。隠密を発動させるとそっと倉庫の扉に張りつく。鍵がかかっているようだがひどく錆びついてガタがきており、力ずくでなんとかなりそうだ。
「二人の他に反応が5つ。二人を囲むみたいにいるよ」
「やはり二人は人質にされているようだな」
「いきますか?」
「敵だけならばそれでいいが二人が人質にとられている。まず注意をこちらに引き付ける必要がある」
「こちらに注意を?それはどうやって……」
ゲッコウが俺とリンに役割を説明しようとしたその時だった。
「もうやめてください!早く僕達を解放して盗んだサツマイモをミナトさんに返して下さい!」
「心配しなくても夜になれば放してやるさ。お前達は双子山の奴隷だろう?俺はお前らを解放してやったんだぞ?」
壁越しにライと、犯人と思われる若い男の声が聞こえる。
「僕達はそんな事、望んでいません!ミナトさんはいつも僕達の事を考えてくれる。リンもゲッコウさんもヌシ様だってそう。僕は今の暮らしが凄く充実してる。今が一番幸せなんです!あんた達はそれを壊そうとしてるんだ!」
ライの叫び声が聞こえてきた。彼は一人犯人に立ち向かっている。普段の彼からは想像できない怒りと力のこもった声だった。
「……随分と慕われてるじゃないか、ミナト」
「それはゲッコウさんもですよ」
そう言いお互い、ニッと笑い合う。胸の奥が熱くなってくる。ライはここまで信頼を寄せてくれていたんだ。
……待ってろよ。すぐに助けにいくからな。
「いいか?扉を蹴破って突入し、驚いた敵が隙を見せている間に一気に制圧する」
「つまり欧米式突入法という訳ですね」
「おうべい?」
「あ、こっちの話です」
「私が敵の頭を叩く。その間にお前達は二人を救出しろ」
「分かった!」
「了解です」
お互いに頷き呼吸をととのえる。敵の注意を引きながら突入か。それならここはやっぱり「救出の時間だ!コラァ!!」かな?なんてアホな考えが浮かんだ。
「……3……2……1………」
ゲッコウがカウントダウンを始める。
「いくぞ!」
その声と共にゲッコウが渾身の力をこめ扉をぶち破る。扉を蹴破った俺達は間を置かず、一気に内部に突入した。




