22話 誰がために鳩は飛ぶ
「あらあら、これは本当にお芋なの……!?」
「ねっとりとしていてすごく甘いぞ!」
「こんな美味しくて甘いもの食べたことないよ!」
一口食べた瞬間、みんな、口々に美味しさを褒め称える。
診療所を訪れた人達に焼き芋を試食してもらって、その感想を聞いてみた。
その結果、想像以上の好感触を得ることが出来た。
「今、食べてもらったのはサツマイモという芋で、他の芋に比べ非常に甘いという特徴があります」
「サツマイモ?聞いた事ないなぁ」
「ここよりはるか東の国から伝わったばかりの物ですから。おそらくこの辺りでは、初めて食したのが皆さんだと思いますよ」
「そんな貴重な物を頂いて良かったんですか?先生」
「もちろんです。まあ、でもそこまで貴重なものでもありません。ちょうど今朝、収穫が終わってたくさんのサツマイモが採れたんですよ。どうでしょう?ここに来る皆さんの間食用として、これを提供しようと思うのですが」
「本当ですか!」
「皆さんにパナケイアの像や建物もきれいに管理してもらって、とても助かっています。そのお礼です」
「まぁ、嬉しいわぁ。このお芋、とっても美味しいもの」
「ここに来る楽しみがまた一つ増えますな」
「あと、この芋を植えたい人がいれば蔓をお分けしますんで、いつでも言って下さい」
「いいのかい?先生、珍しい芋なんだろう?俺達に分けて無くならないのかい?」
「ははは、それがですね、蔓が増えすぎてもらってくれる人を募集しているくらいなんです。是非ご自宅で植えてみて下さい」
「家族にもこの芋を食べさせてやりたいと思ったんだ!ありがとよ、ミナト先生!」
喜んでもらえたようで何よりです。
そういえば最近では、治療の用事がなくてもここにやってくるお年寄りが増えてきている。
「ここに来れば誰かがいるから」
との事で、最近ではそれを目当てに弁当片手にやって来て日がな一日、おしゃべりをして帰っていく人もいる。なんか集会所のような使い方だが、そのおかげか安置したパナケイアさんの像には常に花が絶えないし、建物はいつも綺麗に保たれている。いつの間にかお年寄り達の間で管理してくれるようになったので俺の負担も減ったし俺としてもウェルカムという訳だ。
そして、それが善行としてパナケイアさんの神力になる。最近では女神パナケイアの名前も段々と浸透してきているし、願ったり叶ったりだった。
そして今日も治療を望む人達に回復魔法や薬を渡し、お昼過ぎ、治療も一段落した頃。
「こんにちは、ミナトさん!」
商人のコンラッドが訪ねてきた。相変わらずどでかいリュックサックを背負い、ニコニコ挨拶をしてくる。
「あ、コンラッドさん、ちょうど良いところに。おひとついかがですか?」
ちょうど焼き上がったばかりの焼き芋を差し出す。
「おっ?これは……何、ですか?珍しい色をしていますね。これはどこの……」
「まぁまぁ、あんちゃん。まずは何も言わずにその芋、食ってみろって。たまげるから」
周囲のお年寄りに勧められコンラッドがサツマイモを試食する。すると一口食べた彼の目がカッと見開かれた。
「これは素晴らしい!こんな芋があるんですか!?どこで手に入りますか?どこの農家ですか!?ぜひ紹介してください!」
矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。みんなにしたのと同じく、極東から来た旅の人にもらったと答えると
「極東!?と、いうことはナラサキ国よりさらに東にある国というのですか!?あの暗黒海の更に向こうにも陸地があるということですね!?」
「あ、うん。多分……」
ナラサキ?暗黒海?なんぞ、それ?
「なんて事だ……私はまだまだ未熟者だ、いまだ知らない事がこんなにもあるとは!」
「え、あ、コンラッドさん。その話はあまり正確じゃないかもしれないのであんまり気にしないで……」
もちろん極東の国というのは、前世からの持ち込み品という出所を隠すための作り話だ。その作り話に驚愕し、ショックを受けているコンラッドを見ていると申し訳ない気分になってくる。
「そ、そうだ!コンラッドさん、サツマイモを栽培している畑を見てみませんか?」
「いいのですか!?是非とも!お願いします!」
食いぎみのコンラッドを引き連れ、畑へ案内する。蔓はきれいに刈り取られ元の面積のサツマイモ畑に戻っている。
「おお!これがサツマイモ!ジャガイモとはまるで違いますね!」
「サツマイモは蔓を植えることで栽培できます。つまり育った蔓を切って植えれば、いくらでも栽培が可能なんです」
「それはすごい。肥沃な土壌ならばたくさんの芋が収穫できるというわけですね」
「逆です。あまりに肥えた土壌だったり肥料をあげすぎたりすると蔓だけが伸びる「つるぼけ」になる。痩せた土地の方がいいと思います」
「なんと!そんな土地で育つんですか!?」
「ええ、それに連作障害も起きにくいと言われていますので……よいしょっと」
畑から顔を覗かせていたサツマイモを掘り起こし、コンラッドに手渡す。
「小麦が不作の時に、それを補う食料になると思っています」
コンラッドは、渡されたサツマイモをじっと見つめていたが
「ミナトさん、お願いがあります!このサツマイモと蔓、分けては頂けないでしょうか!?」
「芋と蔓をですか?」
コンラッドが意を決したような表情で聞いてきた。
話を聞くと彼は、セイルス王国に吸収された旧ナジカ王国の領内で商売をしているらしい。セイルス王国の一部になったとはいえ敗戦の傷は深く、人々の暮らしは大変厳しいもので毎日の食事にも事欠く者も多くいると話す。
そんな中、コンラッドは商売人として現地で食料などを取引しているのだが、ただ取引するだけではなく、なんとかして困窮した人々の生活を援助する手助けができないか模索していたのだという。
「痩せた土地でも育つというこのサツマイモは、きっと多くの人々を救う手助けをしてくれるはずです。どうかお願いです!私の願いを聞き届けては下さいませんか!」
コンラッドが懇願するように頭を下げる。
「もちろんいいですよ。芋も蔓も好きなだけ持っていって下さい」
「いいんですか!?」
「はい。元からみんなに育てて貰おうと思ってたし」
「おお、ありがとうございます!あとこれは私からのご提案なのですが、たくさんの収穫量があるのであればノースマハの街に納入してみてはいかがですか?これ程の物ならばきっと飛ぶように売れますよ!」
「そんなに?そこまで売れますかね?」
「はい。このコンラッドが保証いたします!」
それを聞いて少し考える。俺としてもサツマイモが広まってほしい。それに納入する事で収入も入るだろう。これは渡りに船かもしれない。
「それならこの件はコンラッドさんにお任せしていいですか?俺も忙しいし納入する店との交渉や、運搬はなかなか出来ないので……」
「ご安心下さい。交渉も運搬もこちらでやらせていただきます。お任せ下さい!」
コンラッドが自信に満ちた表情で胸をドンと叩く。それならこっちとしても手間が省けてありがたい。
「ならお願いします。ところでコンラッドさんがここに来たという事は、例の件は……?」
「おお、すみません!サツマイモの衝撃ですっかり失念しておりました。まずはこちらの手紙を」
コンラッドが胸元から一通の手紙を取り出す。そこには俺への宛名が書かれていた。
「ミサーク村村長、グラントさんとオスカーさんからミナトさんへのお手紙です」
開封した手紙はグラント、そしてオスカーからのものだった。
村では順調に開発が進み、村人の生活水準はますます良くなってきているとの事。行商人も活発に村を訪れているようで、アニーはハチミツからミード酒を作ることも始めたらしい。
さらに村では伐採した木材の販路開拓や、新たな鉱山の開発を計画しているようだ。ミサーク大森林には魔力の影響で、思わぬ場所に鉱床ができたりしているらしい。場所は特定できていても、今までは様々な要因で手をつけられなかった。しかし、今はミサーク村に鉱山の新規開発の権利があり、商用に耐えうるかの調査も始めるようだ。ついては俺にも販路開拓や調査協力を頼むかもしれないと書かれていた。
もちろん協力するさ。ミサーク村が豊かになってみんな幸せに暮らしてほしいし。
そしてオスカーからの手紙にはエリスの事が書かれていた。
俺達が旅立ってからは元気がないようで、明るく振る舞ってはいるが、ため息をついている姿を見ることが多くなった。オスカーも村の経営で家を開けることも多く
「一人の食事って、こんなに寂しいものだったかしら……」
と言う事もあったようだ。オスカーの手紙の最後には
「ミナトが村に戻ってこれるように尽力していますがなかなか状況が好転せず申し訳なく思っています。ミナトとリンがいた時の母さんはとても幸せそうでした。きっと母さんの幸せには、ミナトとリンが必要だと思います」
と綴られていた。
……確かにリンといた時のエリスは楽しそうだったしなぁ。俺とリンも毎日いろいろな事が楽しかった。その為には早くダニエルの件を解決しないと。それが、一番エリスの幸せにつながっていくと思うんだ……。
そう考えつつ手紙をしまう。
「コンラッドさん。手紙、ありがとうございました」
「はい。それからミナトさんがご依頼の、双子山からミサーク村に繋がる連絡網を整備しました。これで人が連絡するより、はるかに早く村への通信が可能になります」
「そうですか!ありがとうございます!」
俺がコンラッドに依頼したのは双子山とミサーク村とを結ぶ通信網の構築。ノースマハで有事があれば素早く情報を村に送れるようにしたかったからだ。
「詳しくは「レターホーク」が戻り次第という事になりますが、手紙程度であればここから一時間程でミサーク村まで届けることができますよ」
「レターホークっていうと鷹ですか?」
手紙を運ぶ鳥っていうと伝書鳩みたいな感じか。この世界では鳩じゃないのか。
「ええ、特別に訓練した通信用の鳥です。……っと戻りましたね」
上空を見上げると北の山の方から、一羽の鳥がすごいスピードでこちらへ飛んで来ているのが見えた。……あれがレターホークか。
みるみる近づいてくるその鳥は、オオタカによく似ていた。俺達の真上までやって来たレターホークは上空で旋回をはじめる。コンラッドが腕を伸ばすと、その腕めがけゆっくりと飛来し降りたった。
「お~、これがレターホークですか。カッコいいですね!!」
こんな間近で鷹を見たことはない。キリッとした顔が凛々しいな。背中にはリュックのような小さな荷物袋を背負い、両翼の付け根にリュックのひもが通され、しっかりと固定されている。
「ミサーク村へ連絡したい時には、このレターホークを使って下さい。すでにミサーク村の場所は覚えさせましたから、背中の袋に手紙を入れてくれれば飛んで行きます。あと私をご用命の際にも使えます。私がどこにいても位置がわかるよう特別な修練を積ませていますから」
「へぇ~、コンラッドさんがどこにいても分かるんですか。すごいなぁ」
「普段は森で自力で餌を取るため世話も必要ありません。レターホークを呼ぶ時は、この鳥笛を使ってください」
「ありがとうございます!コンラッドさん」
「いえいえ、サツマイモのお礼には全然足りませんよ」
そういうと再びレターホークを空に放つ。レターホークは上空を一回転し、山の方へ飛んでいていった……と
「……ププゥ~」
ん、ププゥ?
変な鳴き声が聞こえた気がした。そしてレターホークが飛んで行ったのと入れ替わるようにもう一羽、何かの鳥がこっちへ飛んでくるのが見える。
なんだかヨタヨタとして飛びかたが危なっかしい。よくよく目を凝らすとそれは一羽の鳩らしかった。
てかあれは……
「……プゥ!プププ!」
あれはアニーの相棒のププじゃないか。
何とか俺の所にまで飛んできたププは、地上に降りると力尽きたようにそのままポテン、と横になってしまった。
「お、おい!?大丈夫か?ププ!」
慌ててププを抱き上げる。
「……ププゥ」
……良かった。どうやら無事らしい。
「おや、それは村の鳩では?まさか本当にレターホークと競争するとは……!」
コンラッドの話によると、ミサーク村でレターホークを紹介した際、ププが妙なライバル意識を燃やしたらしく
「こんな奴には負けん!自分もレターポッポになる!」(訳アニー)
と言い出したんだとか。コンラッドはまさか鳩が訓練されたレターホークに挑むなんて、冗談だろうと思っていたそうだ。
「しかし、遅れたとはいえ、かなりのスピードであることは間違いありません。まともな訓練を受けていない事を考えれば驚異的ですよ。ミサーク村では良い鳩を飼われていますね」
「だってさ。すごい事だぞ、ププ」
「ププゥ!」
人の言葉が分かっているかのように首をあげて、胸を張る仕草をするププ。「そうだろう!」とでも思っているのかな?
「ははは。もし興味がおありなら優秀な訓練士をご紹介しますよ。では私はそろそろ失礼させていただきます。ミナトさん、サツマイモの件本当にありがとうございました。このご恩は決して忘れません。現地でもしっかりと宣伝させていただきますので!」
サツマイモと苗を受け取り、笑顔で彼は去っていった。これから遠く旧ナジカ王国に向かうらしい。行商人ってのは体力が資本なんだなぁ……。
あれだけ大きなリュックを背負っても、重そうなそぶりを全く見せないコンラッドを見送ってから家に戻ると
「ミナト、ただいま~!」
「今、戻りました」
「……ごはん、何?」
家の前でリン達とはち合わせになった。今日、リン達は双子山のヌシ様のもとで修行していたのだ。
「ああ、みんなお帰り」
「あ、ハト?もしかしてププ?」
「ププゥ!」
「やっぱりププだぁ!久しぶり!元気だった?」
「プププゥ!」
リンは俺が抱いている鳩がププだとすぐに気づいたようだ。ププも首をあげて返事をしている。
「……ハト?……夕飯?」
ラナがそう言った途端、ププが体をビクッとさせた。
「プオッッ!?プププゥ!!」
「……違うの?……残念」
「ププゥ!ブブブ~!」
「……そう、ププって言うんだ。……レターポッポ?ふーん」
え?ラナがププと会話してる?
「ラナ、もしかしてププの言葉が分かるのか?」
「……うーん。何となく?……ドッグウルフも分かった。一匹だけだけど」
「何と!?」
ラナはアニーのようにププの言葉が分かるのか?しかも魔物であるドッグウルフの言葉も分かっただって!?
話を聞くと、リン達が修行してる時、ラナは双子山に住むドッグウルフの所にいき、そこで何らかの交流をしてきたらしい。
「いや~ラナ、すごいと思うよ!良かったねぇ!立派な才能だよ!」
「……そう?すごい?」
「うん!とてもすごい!ラナはこれからどんどんいろいろな事が出来るようになる!俺も楽しみだよ!!」
そう言うとラナは、ムッフーと誇らしげに胸を張った。
「明日あたりヌシ様に報告しよう。リンとライの修行はどうだった?」
「かくれんぼ楽しかったよ~!ヌシ様、気配探知がすっごく上手なの!」
「魔力の感じ方が上手くなったとヌシ様に誉めて頂きました!」
「……ドッグウルフが昨日より懐いた」
三者三様それぞれしっかりと修行したようだ。子供が何かできるようになっていくのを見るのはとても楽しいなぁ。
「じゃあ、家に入ろう。夕飯を作らなきゃ。みんな何がいい?」
「「「肉~!」」」
三人の声が重なる。
「ははは、じゃあそうしよう。ププも今日はここで休んで明日帰るといいよ」
「ププ~!」
疲れを感じさせないリン達の元気な声と一緒に家に入った。さて、今晩はトンカツにでもしようかな!




