18話 シャサイ
「落ち着いて、何があったの?」
エリスさんが男を落ち着かせ話を聞きだす。
それによると、訓練場にふらりと冒険者風の男が現れたらしい。ミサーク村では山賊達の侵入に備えて検問はかなり厳しく行われている。出入りの行商でもない限り、よそ者はこの村には入ってくる事はないはずだ。もし来るなら、検問所で誰何されてその連絡が入るはず。しかし、グラントさんからも誰かが訪ねてくる、なんて話はきいていない。ではこの男は何者なんだ?訝しんだオスカーたちが男を取り囲もうとした。その時
「この村にエリスって女がいるだろう。連れてこい」
その男はオスカーたちに告げた。
「あなたは一体誰なんです?なんの用があるんですか?」
嫌な予感がしたのだろう。オスカーは村人の一人に、グラントさんを呼んできてほしいと頼んだ。そして、その時間稼ぎに交渉しようと男に話しかけた。だが、男は聞く耳を持たず近くにあった訓練用の木剣を拾い上げ
「なら、お前の体に聞く」
と、剣先を向けた。
やむを得ず、剣を構えたオスカーだったが、あのオスカーが一合も剣を交える事も出来ずに、男の目の前に崩れ落ちた
「こいつを殺されたくなければ、すぐに女を連れてこい」
オスカーを人質にとった男は容赦なく言い放つ。
そうして、急ぎエリスさんを呼びに来たようだ。
「先にグラントさんの所に寄って訓練場に向かってもらいました……!でもあの男は強かった!あの男の力量では俺たちが束になっても敵いません。グラントさんでもわかりません……!」
そんな馬鹿な!あのグラントさんより強い敵なのか!?
「エリスさん!すぐに向かいましょう!」
エリスさんは少し考え込んで、口を開いた。
「相手はただの冒険者ではないようね。分かったわ、支度をしてすぐに向かいます」
そう言うと、すぐに皮製の防具に身を包み、俺が見た事のない杖を持ってきた。その杖は木製で杖の先端には大きなガラス玉のようなものが埋め込まれていた。
「俺も行きます!リンも……!」
言いかけた俺に、エリスさんは
「たった一人で乗り込んでくるっていう事は、相当腕に自信があるっていう事。それだけじゃなくオスカーすらあっという間に人質に取られてしまった。これはどういう事か分かる?敵が強かったら、私はあなたとリンリンを守っている余裕がないかもしれないの。だから、あなたはここで待っていて」
と、厳しく言い放った。いつもの優しい表情は消え失せている。おそらくエリスさんも手強い相手だと思っているのだろう。だが俺もここで引き下がるわけにはいかない。
「敵を倒しに行くんじゃない。兄さんを助けに行くんです!俺は隙を見て兄さんを救います。大丈夫、無茶はしませんしエリスさんにも迷惑はかけません。お願いします、手伝わせてください!」
俺は必死に説得した。リンもエリスさんを見て力強く頷く。
人質がいてはエリスさんも動きにくいはず。俺はまだ戦力にはならないけどそれくらいは出来るかも知れない、何よりエリスさんの力になりたかった。
「分かった。でも無理はしないと約束して。例えオスカーを見捨てる事になっても、自分の身を守ることを考えて」
それだけ言うとエリスさんは、疾風のように訓練場へ走って行く。俺たちも後を追った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エリスさんは風魔法で自分の体を軽くするとか、速度をあげるとかそんな事をしているのだろう。あっという間に姿が見えなくなる。俺は同調を使ってリンに走るのを任せた。リンは疲労が無いように、余力を残す走り方をしている。俺より俺の体を理解している。改めてリンの操作能力の高さがうかがわれた。
訓練場に着いた俺たちの目に飛び込んできたのは、想像よりもひどい状況だった。
うつ伏せやあおむけに倒れている村人たち。訓練場に立つ麻袋を担いだ男と、その足元で右腕を庇い、片膝をつくグラントさんの姿があった。
「これは一体……!?」
「ようやくおでましか。待ちくたびれたぜ」
エリスさんの全身を舐めるかのように見ながら、男は言った。
「エリス、コイツは強い……油断するな!」
グラントさんがエリスさんに向かって言う。グラントさんはおそらく右腕を負傷したのであろう。この男があのグラントさんを負傷させたのか?
「あなたは一体何者なの?なぜ村人を傷つけたの?」
「そりゃあ、おめぇ、こいつらの剣技がどんなもんか、ちいっと見ただけさ。ほんのお遊びだよ。俺は片手しか使ってないんだからなぁ!そうそう、自己紹介がまだだな。俺は黒蛇のシャサイ、今の山賊団のボスだ。覚えておけ」
「ボス?山賊団のボスはアンガスのはずよ?」
そうだ、確か山賊団のボスはたしかアンガスとかいったはずだ。
「山賊団のボスの座は力がある者が就くもんだ。ほれ、お前らに手土産を持って来たんだ。受け取りな」
そう言って男は、持っていた麻袋を放り投げた。それが俺の足元に転がってくる。
それは見ると、どす黒いような赤い色が付着したた麻袋だった。
「なんだ、これ……?」
「開けては駄目よ!」
エリスさんが麻袋にふれようとした俺をするどく制する。
「何故です?」
「あなたが見ていけないものが入っているからよ」
「見てはいけないもの?」
『アノ袋……血ノ匂イ……。多分、何カノ頭』
リンが念話で俺に伝えた。
「頭!?」
思わず叫んであとずさる。
「おっと、兄ちゃん当たりだぜ。この中には頭が二つ入ってる。さて、それは誰と誰でしょう?」
俺の方を見ておどけたようにシャサイは言う。
「一人は、山賊団のアンガス……ね?」
「正解。ひとつはアンガス、もう一つはお前たちが涙を流して喜ぶんじゃねえか、と思って持ってきた。確かめてみたらどうだ?」
ニヤニヤと笑うシャサイ。
『血ノ匂ガ強クテ、難シイケド、ヴィランノ匂イ……カスカニスル……』
リンが念話で伝える。まさか……!
「ヴィランの首なのか……?」
エリスさんが麻袋に近づき中身を確かめる。その表情が怒りに染まる
「私たちが、そんなものを持ってこられて喜ぶはずないでしょう!私に会いに来た目的はそれだけ?こんなことをして何が目的なの!」
エリスさんは杖を構え戦闘態勢になった。
「ヴィランには確かにたくさん苦しめられた。でも罰を与えるのはあなたではなくミサク村の人々でなければならない。あなたがしたのはただの人殺しよ。その報い、受けなさい」
「ほう?やるのかい?俺と」
そう言うと、シャサイは人質にしたはずのオスカーやグラントさんをその場に残し、一人、訓練場の中央に歩き出す。警戒している様子は微塵もない
何故だ?オスカーやグラントさんからも離れ、まるで自分を狙ってみろと言わんばかりの……。
「さあ、撃って見ろ。あんたの得意な魔法をな!」
不敵な笑みを浮かべ挑発するようにシャサイが言う。
エリスさんが何かつぶやいた次の瞬間。
「風の刃!!」
魔法が発動し、放たれた無数の風の刃がシャサイを襲う。あの夜襲をかけてきた山賊を屠った威力の魔法だ!
だが、シャサイは構えようともせず、笑いながらその場に立っている。
風の刃がシャサイに命中しようとしたその直前、それはシャサイの目の前でふっとかき消えた。
「!?」
エリスさんが再び詠唱を始める。先程より大きな風の刃。カッターというよりギロチンのような大きな風がシャサイに向かう。
だが、またシャサイに届く直前に、風がかき消えてしまった。
「効かねぇなあ。お前の魔法はこんなモンか?」
「くっ、まだよ!」
エリスさんに動揺が走る。再び詠唱すると、今度はエリスさんの周りに五本の槍が具現化され、シャサイに向け射出された。
さっきの魔法よりさらに疾い!これなら……!
しかしシャサイを貫かんとした五本の風の槍が、またしても目前で消え失せしまった。
魔法は確かに復活したはずだ、威力も申し分ないはず。なのにシャサイに届かない。
エリスさんの表情に焦りの色が浮かぶ。
「もう終わりかい?じゃあ、こっちから行くぜ」
シャサイは何のためらいもなく、不快な笑みを浮かべてエリスさんに近づく。
エリスさんはまた魔法を唱える。
突如、強い風が吹き始め土や石を巻き込む風の渦が立ちのぼった。
……これは竜巻!?こんな魔法も出来るのか!
渦をみると巻き込まれた木片が、内部で切り刻まれているようだ。こんなのに巻き込まれたらただではすまない。渦はまるで意思を持つかのように、シャサイに近づきその体を飲み込んだ。
小石や木の破片が巻き込まれた竜巻ならば、渦に巻き込まれるだけで、肉が削られ相当なダメージがあるはずだ。
「エリスさん、やりましたか?すごい魔法ですね!」
しかし、俺の声に彼女は振り向かない。シャサイがいる竜巻をみつめたままだ。わずかに聞こえた声は、どうして……?と言うか細い声だった。
「!?」
目の前の竜巻の中でシャサイは高らかに笑っていた。
「まさか!?」
「オラァ!!」
叫ぶシャサイの声と同時に、竜巻が消滅し風に蹂躙されていた石や木片なども土埃と一緒に我に返ったように落下する。風が収まり中心にはシャサイが攻撃をうける前と同じ姿でたたずんでいた。ダメージを受けた様子はない。
「弱い、弱いねぇ!剣も魔法も!俺にかすり傷すらつけられねぇ!」
心底楽しそうな表情を浮かべて、シャサイがエリスさんのもとへ歩く。
「エリスさん!逃げて!」
俺は叫んだが、エリスさんは呆然としたまま動かない。
シャサイがニタァと笑った次の瞬間、エリスさんの顔を張り飛ばした。大きな音があたりに響く。
「キャアア!!」
叫び声と共に倒れ込んだエリスさんを見て、怒りがこみ上げ沸騰した。
「エリスさん!!てめえ!よくも!」
右手には木刀が握られる。どうやらイメージが強いと、マジックバッグを発動しなくても俺の手の中に飛び込んでくるようだ。
「リン!行くぞ、エリスさんを助けるんだ!」
リンに声をかけ、木刀を構える。
「二人とも来ないで!」
エリスさんの押しとどめる声。エリスさんの頬は腫れていた。口からも出血している。さっきの一撃で口の中が切れたのだ。
構うものか!エリスさんが危ないんだ、助けないと!
シャサイに突進しようとした瞬間、俺の体が動かなくなった。
「リン!どうした、どうして動かない!?」
同調の効果によって俺はリンに操られている。そのリンが動こうとしないのだ。
「ああん?来ねえのか?カウンターくれてやろうと思ったのによぉ」
へらへらと笑いながらシャサイが言う。そしてエリスの方を向き
「本来ならこれからお楽しみタイム、といきたいところだが、生憎、俺は若いオンナが好きでなぁ。あんたはちょっとトウが立ちすぎてんだ。残念だったな」
エリスさんはキッとシャサイを睨みつける。だがシャサイに全く気にするそぶりはない。
エリスさんはトーマの母親だが見た目は20歳前後に見えるはず。シャサイがああいうと言う事は本当の年齢を知っているか、もしくはロリコンか、だ。
「ところで、あんたも気になっただろう?何でアタシの魔法が効かないの~!何で~!ってな」
シャサイがエリスさんを見下ろし、小馬鹿にするように続ける。
「種明かししてやろうか?アンタにも見覚えがあるんじゃねぇのかい?」
シャサイが右腕に巻いてあった布を破り捨てる。そこには鈍い金色に近い、見事な彫刻が施された腕輪があらわになった。
「それは……!」
エリスさんの目は見ひらかれ驚愕の表情に変わった。
「……風殺の腕輪!?どうしてあなたが持っているの!それはバーグマン家の家宝のはずよ!?」
「やはり知っていたか。へへへ、そりゃそうだよな、自分の家の家宝ぐらい見た事あるよなぁ。初代バークマン領主、ハロルド・バークマンの娘、エリス・バークマンさんよぉ!」
おかげ様で、PVが2000をこえました。本当にありがとうございます。もしよろしければ、ブックマーク、評価等つけていただけると大変励みになります。頑張って書いていきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。