19話 領主の娘
「ハロルド・バーグマンの娘、エリス・バーグマン。それがお前の本当の名前だろぉ?」
ちょっと待て、エリスさんって領主の娘なのか?そんなの初耳だぞ!?
そうだ、トーマの記憶!記憶にあるのだろうか?
トーマの記憶を探る……ダメだ、全然思い出せない。と言う事は、トーマも知らないって事なのか……!?
エリスさんは何も答えない。
「この腕輪は魔物の大量発生の発生源であるダンジョンから手に入れた貴重なお宝なんだろう?領主ハロルドは死ぬ前にこう言ったんだってなぁ、『風殺の腕輪は決して持ち出してはならない。エリスの為に……』ってな。泣かせるじゃねぇか、娘を最後まで心配していたそうだ」
わざとらしく涙をぬぐうふりをするシャサイ。
「随分バーグマン家の事に詳しいようだけど、おあいにく様、人違いよ。私はたまたまエリス様と名前が一緒だっただけ……バーグマン家とは縁もゆかりもないわ」
エリスさんは、首を振りながら否定する。
「ヴィランが言っていたぜ?生前ハロルドの体には目の形をした刻印があったと。それは二人の子供にも伝わっている。その刻印を持つものは間違いなくバーグマン家の人間。そしてその刻印はアンタにもあった、てな」
エリスさんの父は魔物の大量発生を止めたと言っていた。そしてそれがバーグマン領初代党首ハロルド・バーグマン。その娘がエリス・バーグマンと言う事か、シャサイの話は筋は通っている……でもヴィランの奴、エリスさんの刻印を見たのか!体のどこにあったんだその刻印は!
……周りがざわざわしてきた。ふと辺りを見回すと、騒ぎを聞きつけた村人たちが集まってきていた。村人たちはエリスやグラントが負傷している様子を見て動揺している。
「さてここからが本題だ。俺が欲しいのは、お前に流れるバーグマン家の血だ。お前の父親が施したネノ鉱山の封印を解くにはさぁ、エリス、お前の血が必要なんだってよぉ!」
シャサイは村人にも聞こえる程の大きな声で話す。
「……封印を解くですって!?それがどういう事か、あなたにはその意味が分かっているの!?」
「さぁなぁ、俺にはとんと分からねぇ、教えてくれよ。ここにいる全員が分かるようにでかい声でなぁ!」
「……」
ニヤニヤ笑う奴を睨めつけるがエリスさんは答えない。
「まぁ今回は、挨拶に来ただけだからな、エリス、アンタに言っとくぜ。10日後の日暮れまでにネノ鉱山に一人で来い。もし来なかった場合、この村の奴らを一人残らず殺す」
なんだって!?と村人たちがざわざわと騒ぎ出す。だが、シャサイが一瞥すると、シンと静まり返った。
「あー、お前ら村の奴らにも言っとく。逃げ出すことは出来ねぇぜ。山道に手下を配置してっから逃げるのは不可能だ。誰か一人でも逃げようとすればその時点で全員殺す」
シャサイはまたニタァと不快な笑みを浮かべた。
村の人達を人質にエリスさんをネノ鉱山に来させるつもりか。もし行かなければ確実にこの村人を殺しつくすと言っている。村一番の剣の使い手であるグラントさん負傷させ、エリスさんの魔法も効かない……あいつに敵う人がこの村にいない。
くそっ、俺は、どうすればいいんだ!?
「それなら、今、私を連れて行けばいいじゃない。なぜ、10日までという猶予があるの?」
エリスさんが立ち上がりながら問う。
「そいつは言えねえな。まあ、先方の都合ってやつだ。俺は報酬さえもらえりゃあ、何だっていいが、お前らの実力ってやつを見たくなってな、だが、見るだけの価値もなかったぜぇ」
ギャハハハと笑いながら
「そうそう、そのヴィランとかいう奴、お前を鉱山に連れてくるって言ったら怒り狂ってなぁ「エリスは俺の女だ、お前には渡さん!」って斬りかかってきてよぉ。まぁ正当防衛ってやつだ。俺はおばさんは興味ないからなぁ。だが、そんな健気な恋心泣けるよな。あいつも愛しのエリスちゃんに弔われて、うれしさで昇天しちゃうぜ~!」
「あなたって人は……!」
「ヒャハハ、そう怖い顔すんなって。おっと、俺もそろそろ戻らねぇとな。期限は後10日、確かに伝えたぜ。それまでせいぜい楽しめや。じゃあな」
散々、勝手な事を言い続けたあとシャサイは村をあとにした。
シャサイが去った後も、エリスさんはその方向を見つづけて動かなかった。エリスさんの顔は腫れて、口元には血がにじんでいる。
ふと、俺は自分の体が自由に動く事に気付いた。
俺は何もできなかった。エリスさんが殴られているというのに動けなかった。リンが動こうとしなかったからだ。
俺はリンを降ろして、思わず聞いてしまった。
「リン!何でエリスさんを助けなかったんだ!」
ビクッと体を震わせ、俺を見上げるリンの表情は怯えていた。
『……ゴメンナサイ』
消え入るようなリンの声。
「ごめんじゃないんだよ!なぜ、あの時動いてくれなかったんだ……エリスさんを助けたかったのに……!」
これじゃあ、いつまでたっても誰も助けられないじゃないか……!そんな気持ちをリンにぶつけてしまうのを抑えきれなかった。
「やめなさい!リンリンは少しも悪くないわ!」
エリスさんの声に振り向く。その顔は明らかに怒っていた。
「誰が助けてって言ったの?あなたが立ち向かっても、シャサイには絶対に勝てなかった、だからリンリンは動かなかったの!」
「でも、リンと同調すれば俺でも……!」
「あの時リンリンはとても正しい判断をしたわ。実力差がありすぎるのよ。そんな相手に戦いを挑むのは無謀なの。リンリンはあなたに逆らってもあなたを守ろうとしたのよ、しっかりしなさい。マスターのあなたが状況を正確に判断できなくてどうするの!?」
「……そうなのか、リン?」
『ゴメンネ、ミナト……戦オウトシタケド、危機探知ガ通用シナクテ……アイツスゴク強イ。ミナト大怪我サセタクナカッタ……エリスモ助ケタカッタケド……リンガ一番大事ナノハ、ミナトダカラ……』
「危機探知が通用しなかった……そうだったのか……ごめんよ、リン」
シクシクと泣いているリンを抱き上げ、リンに謝った。
以前リンが言っていた。危機探知は相手がどこに攻撃するか察知できるスキルだが、相手との相手との実力差があると効かないって。
「リンリンは、あなたを守ってくれたのよ。こんなにマスターの事を考えてくれる従魔なんて、なかなかいないんだからね。大事にしてあげないと、ね?」
ポンと俺の肩をエリスさんが叩く、その表情はいつものエリスさんだった。
「リン、俺が間違ってた。俺の事を考えて行動してくれたのに……俺が馬鹿だった本当にごめん!」
『ミナト……』
俺はなんて事を言ってしまったんだ。俺には前世、反面教師の上司や先輩がいたのに、あいつらと同じように自分の怒りを弱いものにぶつけようとした。大馬鹿野郎だ!
「リン!俺を殴ってくれ!俺は自分が情けない!」
リンがあわてて首を振る。
『デキナイヨ!リンハモウ大丈夫ダカラ!』
その言った時だった
「ハハハ!従魔にマスターは殴れんだろ?リン、俺が代わりにお見舞いしてやろうか?何、手加減するから大丈夫だ」
笑いながらシャドーボクシングのような仕草をするグラントさんにそう言われた。俺は慌てて後ろに飛びすさる。
『ミナトハリンガ守ルノ!ミナトヲ殴ッタラダメ!リンハモウ許シテルカラ!』
雰囲気を察したリンの言葉をグラントさんエリスさんに伝える。
「まあ、リンがそう言うならいいか」
「ふふ、二人とも仲良くね!」
二人の言葉に、リンと俺はコクリと頷く。
リンは従魔だし、人間ばかりのこの村では頼れるものは、俺やエリスさんといった少数の人達だけだったのに。その俺がリンを守らなくてどうするんだ。
俺がしっかりしないとな。
周りを見ると兄さんとグラントさんはどうやら無事だったようだ。ただ命に別状はないが、腫れ上がった傷は痛々しい。見るとシャサイに倒された人たちも村人たちに助けられ、運ばれていってる。幸いにも動けないほどの重傷の人はいないようだ。
「……奴はわざと手加減したようだな。今日は挨拶にきたと言っていたし、自分の実力を見せるだけに留めたのだろう。それにしても……」
と、グラントさんはエリスさんの顔を見て、ニッと笑って言った。
「ひでぇ顔になったな。風魔法に頼りすぎて、いざ風魔法を封じられると何もできんとは、元冒険者とは思えんぜ?」




