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第1話:トウキョウ 18

 七名家の子息の前であるせいか、はたまた美男美女の目の前であるせいか、緊張気味の二人はアピスが優しく促すと、たどたどしくも知っていることを話しだした。


「――去年、リオール様が四院にいらっしゃってから一月ほどしたとき…リオール様を訪ねていらっしゃった男性がいるんです」


「…どんな人でした?」


 光が見えたことへの興奮を抑え、努めてアピスは冷静に尋ねる。すると使用人の一人が眉をひそめ、当時のことを思い出したのか、不愉快そうに答えた。


「忘れもしません。夜、日が暮れてから突然いらっしゃったんです。全身真っ黒な服装で、日が暮れているのに、サングラスもかけて――あまりに怪しいんで追い返そうとしたら、自分の名前をリオール様に伝えてくれ、言えばわかるから、なんておっしゃるんですもん」


「名前を聞いたのか!?」


「覚えてます?」


 身を乗り出す二人の勢いに圧されて、彼女は目を丸くする。


「え、ええ――『オシリス』と。本名かどうかは存じ上げませんが」


「オシリス……」


 アピスは呟きながら頭の中に入っている様々な資料からかき集めた容疑者の名前と照合した。それを昴が黙って見ていたが、やがて彼女は小さく溜め息をつき、何も言わずに首を横に振る。


「……そのとき、兄は会ったんですか?」


「はい。はじめはリオール様だけだったんですが、最後には百夜様と醍醐様までご一緒になって……どのくらいお話になったかは覚えていませんけど、夕食の準備が出来たことを私がお知らせに行ったら、そのオシリス様が突然部屋から飛び出していらしたんです」


「あ…あれは凄かったよね…リオール様と、屋敷中に響いてるんじゃないかっていうような大口論」


 二人は苦笑しあった。


「内容、覚えてます?」


「確か…『何のために生かした命だ!?』とか何とか」


「返事が『知るかこの馬鹿!』でしたから…それでリオール様が更に怒って――最後には制止も振りきって出ていかれてしまいました」


 アピスは昴を見る。昴も、わけがわからない、と言った様子で難しい顔をしている。

 その人物がリオールを連れ去ったとは考えにくい気がした。話からして妙に直感的な人物で、これほど徹底的にリオールを隠し、自分達を翻弄している人物の像からは、寧ろ一番かけ離れている。それに――


「――随分と若そうですね」


「そうですね…20歳前後だと思います。髪は黒でしたけど、お顔立ちからして外国の方のようでした。背は普通くらいで、比較的細身だったような……」


 流石にそこまで細かく覚えてはいないのか、段々と言葉尻が怪しくなる。不確かな情報を間違って得る前に、アピスは彼女達を制止し、頭を下げる。


「ありがとうございます。少し探ってみます」


「いえ…あまりお役に立てず、すみません」


 リオールの妹だということ以外、アピスが一体どんな人物なのか知らないはずだが、二人はその醸し出す高貴な雰囲気に恐縮した様子で身を小さくさせた。

 立ち上がった二人を昴は出口に促す。だが二人が出ていく直前、アピスはふと思いついて、慌ててその背中に言った。


「…他に、何か変わったことはありませんでしたか?」


「他…ある?」


 何やら顔を寄せ合って、二人はこそこそと話しだす。


「……そういえばストラフスキー様が毎日のようにいらしてた時期があったけど…」


「別に普通じゃない?お久し振りのニホンだったわけだし」


「でも百夜様とはお会いにならないで、リオール様と醍醐様とばっかりお会いになってたわ」


「あら、ちゃんとお二人でお会いになってたわよ。毎日っていうわけじゃないけど、醍醐様達とのお話が終わったら百夜様のお部屋にいらしてたわ。お夕飯の前にはお帰りになってたから、貴女が知らないのも仕方ないけど」


「百夜様のお部屋に…」


 そう言って、赤くなる二人。

 生唾を飲み込んで、再び口を開こうとした、そのとき、


 ごほん


と、実にわざとらしい咳払いがそれを止めた。

 二人が弾かれたように顔を上げると、半眼で彼女達を睨む昴と苦笑するアピスの姿が目に入る。

 広い敷地故に車道からは離れ、更に人気が少ないせいで静かな屋敷の中で、囁き声といえど遮るものは何もなく、それらのやりとりはしっかりアピスと昴の耳に届いている。


「――っ…何もありませんでしたっ!!」


 二人は顔を一層赤くした後直ぐ様青くするという芸当を見せると、叫ぶようにそう言い、逃げるように部屋を後にする。

 二人が出ていった扉を見ながら昴は呆れたように溜息をついた。


「腐女子…」


「まあ、わからなくもないけど」


 さらりと同意を示したアピスを信じられないような目で凝視する昴を無視して、彼女は一度立ち上がったソファに再び腰かけた。


「オシリスという男性…話からすると、セレスティアに関係ないとは断定出来ないわね。命だ何だって、普通じゃしない会話でしょうし。調べてみる価値はあるかしら?」


「それでも1年前の話だから、どうだか…それより俺はストラフスキーという男の方が気になる」


「けど、ご友人なんでしょう?」


「百夜さんに電話で聞いてみるか?まあ、すぐにつかまらないかもしれないが…」


 海外に避難した百夜が今何をしているのか、閉ざされたニホンにいる彼等にはわからない。だがこの四院本邸内に混乱がない辺りから、百夜をトップに立てて醍醐の側近達が奮闘しているのだろうと昴は予想していた。だがそれもいつまでも続くまい。百夜は今、醍醐の穴を埋めるべく、勉強に忙しいに違いない、と。

 ソファにもたれるとアピスは目を瞑った。手慰みに、意識を集中させてアースを探る。リオールがいなくなってからというもの何度か試してはいるが、アピスのアースが及ぶ範囲にはラズの波動しか感じられない。これまでにアースが霧散した感覚がないことを踏まえると、死んではいないようだが――


「――あ、あのっ!」


 アピスの思考を遮るように、慌てた声が部屋の方に近づいてきた。つい今しがた部屋を出ていった使用人のものだ。何事かとアピスも昴も顔を上げて部屋に戻ってきた彼女の顔を見やる。しかし、飛び込んできた彼女自身、顔には困惑の色が浮かんでいる。


「何かありましたか?」


「あの、今さっき、玄関前に佐伯様のお車が…ベギン様という方がいらして――」


「失礼」


 彼女の言葉を遮って割り込む低い声。そして続けてその彼女自身をを押しのけるようにして、褐色の人影が部屋に割り込んでくる。予想だにしないラズの登場に、アピスも思わず眉をひそめた。しかし当のラズはそれを気にすることもなく、むしろどこか余裕のない表情でまっすぐにアピスのもとに向かう。


「一旦帰ろう。ここにいても意味がない」


「ラズ?」


「わかった。大体、何が起こっているのか」


 アピスの手を引き、立ち上がらせるとそのまま彼女を引っ張りその場から立ち去ろうとする。迷いがなく、それだけ、周りが見えていない。彼らしくない。それに気付いたアピスは慌てて足を踏ん張り、急かす彼の足を止める。


「ラズ!どうしたの!?」


 掴まれなかった方の手で彼の肩を掴み、強引に振り向かせる。目があった瞬間、はっと、彼が何かから覚めるように我に返ったのがわかった。

 心配そうなアピスの顔を見下ろしながら、いつの間にか乱れていた息を整える。と、その時、彼の視界の端に、使用人を部屋から追い出そうとする昴の姿が映った。

 それから少しの間があった。その間に、すばやくラズは部屋を見回す。集中し、アースを巡らせる。その気配を感じ取ったアピスが怪訝そうに彼を見上げたが、それに構う間もなかった。

 そして、見つける。


 ぽと


と、何かが落ちる音がした。それは小さな音だったが、静寂に包まれた部屋の中ではかろうじで耳につくくらいの大きさはあった。昴の、アピスの視線が音のほうにずれる。その視線に沿うようにして進み出たラズが、部屋の一隅にしゃがみこみ、何かを拾い上げた。顔をゆがめて、彼はすぐさまそれをごみ箱に投げ捨てる。その一瞬、ちらりと見えたその黒い塊に、アピスははっと息を飲んだ。

 ラズは昴の方を向くと、静かに口を開いた。


「もうこの部屋で話すことは何もない――帰るぞ。話はそれからだ」


 そのラズの言葉にアピスが頷き、それですべてが決まった。昴も、ただならぬ気配を感じ、こちらを向いたアピスの真剣な表情に答えるように力強く頷く。

 そうと決まれば後は早い。ぞろぞろと、三人はこの部屋に訪れた最初の目的など忘れてしまったかのように何の未練もなく、速やかに部屋を後にした。残された使用人は使用人で、突然の展開に頭が追い付いていないようだが、とりあえず、己の職務を果たすため、帰宅する三人の後に慌てて続く。

 部屋には、真に静寂に包まれた。

 人がいるだけで生じる呼吸音も存在せず、厚い扉に阻まれて外の音もそうそう聞こえてくるものではない。

 本当の静寂。

 ――しかし、その場に誰かがいたならば、気付いたかもしれない。

 さああ――と、砂が流れるような、そんな音。静寂の中に、密かに溶け込むノイズ音。


 部屋にたった一つのごみ箱の中。


 ラズが投げ捨てた黒い塊。

 空っぽのごみ箱の底で、わずかに音を反響させて、それは確かに起動していた。

 小さな小さな機械の塊。

 ――彼らが部屋を後にして、数分たった頃だろうか。

 ごみ箱からわずかな赤い光が漏れ、再びその中が空っぽになるその時まで。

 むなしい静かな砂嵐は、ごみ箱の中で反響していたのだった。

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