後日談 未来
柔らかな春の日差しが降り注ぎ、優しい風が頬を凪ぐ。
私たちは領地内のクローバー畑にピクニックにきている。
今、旦那様と娘は少し離れたところで花とクローバーを摘んでいる。
「お母様ー」
時折こちらに手を振る娘が可愛らしくて仕方ない。
しばらくすると、キラキラと輝く笑顔でこちらに駆けてきた。
私の手前で走るスピードを落とすと、ゆっくり、ぽすんと私の腕の中に飛び込んで、大きくなった私のお腹に頬をすり寄せた。
「お母様、はい」
小さな手で差し出したそれは、シロツメクサの花かんむりだった。
「一生懸命作りました。四つ葉のクローバーも入ってます」
「まぁ、幸福の花かんむりね」
「はい、お父様に教えて貰いました」
歩いてきた旦那様が遅れて到着した。
「四つ葉を探すのが大変だったよ。あれだけクローバーがあっても中々見つからないもんだな」
「お疲れさまです、あなた」
「マリアンネがどうしても、って言うからな」
「そうなの? マリアンネ」
「はい。赤ちゃんが無事に産まれてきますようにって」
「ありがとう、嬉しいわ」
お礼を言って頭を撫でてあげると、眩しい笑顔を返してくれる。
どんな宝物にも代えられない、私たち夫婦だけの宝物だ。
私のお腹ももう九ヶ月余り。 来月には出産予定になっている。
出産までの日々はもう慣れたもの。
そして、出産は今回もまた、前回お世話になった先生方が対応してくださるという。
お蔭で絶対沈まない神の船に乗ったつもりで、安心した日々を過ごしていた。
加えて、愛娘の作ってくれた幸福の花かんむりだ。
もう、出産どんと来いよね。
「お父様のも作ってくるー」
娘はそう言うと、また花の密集地帯に走って行った。
あらら、仕方ない子ね。
「今度は私が行くわ」
旦那様の花かんむりを作るのに、旦那様の手を借りるわけにもいかないでしょう。
娘の所に向かおうとした彼を止めて、私が行こうとすると……
「いくら臨月で、安定してるからってそのお腹で無理をするな」
そう言って彼に窘められた。
確かに花摘みの姿勢は辛い。
「ですが……」
彼と軽い押し問答をしていると、少し離れた場所に立っていた女性から声をかけられた。
「私にお任せ下さい」
彼女は元宮廷親衛隊の騎士だった。
前の出産時、王太子殿下の信頼する配下の者の妻が出産が危険なら是非そうするべきと、私を王室専用の病院に推薦して下さったのは実は王太子妃殿下。
出産の時も分娩室前の控え所にいらしてくれていて、無事出産した事を共に喜んでくださって以来、すっかり主婦仲間となった王太子妃殿下が護衛に是非と推薦して寄越して下さったのがこの彼女である。
親衛隊から当家の護衛では左遷みたいで悪いと思っていたのだけれど、是非にという王太子妃殿下たっての御指名とあってむしろ光栄ですと彼女は柔やかに笑ってくれていた。
「お嬢様はお一人で作られたいご様子ですし、それでしたら私がお近くで見守っておれば大丈夫かと思います」
「そうね。でしたら御願いできます?」
「承りました」
そう言うと、彼女は娘の所に早足で向かっていった。
「彼女はよくやってくれている。マリアンネも彼女には懐いているし、王太子妃殿下には感謝しないとな」
「そうね、でも、王太子妃殿下には狙いがあるんですけどね」
少し笑ってしまいそうになる。
「狙い?」
「そう、マリアンネをアルフォンス内親王殿下のお嫁に~っていつも言ってるもの」
「え?」
「王太子妃殿下、絶対に次期王太子妃の護衛のつもりで彼女を寄越してるわ」
堪えきれなくてクスクスと笑ってしまう。
「あー、そう言われればそうだな。 今もそんな感じに見えるし」
そして彼も笑い始める。
「将来の王太子妃かー」
「ローザリンデ様も、ヘンリック様のお嫁にマリアンネを狙ってるけどね」
「は?」
「お二人のご子息から既にモテモテよ? あの子」
「うわぁ……」
彼が心底困った顔をした。それはそうよね、どちらも優劣付けられない大事な恩人だし。
「決めるのはあの子、っていつも返してるから大丈夫よ」
「いいのか? それ」
「お二人ともそれで納得して下さってるもの」
「…………お二人がいいならいいのか」
「そうよ。どーんと構えてましょう」
あの子が将来王太子妃でも、侯爵婦人でも、あるいはそれ以外の道を歩んだとしても、私たちが成すべき事は何も変わらない。
子供の為、この子達が暮らすこの国の為、出来る事を精一杯成していくだけ。
彼は政治の場で、私はその彼を隣で支えていく。
「二人で頑張りましょうね」
「そうだな」
私が成すべきこと、まず第一はお腹の子の無事出産よね。
誰のお嫁さんになりたい? って聞いたら、お父様!と答える娘に頭を抱えたのはまた後日のこと……
アウレリア様に聞いて、素敵なお父様を持つ娘が一度は通る道よと言われて、自分は無かったなと思いつつホッとしたのは更に後日のこと。