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かつて世界を一つにした『最強の敵』、次は『偽りの凡人』として支配する  作者: 路地裏の猫
第一章

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第五話 他種族共生都市「ギーデン」

 私たちは今、ギーデンを目指して街道を突き進んでいる。

 馬車の窓を開くと、初夏の陽気を含んだ心地よい風が吹き込んできた。

 ほのかな若草の香りが鼻腔をくすぐる。実に気持ちがいい。


「お二人さんは、なぜギーデンに?」


 馬車を操る御手の男が、前方の小窓からこちらを覗き込んできた。


「旅をしているんです」


「旅? へぇ、何か目的でもあるのかい?」


 ふと窓外に目を向けると、草原を鹿の群れが軽やかに駆け抜けていくのが見えた。


「――自由になりたくて、旅に出たんです」


「ははあ、なるほど。そいつはいい理由だ」


 ギーデン。果たして、どのような街なのだろうか。

 多種族共生都市。

 その名が示す通り、多様な種族が混ざり合って暮らしているのだろう。

 だが、それは決して美しい面ばかりではない。

 『違い』があれば摩擦が生じ、摩擦があれば火種が生まれる。

 トラブルや争いは、共生という言葉の裏側に常に潜んでいるものだ。


 前世では、そんな醜い争いを嫌というほど見てきた。

 この街が、そんな歴史の轍を踏んでいなければいいのだが。


 馬車貸しの主が言った通り、私たちは二日足らずでギーデンへと到着した。

 街の巨大な門が見えるより先に、私はその特異な光景に気づく。


 街道を歩く者たちの姿が、あまりに多彩なのだ。

 屈強な体躯を持つ獣人族、背は低いが横幅のあるドワーフ族、鈍色に輝く鱗を纏ったリザードマン、長い耳を揺らすラビットフォーク……。


 挙げていけばキリがない。それほどまでに、この街の多様性は群を抜いていた。

 彼らは皆、それぞれの種族が持つ天賦の才を仕事に変え、この巨大な経済圏を回している。


「クロム様。改めて見ると、凄まじい数の種族ですね……」


「ああ。まさか、これほどまでとはな」


 想定を遥かに上回る発展を遂げたこの街は、実に興味深い。

 種族ごとの特性に配慮された居住区と、それらが一つに混じり合う喧騒の商業区。

 重厚な石造りの門を通り抜けると、そこにはまさに「混沌カオス」と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。


「……すごい」


 語彙を失い、ただそんな呟きが漏れるほどに。


 まず目を引くのは、それぞれの生態に合わせて独自の進化を遂げた建築物の群れだ。

 人族には見慣れた石造りの建物の隣には、ドワーフ族が好む地下へと続く堅牢な入り口が口を開けている。

 さらに視線を上げれば、有翼人フェザーフォルクたちが住まう、断崖や高塔に張り付いた天空の住居が陽光を反射していた。


 石畳の街道は、凄まじい熱気に包まれている。

 多様な種族が行き交い、混ざり合う。本来なら反発し合うはずの異質な文化が、この一つの空間で奇跡的な均衡バランスを保っていた。


 立ち並ぶ露店からは、嗅いだことのない刺激的な香辛料の匂いや、脂の乗った肉が焼ける芳醇な香りが漂ってくる。

 どこからか響くのは、カンカンとリズム良く鉄を叩く音と、それに負けないドワーフたちの太い掛け声。

 小さな兎人族ラビットフォークが器用に人混みを縫って駆け抜け、その横を体長三メートル近い竜人族リザードマンが、地響きのような足音を立てて悠然と通り過ぎていく。


 建築、食、音、そして命。


 その全てが、私にとって未知の輝きを放っていた。

 多様性の果てにある混沌。それは決して不快なものではなく、むしろ生命の力強さを叩きつけられるような、不思議な心地よさを伴っていた。


「ニル。この街は――いいな。活気がある」


「はい。……これだけの種族がいれば、食文化の深掘りにも困らなそうです」


 ニルの相変わらずな返答に、私は思わず口角を上げる。

 未知の体験が、至る所に転がっている。

 この無数の「初めて」を、私は心ゆくまで楽しもうと決めた。

 活気に当てられながら少し進むと、次の旅路を示す「馬車貸し」の看板が見えてきた。


「さぁ着いたぞ! ここがギーデンだ。飯を食うも良し、装備を整えるも良し! 精一杯楽しんでこい!」


 送り届けてくれた御手のおじさんは、豪快に笑いながら馬を休ませるために奥へと消えていった。

 改めて周囲を見渡すと、肌を刺すような熱気と多種族の喧騒に、ここが本当に賑やかな街なのだと思い知らされる。


「……クロム様。一つ、お願いがございます」


 不意に、ニルが私の袖を控えめに引いた。見上げれば、彼女の瞳はかつてないほど真剣に、一点を射抜いている。


「どうした?」


「あの店の肉を、食べたいです」


 私は思わず目を点にした。

 そういえば、この有能な従者が「食」に関しては一切の妥協を許さない性格であることを失念していた。

 ニルが熱烈な視線を送っているのは、威勢の良い店主が炭火を操る肉焼き屋台だ。

 

「そう言えば、今日はまだ何も口にしていなかったな。……よし、行こうか」


 店先へ向かうと、視界を埋め尽くしたのは黄金色に輝く骨付き肉の山だった。

 ジュージューと脂の弾ける音と、脳を直接刺激するような香ばしい匂い。

 それだけで涎が溢れそうな暴力的な誘惑だ。

 ……横を見ると、美貌を台無しにするほど口元を緩ませているニルの姿があった。


「すみません、これを二つください」


「あいよ! 特製スペアリブ二つだね。横の席で食っていくかい?」


「はい、お願いします」


 私たちは店の脇に並べられた簡易的な机と椅子に腰を下ろした。

 行き交う多種族の人波を眺めながら、肉が焼き上がるのを待つ。

 隣ではニルが、尻尾があればぶんぶんと振っていそうなほど、ソワソワと落ち着きなく私を見つめていた。

 

 やがて、芳醇な煙を纏った肉が運ばれてくる。


「待たせたな、特製スパイス焼きだ!」


「ありがとうございます」


 立ち上る湯気と共に、複雑に調合された香辛料の香りが鼻を突く。

 すでに肉にがっつき、幸せそうに頬張るニルに味を確認しようとした。


(……っ。クロム様、これ、信じられないほど美味しいです)


 食べることに全神経を集中させるためか、わざわざ思念同調リンクを通じて答えるニル。

 そこまでして効率よく食べたいのか。


「そこまでするか? ……よし、私も頂こう」


 私も骨を掴んでその肉塊に噛みついた。


 見た目の荒々しさとは裏腹に、肉質は驚くほど柔らかい。

 溢れ出した肉汁が口内を支配し、続いてピリッとした黒胡椒と、ハーブの香ばしさが追いかけてくる。


「うまいだろ? ここの肉はさ」


「え?」


 不意に背後から声をかけられた。

 振り返ると、後ろの席に腰掛けた一人の「狐」が、こちらを向いて不敵に笑っていた。

 琥珀色の毛並みに、豊かな尻尾を持つ獣人族の女だ。黄色の身軽そうな旅装に、腰には一振りのレイピア。


「ここの肉はこの街で一番だ。この店を選んだ時点で、君には旅の才能があるよ」


「……そうなんですね。確かに、驚くほど美味しいです」


 しなやかな指先で武器を撫でる仕草には、冒険者特有の「隙のなさ」が漂っている。


「この街は初めてかい?」


「はい。さっき着いたばかりです」


「美人の付き人がいるとはいえ、子供が一人で旅とはね。珍しいこともあるもんだ」


 彼女はニルに一瞥をくれながら、手慣れた手つきで肉を平らげていく。


「旅行ではなく、旅ですけどね」


「似たようなものだろう? それとも、私と同じで『冒険者』なのかな?」


「登録はしていますが、本業というわけではありません。……私たちは、王都を目指しているんです」


「王都か。ここからだと、まだ一山あるね。――おじさん、ご馳走様。会計は置いておくよ」


 彼女は食べ終えた皿を片付けると、軽やかな動作で席を立った。

 

「いい旅になるといいね。じゃあな、少年。――そっちの美人もな」


 狐の獣人は、一度だけその豊かな尻尾を揺らすと、流れるような歩調で人混みの中へと溶け込んでいった。


「……なんだったんだ、今の人は」


 ただの通りすがりの旅人に、あそこまで自然体に話しかけてくるものだろうか。

 まあ、一癖も二癖もある冒険者の中には、稀にそういう手合いも存在するが。


「ニル。さっきのあの女、どう思う?」

「特に何も思いませんでした。……少々、クロム様への口調が馴れ馴れしかったのは気にかかりますが」


 ニルにとっては、無礼か否か以外はどうでもいいらしい。

 「クロム様、余っているのでしたら私が頂いても?」と、すでに私の皿にある骨の髄まで狙っている。

 私は苦笑しながら許可を出した。


「……だが、あの女。相当に強いな」


「ええ。私も同意見です」


 彼女には、一切の隙がなかった。

 正確には「自然体」すぎて、敵意や殺気といったノイズが皆無なのだ。

 道端に転がる石を誰も気に留めないように、存在そのものが風景に溶け込んでいる。

 私やニルでなければ、実力者だと認識することさえ難しいだろう。

 その魔力の波長は、驚くほどに静寂を保っていた。


「食べ終わったか、ニル」


「はい。今、最後の一口を」


 ニルは骨以外を驚くほど綺麗に平らげると、付属の紙で口元を拭った。

 その一連の動作が、野生的な食べっぷりとは裏腹に、完璧な礼儀マナーに基づいているのが彼女らしい。


「ご馳走様でした」


「ああ、また来てくれよ。お二人さん!」


 私たちは店を後にし、熱気の渦巻く主街道を歩き始める。

 やはり行き交う人々は多種多様だ。

 この街が「共生」を謳うだけあって、実によく作られていると感心するのは、この通りの構造にある。


 例えば、背が低い小人族や幼い獣人のために、踏み荒らされないための専用の脇道が設けられていたり、巨躯を誇る種族が肩を寄せ合わずに済むよう、道幅が異常なほど広く取られていたりする。


 異なる生態を持つ者同士が、互いにストレスを感じないための工夫が、街の随所に凝らされていた。


 例のごとく、私たちはまず宿を探すことにした。

 拠点となる場所を確保しなければ何も始まらない。

 旅において、心身を安らげる睡眠の場は何よりも優先されるべきだと私は考えている。

 ふと見れば、前方の通りが妙に騒がしかった。

 人混みが波打ち、誰かが逃げ回っているような、そんな落ち着かない空気。


「……賑やかな街だが、少々騒がしすぎるな」

 

「はい。不快なほどに耳障りです」


 いい意味でも悪い意味でも、この街のエネルギーは過剰だ。

 そんなことを考えていた矢先、ドンッ、と私の体に何かがぶつかった。


「痛っ! ……ご、ごめんなさい!」


 ぶつかってきたのは、小さな子供だった。

 歳は七つかそこらだろうか。

 顔を上げたその子は、獣の耳をぺたんとしな垂れさせ、潤んだ瞳で私を見上げている。


「大丈夫だよ。次からは気をつけるんだ」


 子供のすることだ、少しくらい羽目を外して走り回ることもあるだろう。

 私が優しく促すと、その子はぺこりとお辞儀をして、再び人混みの向こうへと消えていった。


「可愛い子だったな」


「……今回は許しますが、次があれば私がその両足を切り落として差し上げます。ご安心ください」


「ニル、それは安心どころか恐怖しかないぞ」


 彼女の言葉が冗談に聞こえないのが、この従者の恐ろしいところだ。

 私たちは気を取り直し、再び宿を探し始めた。


 喧騒を避け、一本裏の脇道へ入る。

 少し進むと、いくつもの看板がひしめき合う宿屋街が見えてきた。


「どこがいいだろうか」


 ミルフたちから受け取った礼金があるとはいえ、節約するに越したことはない。


 何軒かの宿を巡っていると、ふと珍しい料金体系を掲げた店を見つけた。

 大抵の宿は一泊単位で宿泊料を取るものだが、この宿は違う。

 一時間ごとの「時間制」を採用しており、提示されている値段も圧倒的に安い。

 

「ここにしようか、ニル。ここなら安く上がりそうだ」


 私がそう提案すると、隣にいたニルが露骨に顔を背けた。


「ク、クロム様……。その、ここは、ですね」


「どうした? 何か問題でもあるのか?」


 窓には薄紅色のカーテンが引かれ、看板にはなぜかハートの意匠が施されている。

 安さの秘訣は、この独特な内装にあるのだろうか。

 だが、内装が少しばかり派手な程度、寝る分には問題ないだろう。

 

「まあいい。少し変わった趣味の宿だが、実害はないはずだ。だからニル、そんなに心配しなくても……」 


 私が言いかけたその時、宿の重厚な扉から一組の男女が出てきた。

 互いの身体を隙間なく密着させ、どこか熱を帯びた、酷く親密な空気を纏っている。

 よくよく観察してみれば、先ほどから出入りしている客は、例外なく男女のペアばかりであることに気づく。


「ニル。男女がこれほど頻繁に出入りしているとは、よほど評判の良い人気の宿なのだろうか」


「ですから、クロム様! この宿はですね、いわゆる、その……」


 やたらと言葉を濁し、顔を朱に染めて喋るのを拒むニル。私はいい加減痺れを切らし、彼女を真っ直ぐに見据えた。


「何が言いたい? 言いたいことがあるなら、はっきりと言えと教えたはずだが。忘れたのか?」


「……っ。わかりました。そこまでおっしゃるのなら……この宿は、雌雄がその、性交に耽るための場所です」


 性交。

 生物が子孫を残す、あるいは快楽を得るために行う根源的な行為か。

 私はこういった世俗の「文化」に関しては、知識として知っていても、実感を伴う経験として関わることがほとんどなかった。

 前世でも今世でも、私には無縁の領域だ。


「なるほど。だからあのように、男女揃っての出入りが多いというわけか」


「クロム様。……わたくしめは、クロム様のお望みとあらば、構いませんが」


「ニル。ふざけるのは大概にしろ」


「っ! ふざけてなどいません! 私はただ――ッ!」


 何かを必死に訴えようとするニルの言葉を背中で聞き流しながら、私は踵を返した。

 これ以上ここに留まっては、彼女の妙な妄想を加速させるだけだ。

 

 私は冷静さを装ったまま、別の「健全な」宿を探すべく歩き出した。


「……やられたな」


 ふと懐の違和感に気づき、私は足を止めた。


「どうかいたしましたか、クロム様」


「金を盗まれた。……鮮やかな手際だ」


 大きな街であれば、こうした犯罪は日常茶飯事だ。

 警戒はしていたつもりだったが、私の意識の外側を掠め取っていくような、実に見事な窃盗術だった。

 感心さえしてしまうほどに。


「――。クロム様、私めにお任せください。恐らく先ほどのクソガキでしょう。地獄に落ちる方がマシだったと思わせる制裁を、今すぐ与えて参ります」


 ニルの表情は、文字通り鬼神の如き形相へと一変していた。

 その身から溢れ出す殺気が、周囲の空気をピリつかせる。


「待て、ニル。場所はわかっている。あの子の魔力の波長はすでに捉えた」


 私は意識を集中させ、街のノイズを排して特定の波長を追いかける。


「ここから東へ進んだ先……古びた小屋だ。人数は四人」


 方角から察するに、そこはこの街のスラム街だろう。

 淀んだ魔力が入り交じる場所から、先ほどの子供の微かな波長を感じ取った。


「では、即刻、ほふって参ります」


「いや……何やら理由があるようだ」


 私が捉えた波長は全部で四つ。

 一つは弱々しく、恐怖に震えている――先ほどの子供だ。

 だが、残りの三つは澱んだ大人の波長。

 それらが子供を取り囲むように、威圧的に配置されている。


 こうした状況で考えられる理由は、一つしかない。


「――脅されているな。あの子供は、使わされているだけだ」



羨ましいぞクロム

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