表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「異世界?それも想定内だ。33年間、あらゆる可能性を生きてきた男」  作者: JX


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/74

第54話 届かない背中

いよいよジェクスの模擬戦本番。ガレス相手に、どこまで通用するのか——じっくりお届けします。

「――まずはジェクス、前に出ろ」


呼ばれて前に出ると、ガレスが軽く肩を回しながら向き直った。


「――手加減はいらねえよな」


「望むところです」


開始の合図とともに、ジェクスは間合いを見極めながら、じりじりと足を運んだ。


(――まず、観察だ)


想定録の棚を開くまでもなく、目の前の相手を注意深く見つめる。ガレスの重心は、常にわずかに前寄り。踏み込む直前、右肩がほんの一瞬だけ落ちる癖がある。


(――右肩が落ちた時が、踏み込みの合図か)


一度目の踏み込みを、ジェクスは半歩引いて躱した。狙い通り、右肩の予兆を読み切っての回避だった。


「――ほう」


ガレスの口元に、興味深そうな笑みが浮かぶ。だが、その笑みが浮かんだ瞬間には、既に二撃目が放たれていた。


「――速い!」


かろうじて剣で受けたが、衝撃で腕が痺れた。一撃目とは、明らかに軌道も速度も違う。


(――同じ予兆から、二種類の攻撃を出し分けてる。読み切ったつもりが、まだ半分だ)


ジェクスは、剣を構え直しながら、さらに観察を重ねた。呼吸のリズム、視線の動き、足運びの重心移動――一つ一つの情報を、想定録の棚に刻みつけていく。


三合目。今度は、右肩の予兆に加えて、ガレスの視線が一瞬だけこちらの足元に落ちるのを見逃さなかった。


(――視線が落ちるのは、下段への布石か)


読みを頼りに、上段への防御を捨て、下段への備えに重心を移す。


「――そこも読んだか」


ガレスの声には、明らかな驚きが滲んでいた。だが、放たれた一撃は、下段ではなく、上段からの変則的な袈裟斬りだった。


「――くっ!」


肩口を浅く斬られ、ジェクスは後方へ飛び退いた。


(――視線を落としたのは、フェイントだったのか。いや、違う――)


痛みを堪えながら、ジェクスは頭の中で情報を組み立て直した。


(――視線の動きそのものに、意味はない。あの人は、俺がどう読むかを、逆に読んでる)


その気づきに、ジェクスは奥歯を噛んだ。相手の癖を読む、という土俵そのものが、既にガレスの手のひらの上だった。


「――分かってきたみたいだな」ガレスが、剣を下げずに言った。「だが、まだ足りない」


「――何が、足りないんですか」


「お前は、俺の"次の一手"を読もうとしてる。それ自体は悪くない。だが、本当に強い相手は、お前に読ませた上で、その読みごと利用してくる。読みの精度を上げるだけじゃ、いずれ頭打ちになる」


「――じゃあ、どうすれば」


「――読まれることを前提に、読まれた先の、さらに一歩先を用意しておくことだ。今のお前には、まだそれがない」


言い終えると同時に、ガレスの姿が消えた――ように見えた。


(――違う。消えたんじゃない。踏み込みの速度が、単純に、俺の反応速度を超えてる)


想定録が、その動きの全容を捉えきれないまま、剣が首筋に突きつけられていた。


「――そこまでだ」


肩で息をしながら、ジェクスは剣を下げた。全身、汗だくだった。何度も相手の癖を読み、対応を重ねたにもかかわらず、決定的な一撃には、一度も届かなかった。


「――どうだ、疲れたか」


「――正直、こんなに何もできなかったのは、久しぶりです」


「悪くない。むしろ、今日一番、俺を"読んで"きたのはお前だ。それでも届かなかった、ってだけの話だ」


ガレスは、剣を肩に担ぎ直した。


「――お前の強さは、積み重ねた"引き出しの多さ"にある。だが、いざという時、どの引き出しを開けるかの判断が、まだ一拍遅い。それに、読みという土俵の上だけで戦おうとしすぎだ」


「――一拍、ですか」


「戦闘は、常に想定外の連続だ。想定録とやらがどれだけ豊富でも、選ぶ速度が追いつかなきゃ、宝の持ち腐れだ。それと、読みが外れた時の"次の一手"を、もっと持て」


その指摘は、ジェクス自身、薄々感じていたことだった。想定録は情報を瞬時に呼び出せる。だが、無数の選択肢の中から、最適な一手を選び切る速さと、読みが外れた時の保険――そのどちらもが、まだ足りていなかった。


「――ありがとうございます」


「礼はいらん。それより、次だ」


ガレスの視線が、次の順番を待つカイドへと移った。


ジェクスは、肩の傷を押さえながら、一歩下がった。想定録の棚に、また新しい空白が刻まれていく。読み合いの土俵そのものを、もう一段上から見下ろす視点――それが、今の自分に足りないものだと、痛いほど分かっていた。


(――埋めればいい。それだけの話だ)


汗を拭いながら、ジェクスは静かに、次の一手を考え始めていた。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

相手の仕草や視線を読み、対応していくジェクス。だが、その「読み」ごと利用してくるガレスの底の見えなさに、最後まで届きませんでした。「読まれることを前提に、読まれた先のさらに一歩先を用意しておく」——この課題が、今後どう克服されていくのか、見届けていただけたら嬉しいです。

次話では、カイドの模擬戦をお届けします。感想・評価いただけると励みになります。次話もお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ