第117話 神聖なる嘘
神殿の奥に潜む陰謀と、シグルドの行方——静かに、真実へと近づいていきます。
神殿の最深部、白亜の広間に、高位神官たちが、静かに集っていた。
「――例の件は」
上座に座る、老いた大司教が、静かに、口を開いた。
「――シグルドの身柄は、確保しております」神官の一人が、恭しく答えた。「持ち出そうとした書物も、無事に、回収済みです」
「――良かろう」大司教は、静かに頷いた。「あの若造には、しばらく、頭を冷やしてもらう。……くれぐれも、外部には、悟られぬように」
「――しかし、大司教様」別の神官が、僅かに、躊躇いを見せながら、続けた。「あの書物に書かれていたこと――本当に、隠し通すおつもりですか」
「――当然だ」大司教の声に、初めて、僅かな苛立ちが滲んだ。「あれが公になれば、この国の信仰そのものが、根底から、揺らぐことになる。……そんなことは、断じて、あってはならん」
その声には、単なる信仰への忠誠だけでは、説明のつかない、何か別の切迫感が、微かに滲んでいた。大司教は、静かに、自らの手のひらを、一瞥した。
(――この力を、手放すわけには、いかん)
その胸中に浮かんだ想いは、誰にも、聞かれることなく、静かに、消えていった。
「――ですが」
「――お前も、分かっているはずだ」大司教は、静かに、しかし、有無を言わさぬ調子で、続けた。「我らが受け継いできた、聖なる力――その全てが、まやかしだったなどと、誰が、信じられるものか」
その言葉に、居並ぶ神官たちが、静かに、目を伏せた。
「――他に、動きは」
「――王都から、討伐隊に加わっていた者が、二名、密かに、入国した形跡があります」
その報告に、大司教の目が、鋭く、細められた。
「――ジェクス、とか言ったか。……アリシャという女も、一緒か」
「――おそらくは」
「――厄介なことだ」大司教は、静かに、息を吐いた。「だが、これ以上、真実に近づかせるわけには、いかん。……見つけ次第、丁重に、お引き取り願え」
その一言に、部屋の空気が、静かに、しかし確実に、冷たくなっていった。
***
隠れ家の一室、ルカは、震える声で、知っていることを、静かに語り始めていた。
「――シグルド様が持ち出そうとした書物には」ルカは、慎重に、言葉を選びながら、続けた。「神聖魔術の、詳細が、記されていたそうです」
「――神聖魔術の、詳細?」ジェクスが、静かに、尋ねる。
「――ええ。……ですが、私が知っているのは、それだけです」ルカは、悔しげに、首を振った。「詳しい中身までは、シグルド様自身、まだ、私には、話してくださっていませんでした」
「――それだけの理由で、あの騒ぎになったのか」アリシャが、思わず、呟いた。
「――それが、逆に、おかしいんです」ルカは、真っ直ぐに、二人を見据えながら、続けた。「ただ神聖魔術の詳細が書かれているだけの本を読もうとして、あそこまで、激しく制止される。……普通じゃ、ありません」
「――つまり」ジェクスが、静かに、続けた。「その本の中身自体が、何か、都合の悪いものを含んでいる、ということか」
「――そう考えるのが、自然です」ルカは、苦々しげに、頷いた。「シグルド様は、それを確かめようとして、上層部の逆鱗に触れた……そういうことだと、思います」
その説明に、ジェクスは、静かに、拳を握りしめた。
「――待って」
その静けさを破ったのは、アリシャの声だった。その表情には、隠しきれない、緊張の色が浮かんでいる。
(――この本の中身が、あの黒い炎に、聖なる魔法が効かなかった理由と、繋がってるのかもしれない)
あの夜――シグルドさんの光が、ジェクスの傷を癒せなかった、あの光景。自分自身の時間の力すら、あの闇に、届かなかった、あの絶望。
「――何か、気づいたのか」ジェクスが、静かに、尋ねる。
「――まだ、断定はできないけど」アリシャは、静かに、しかし確かな緊張を滲ませながら、答えた。「それでも、全てが、少しずつ、繋がっていく気がするの」
その予感は、決して、心地よいものではなかった。
「――シグルドは、今、どこに」ジェクスが、静かに、しかし確かな決意を込めて、尋ねた。
その問いに、ルカは、僅かに、視線を落とした。
「――神殿の、地下牢に、囚われていると思われます」ルカは、静かに答えた。「正確な場所までは、私にも、分かりません。……ですが」
「――ですが?」
「――一つだけ、確かなことがあります」ルカは、真っ直ぐに、ジェクスを見据えながら、続けた。「上層部は、シグルド様を、簡単には、解放しないでしょう。……真実を知られた以上、それは、あまりにも、危険すぎる」
その言葉に、隠れ家の空気が、静かに、しかし重く、張り詰めていった。
「――助け出す」ジェクスが、静かに、そう言い切った。「シグルドを、見捨てるわけには、いかない」
アリシャも、静かに、頷いた。
「――どんな手を使ってでも」
その決意に、ルカは、僅かに、目を見開いた後、静かに、頭を下げた。
「――どうか、お力を、お貸しください」
証拠なき戦いの、その最初の一歩が――今、静かに、動き出そうとしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
神殿上層部の緊迫したやり取り、そしてルカから明かされる断片的な真実——「本には神聖魔術の詳細が書かれている、ただそれを読もうとしただけで、あそこまで激しく制止された」という不自然さが、逆に大きな疑念を呼び起こします。あの魔王戦の夜を思い出し、何かに気づきかけるアリシャの姿も描いてみました。シグルドさんは、地下牢に囚われていると判明——「助け出す」という決意で、二人の調査は次の局面へ進みます。
次話もお楽しみに。




