2話 満ち溢れる黒歴史
「そういうわけで、君は死んだのです。解ったかな……?」
パルピーが気遣わしげに莉緒を覗き込む。莉緒は、うん、と生返事を返し、顔を歪めて映像から目を逸らした。
自分が跳ね飛ばされる姿を見ても、やはり莉緒は実感がわかなかった。悲しみよりも気持ち悪さが上回って、死体がグロくてきもい、ぐらいにしか思えない。
(死んじゃったのかー。そっかー…………あれ、そういえば……!?)
「デスさま、意外に落ち着きのある子で良かったですね! これならスムーズに作業が行えます!」
「うむ、その点だけは評価――」
「あああああああああああ!?」
莉緒は重大なことを思い出した。大学生になった自分へのお祝いとして買った、色々な物のことを。今日は念願のそれが届く日だったのだ。乙女ゲームにBLゲーム、人を選ぶ内容のBL漫画に小説、しかもそれらは全て18禁である。おまけに興味本位で頼んだ大人のおもちゃ、危ない下着にSMグッズ各種。
莉緒が死んでしまった今では、あれらを開けるのは家族しかいない。娘を失って打ちひしがれている所に届くいかがわしい品々。それらを開封した時の両親の反応……。
その場面を想像した瞬間、莉緒は半狂乱になってわめいた。
「いやあああああああああーっ! あたしを戻して! 荷物を破壊させてっ!」
しかもそれだけじゃない。パソコンの中身だって見られたらやばいものがいっぱいだ。自作の小説なんか読まれた日にはもう莉緒はどうにかなってしまう。死んでいるにもかかわらず、そう思うのはどうしようもないことだった。
その上それを父親に見つけられたら――亡き愛娘を偲び、遺作としてその小説を発行し、親類縁者に配るだろう。莉緒の父親ならやりかねなかった。
「あたしの人生お終いだよおおおおおお…………!」
デスがうんざりした表情で、髪を振り乱してわめく莉緒をあごでしゃくる。
「おい、パルピー……」
「はーい、デスさま」
またかよ、と思ったが、そんな感情はおくびにも出さずに、パルピーはにこやかに請け負った。
「もー、落ち着いてくださいよ。死んでしまったあなたには関係のないことでしょう」
「そういう問題じゃないんだよ! 荷物の中身を見られたら、あたし恥ずかしくて死ぬ!」
「もう死んでますって」
「小説とか! 同じ趣味の子にみられるならいいけど、パンピーにはみられたくないいいいいいいい!」
「ぼくは故人の笑い話になって和むと思いますけどね」
「和まない! 笑い者になんかなりたくない!!」
パルピーの慰めにもならない慰めは、莉緒を煽るばかりで逆効果にしかならなかった。
「もうやだ、死にたい……」
ここに来て莉緒は初めて涙した。
「なら良かったじゃないですか! もう死んでるんだから」
だからそういう問題じゃないんだ、と莉緒は泣きながら思った。
ひとしきり泣き喚いてすっきりした莉緒は、ようやく立ち直った。
(パパ、ママ、ごめんね。莉緒のことは忘れて…………特に荷物とかパソコンとか)
鼻をすすりながら、胸中で両親と自らの黒歴史に別れを告げた。
ふっと顔を上げると、心配そうな顔をしたパルピーと視線がかち合う。自分を労わってくれているのだろうか、と思い微笑むと、パルピーも微笑み返してくれたので、莉緒の心は少しだけ慰められた。
パルピーにしてみれば、まだ泣くのか? 勘弁してくれよ……。あ、笑った。やれやれ、これで話を進められる。という感じだったが。
「落ち着きました?」
「うん……」
「では、これから莉緒さんのこれからについて説明しますね」
そう言ってから、パルピーは背後を振り仰ぎ、「デスさま、お願いします」と言って、デスと入れ違いに後ろに下がった。
そしてデスは莉緒の前まで来ると、仁王立ちして威圧感もあらわに見下ろした。
莉緒は嫌な予感しかしなかった。
「光栄に思うがいい」
第一声からこれだ。莉緒はげんなりした。
「お前は栄えある転生計画の要として選ばれたのだ。生まれたての癖に汚れきった魂を磨け」
(何それめちゃくちゃ大変そう。ていうかあたしそんなに汚れてないし)
デスの言葉に腹を立てた莉緒は、せめてもの反抗心を奮い起こし不機嫌な顔で質問した。
「それをしてあたしに何のメリットがあるんですか……」
「そうか、地獄に行くか」
「やらせていただきます!!」
そんな反抗心は、すぐ挫かれてしまったが。
「安心してください、ちゃんとメリットならありますから。清き魂は神の御許へ……。つまり魂が洗練されれば、神さまのお傍にいけることができるのですよ!」
「はあ……」
デスの態度をフォローするように、パルピーが力説してくれたが、そんなことを言われても、莉緒にはありがたいなどとはまったく思えなかった。神なんて興味ないし、傍にいって何が嬉しいんだろう。イッちゃうくらいの快感をえられるとか? などと不届きな考え事をしていたら、何故かデスに射殺しそうな視線で睨まれたので、慌てて居住まいを正した。
「とりあえず、お前には準備が整うまで、魂の特訓というものがどういうものかを体験してもらう」
デスがそう言うと、虚空に小型のスクリーンとキーボードらしきものが現れ、デスの前に浮遊した。彼はそれを手馴れたようにカタカタと操りだした。
背すじをピシッと正して、真面目な顔で操作しているデスの姿は、イケメンだけあって様になっている。莉緒は思わず見とれてしまった。
「そういえばお前は小説を書いていたのだったな」
「え、まあ、ちょっとした趣味で……」
デスは操作していた手を休め、おもむろに口を開いた。
「”デスメタル★コンチェルト” ドッカーン!ガラガラガッシャーン。。。! それは王宮で起こった。突然現れ爆弾を投げつけたリオレッタに対して、王子は懐からリボルバーを取り出しパキューンと撃」
「うわああああああああ! 声に出して読まないで!! ぎゃっ!」
ぼうっとなっていた莉緒だったが、デスの暴挙にパニックになってスクリーンに突進した。だが見えない壁に阻まれてしまい、莉緒の体はゴム毬のように吹き飛ばされてしまった。
「なんという稚拙な文章なのだ……。小説としての体をまったくなしていないな」
「くっ……」
反論したいが、デスが恐ろしいので出来ない。莉緒はうつ伏せになりながら、悔しさに歯噛みした。
「まあよかろう。…………それでこの話の時代設定は一体どうなっている」
「一応中世ヨーロッパ風を意識してみたんですけど……」
「そうか。それは丁度いい。では、この話を元に仮想世界を作る。足りない部分は補完してやる。……大幅な修正も必要だな。とりあえずは、ここで出来るだけ長く生き延びてみせよ」
「えっ」
デスがキーを押した瞬間、莉緒の体が光に包まれた。意識が徐々に薄れていく。そんな中で、デスの冷え切った声が聞こえる。
「神の御使いに対して道端の糞、などという無礼な想像をしたことを後悔しながら生きるのだな。せいぜい汚物にまみれるがいい」
遠のく意識の中で、莉緒は恐怖に戦慄した。