8話 酒の力
リオレッタがエドワードに勧めた酒は、婚約のお祝いとして父の知己であるパーマストン伯爵に頂いたワインだった。
殿下と召し上がってくださいという言葉と共に贈られた品だったので、ここ最近まで一度も開封せず水倉で眠っていたのだ。
しかしそんな機会は訪れないだろうと思っていたし、何よりエドワードのことでむしゃくしゃしていたので、リオレッタは二週間程前から一人で少しずつ楽しんでいた。
だがここにきてようやく本来の役割を果たすのだ。伯爵と父も喜ぶことだろう。
毒見を済ませたゴブレットの中身を、ゆっくりと味わっていたエドワードが機嫌よく笑った。
「なかなか美味いな」
「それはようございました。エドワードさまのご自慢のワインもとても美味しいです」
リオレッタもいい気分になって笑い、しかし言葉選びは慎重に他愛ない会話を続けた。
リオレッタは酔うと口が軽くなる。いつも以上に余計なことを口走ってしまう可能性が大いにあるのだ。気をつけなければならない。それに、これからエドワードをいい気分にさせて、頼み事をするのだから。
会話も盛り上がって一段落ついたところで、リオレッタは本題を切り出すことにした。まずは優雅な微笑み貼り付け、雰囲気作りの前振りだ。
「エドワードさま、わたくしはエドワードさまとこのように楽しくお話できてとても嬉しいです」
そう言って微笑むリオレッタを、エドワードは真顔でまじまじと見詰めた後、視線を落として呟いた。
「……無理をせずとも良い。お前は笑っているつもりなのだろうが、口元が引きつっているぞ。不気味な顔はやめろ」
「……」
リオレッタはエドワードの言う引きつった笑顔のまま、言葉に詰まってしまった。本題に入ることもできずいきなり失敗だ。慣れない事はするものではない。
「いえ、あの、嬉しく思っているのは本当なのです。わたくしたちは喧嘩ばかりですし……」
しどろもどろになってしまったリオレッタに対して、エドワードは何も言わずに手中のゴブレットを見詰めるだけだった。
気まずい沈黙が二人の間に漂う。その沈黙を先に破ったのはエドワードだった。
彼はゴブレットの中身を一気に呷ると、人払いを始めたのだ。
リオレッタは青ざめた。人に見せられないような無体な真似をする気だろうか。いざとなれば、以前のように急所を攻撃して逃げてしまえばいいが……。
物騒な考えにふけるリオレッタをよそに、エドワードは真面目な表情で話し始めた。
「お前は思っていることがすぐ顔に出る。いや、言葉にも出るな。しかし私は……お前のそういう所が気に入っているのだ。だから言いたいことがあるならはっきり言え」
憎からず思われているというのは、今までの態度でなんとなく察することが出来た。しかしこの言葉はリオレッタを激しく苛立たせた。
はっきり言えば怒るくせに。気に入ってるなんて嘘だ。たが本人がそういうならはっきり言わせてもらおうではないか。
酒のせいか、いつもより直情的になっていたリオレッタは、エドワードをギロリと睨みつける。
「怒らないと誓ってくださるのなら」
もちろんきちんと前置きすることは忘れない。
「誓おう」
リオレッタの要求にエドワードは怒ることなく素直に従った。どうやらエドワードは、酒が入るといつもの短気ぶりは鳴りを潜めるようだ。
リオレッタはこれ幸いとばかりに、ピシャリと言い放つ。
「暴力を振るう事をやめていただきたいのです」
エドワードはため息をついて、悄然と頭を垂れた。
「…………すまないことをしたと思っている」
意外な言葉だ。意外すぎて似合わない。リオレッタは疑わしい思いでエドワードを見つめた。
「だが……お前が誰かに関心を寄せている所をみると苛立ちを抑えられなくなるのだ……」
勝手な言い分だ。リオレッタはますますムカムカした。
「わたくしは誰かと不貞を働いたことなどありません。なさっているのは、エドワードさまの方ではありませんか」
「あれは振りだけだ。お前が私に無関心でないということを確かめたかった」
「随分と子供染みたやり方ですこと」
「…………全くだな」
自嘲染みた呟きを残し、エドワードは頭を抱えて黙りこくってしまった。
ここまでくると、リオレッタはちょっと心配になった。まるで人が変わってしまったようではないか。不気味だ。もしや酒が入ると素直になるという性質なのだろうか。それならばずっと飲んだくれていてもらいたいものだが。
リオレッタは酒を飲みながら横目でちらちらとエドワードの姿を眺めた。妙な態度に危ぶみはしたが、掛ける言葉も思いつかないし、何よりこんな姿の彼は貴重である。見なければ損というものだ。
意地悪い気持ちでニヤニヤと見守っていたリオレッタは、しばらくしてエドワードの異変に気が付き、瞠目した。
エドワードは俯けた顔から、机に点々とした染みを作っていた。




