閑話 ブランドフォード系という呪い、あるいは愛
※このお話はストーリには影響がありません。ご趣味程度にお楽しみください。
夜の十一時。
エデン・スタッドの事務所には誰もいない。澪は東京に帰省しているし、鉄路と大和はとっくに帰宅した。三村は厩舎の見回りを終えて宿舎で寝ているはずだ。
駿はソファに座っている。
膝の上にノートパソコン。手元にエナジードリンク。画面にはJBISサーチが開いてある。**ブランドフォード**で検索をかけて、もう四十分くらい経っている。
最高。
駿は別に誰かに語りたいわけじゃない。ただ、頭の中で語っている。ウイポ廃人時代から染みついた癖だ。深夜に血統を掘っていると、脳内で誰かに講釈を垂れたくなる。相手は別にいなくていい。自分が一番楽しい。
じゃあ語ろう。ブランドフォード系の話を。
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まずブランドフォードという馬がやばい。
1919年生まれ。アイルランド産。アイルランド・キルデア県の国立牧場で生まれている。
ここからもう面白い。普通、大種牡馬になるような馬って、現役時代にダービーとか凱旋門賞とか勝ってるじゃないですか。エクリプスもセントサイモンもサンデーサイレンスもそう。
ブランドフォードは違う。
**大レース、出てない**。
なぜか。生まれつき右前脚が曲がっていた。両前脚の長さも違った。0歳のときに牧場の柵によじ登ろうとして大怪我した。傷が癒えて間もなく、獣医がさじを投げるレベルの重度の肺炎にかかった。
もうこの時点で「お前なんで生きてるんだ」っていう馬。
現役4戦3勝。最後のプリンセスオブウェールズSは古馬相手に2馬身差で勝ったけど、レース後に両前脚の屈腱炎を発症。**クラシック登録は購入の数週間前に締め切られてて、ダービーには出られなかった**。完全に出オチ。
なのに種牡馬になったら**英ダービー馬を4頭出す**。
**ブレニム、ウインザーラッド、バーラム、トリゴ**。
史上最多タイ記録。意味わからない。自分はダービーに出られなかったのに、産駒は4頭ダービー勝つ。**呪いか何かか**?
ちなみに性欲も弱かった。種付けのとき、二十分から三十分くらい牝馬のお尻の後ろでじーっと突っ立ってたらしい。一時間眺めてたこともあるとか。何見てたんだお前。
なのに産駒は大量に出る。出るんだよなぁ。
駿は声を出さずに笑った。エナジードリンクをひと口飲む。
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で、買ったのが**ドウソン兄弟**。
サミュエル・ドウソンと、調教師のリチャード・セシル・"ディック"・ドウソン。
12月のディセンバーセールで**720ギニー**。同セールに出品された1歳馬13頭の平均が234ギニーだから、平均の約3倍。まあまあ高い。でもディセンバーセールってジュライセールで売れ残った馬が出てくる場だから、その中で目立ったというだけで、最高クラスってわけじゃない。
ディック・ドウソンは「前脚は気になるけど、馬格が気に入った」って言ってたらしい。
**フィーリングで買って当てた**。
駿は天井を見上げた。
これ、神の相馬眼を持ってない人間が一発当てる典型的なパターンだ。ディック・ドウソン、相馬眼の持ち主だったんだろうな。100年前にも、いた。ちなみにこのおっさん、ブランドフォードの種付け料から毎年**2万ポンド**の収益を得て、ブランドフォード本人には**4万ポンド**の生命保険がかけられていた。結果「**ミリオネアトレーナー**(百万長者の調教師)」と呼ばれることになる。
馬一頭で人生変わってる。
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ブランドフォードの後継種牡馬がまたバラバラの方向に散る。
ブレニム:フランスとアメリカで活躍。
バーラム:英三冠馬。アメリカとアルゼンチンへ。
ブラントーム:フランスで歴史的名馬。
ウインザーラッド、プリメロ、ステーツマン、アスフォード……みんな各国に散らばっていく。スインフォード→ブランドフォードのスタミナ血統が、世界中に種を撒いた感じ。**ヨーロッパ全土に侵食**していった。
で、当然のように日本にも来た。
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日本でのブランドフォード系の話、これがまた面白い。
1935年。宮内省下総御料牧場が**ダイオライト**を輸入する。父はディオフォン(ブランドフォードの息子)。だからダイオライトはブランドフォードの孫。
**8500ギニー、当時の日本円で約18万円**。
今の感覚だと数億クラス。宮内省が買ったから、横浜税関に到着したとき政府高官がわざわざ見に来た。それくらいの一大事。
牧場関係者は「後ろ脚が曲がってる」って心配した。**祖父譲りの故障持ち**。さすが血は争えない。
でもこのダイオライト、来日するなり**いきなり日本初の三冠馬セントライト**を出す。1941年、東京優駿を**2着ステーツに8馬身差**で圧勝。これは1955年のオートキツに並ぶダービー史上最大着差タイ。八十年以上経った今でも誰も超えてない。
**産駒で完結する血統**。これがブランドフォード系の真骨頂。
ダイオライトは1941〜43年・46年と4度のリーディングサイアー。戦時中の日本競馬を支えた立役者。
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駿はソファの上で軽く伸びをした。エナジードリンクが空になっていた。冷蔵庫まで取りに行くか、面倒だな、と考えて、面倒な方を選んだ。続ける。
**プリメロ**もいる。
1936年、小岩井農場が**6万円**で輸入。当時の最新鋭戦闘機1機分。
戦闘機買えるんだよ。馬で。
しかもこのプリメロ、アイリッシュダービーをパトリオットキングとの**同着優勝**でとってる。微妙な勝ち方なのに、日本に来た。
でもプリメロの仕事はやばかった。
**トサミドリ**:1949年皐月賞・菊花賞二冠。
**クモノハナ**:1950年皐月賞・ダービー二冠。
**クリノハナ**:1952年皐月賞・ダービー二冠。
**ミナミホマレ**:1948年ダービー。
**ハクリヨウ**:1953年菊花賞・1954年天皇賞春・1954年度年度代表馬。
**チエリオ**:1954年度最優秀5歳以上牝馬。
戦後の日本競馬の表彰式、ほとんどプリメロ産駒が並んでた時期がある。**晩年に至るまで第一級**。1955年に**25歳で疝痛で死ぬまで現役**。
**ステーツマン**もいる。日本に渡って、唯一の春の天皇賞牝馬制覇である**レダ**を出した。レダは1953年、2着クインナルビーに2馬身半差で勝利。今に至るまで、春の天皇賞を勝った牝馬はレダ一頭だけ。
**牝馬で長距離G1**。
駿はちょっとだけ画面から目を離した。
……まあ、いいや。先を続けよう。
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1960年。
**コダマ**っていう二冠馬が出てきた。父はブッフラーで、この馬自体はブランドフォードの父系じゃない。でも血統表の中に**ブランドフォードを4×3で持ってた**。
いわゆる「**奇跡の血量**」。
ブランドフォードの血を曽祖父と祖父の世代に持つ。同じ血を高密度で持つことで強い馬が出る、っていうやつ。コダマがダービーと皐月賞を勝ったから、これが流行った。当時の生産者はみんなブランドフォードのクロスを狙いに行った。
**配合の流行は強い馬から作られる**。逆じゃない。
強い馬が出る → みんな真似する → 配合が流行る → 流行を作った馬の血が広まる。
いまサンデーサイレンスでみんなが似たような血統表を組んでるのと、構造はまったく同じ。60年代の日本ではブランドフォードのクロスがその役だった。
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でもそこからが、本当に泣ける部分。
**衰退**。
ブランドフォード系は、世界的にスピード競馬に合わなくなっていった。
重厚なスタミナ血統。長距離で強い。底力がある。タフな馬場で蘇生する。
全部、現代の高速馬場では**逆方向のスペック**。
日本だと特にそうで、芝の高速化とともにブランドフォード系の出番は減っていった。1969年に輸入された**リマンド**(アルサイド→アリシドン→ドナテッロ→ブランドフォードの直系)が頑張った。**オペックホース**で1980年の日本ダービー。**アグネスレディー**で1979年のオークス。**テンモン**で1981年のオークス。**1980年代の入り口までは、ブランドフォード系の父系が日本の頂上競走に立っていた**。
でも、ここで止まった。
1984年にグレード制が導入されて「G1」という言葉が使われるようになってから、**ブランドフォード系の父系で日本のG1を勝った馬がいない**。
**四十年以上の空白**。
血としては残ってる。サンデーサイレンスも、キングカメハメハも、ノーザンダンサーも、みんな血統表のどこかにブランドフォードを持ってる。ディープインパクトもハーツクライもステイゴールドもロードカナロアも、母系を辿ればブランドフォードに行き着く。
でも**父系では断絶**。
残ってるのは血液中の濃度だけ。骨格としては死んだ。
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ここで終わりじゃないのが、また、いい。
**ドイツ**で生き残ってた。
バーラム系の末裔が、ひっそりとドイツでサイアーラインを守り続けてた。馬場が重くて、ペースが厳しくて、底力勝負になりやすいドイツの競馬。そこではブランドフォード系のスタミナと馬力が、まだ機能する。
そして、出てきたのが**モンズーン**。
1990年生まれ。シュレンダーハン牧場で種牡馬入り。ドイツリーディングサイアーを2000・2002・2004・2006年と**4度**獲った。種付け料は当初の七十万円相当から、最盛期には**二千万円超**。ドイツ繋養種牡馬としては前例のない金額まで上り詰めた。
モンズーンの仔の**ノヴェリスト**が、2013年のキングジョージ&クイーンエリザベスSを勝った。あの夏のアスコットで、欧州のトップホースを蹴散らした。そしてその後、日本に種牡馬として輸出された。
**四十年経って、ブランドフォードの血がまた日本に上陸する**。
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そして、いま。
駿の牧場に、**ドンナーハルト**の産駒がいる。
ドンナーハルトは、ノヴェリストのさらに先にある、ブランドフォード系の現代の希望。ドイツが守り続けた、あのスタミナ血統の最終形態の一つ。
日本では誰も買わない。
**グレード制導入後の日本のG1を、ブランドフォード系の父系で勝った馬はいない**。
オペックホースの1980年ダービーが最後で、そこから時計が止まっている。
**四十年越しの宿題**。
ブランドフォードという、故障だらけで性欲も弱くてダービーにも出られなかった馬が、孫や曾孫やそのまた先を通じて、世界中に種を撒いた。日本に来て、ダイオライト、プリメロ、ステーツマン、リマンド、それから長い空白、そしてノヴェリストとドンナーハルト。
その終着点に、フルークがいる。
駿は、そこでようやく立ち上がった。
冷蔵庫に向かう。エナジードリンクを一本取り出して、また座る。
脳内で語り終えた。気が済んだ。
ノートパソコンを閉じる前に、もう一度血統表を眺める。ヴァイスフルークの血統表。父:ドンナーハルト。母父:ゴールドシップ。
**故障だらけの怪物の末裔と、気性破綻のステイヤーの娘**。
誰が見てもおかしい配合。
でも、いい馬じゃん。
駿は画面の中の血統表に向かって、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「楽しみだなぁ」
外で風の音がした。日高の夜は深い。
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※ドンナーハルトは架空馬です。
※実在馬の情報はなるべくリサーチしましたが情報が古い可能性や誤りの可能性があります。




