磯部遥という女
5/2テコ入れしました。
「あーかったりー。もう5時だぜおい!早くゲーセン行くぞユウト!」
職員室を出るやいなや、無駄に大きい声でそう発言するハヤテ。
やかましいことこの上ない。
とりあえずこいつに付き合ってる時間はないのだ。
姉さんとの待ち合わせまであまり余裕がなくなってしまった、例の保険を使おう。
「そういえば、あの手紙は渡してくれたのか?」
「…手紙?あっ!?しまった!忘れてた!」
だろうな。こいつは三歩歩かなくても三分すれば、大概のことは忘れる。
ある意味羨ましい限りだ。
「ハヤテ。あの手紙は今日でないと意味がないんだ。冷静沈着な彼女も先ほどまでの話し合いで感情が昂っている。これはチャンス、吊り橋効果ってやつだ。頼めるか。」
テキトーなことを言ってバカを丸め込む。
「…いや、でもあの空気で行くのは流石にキツくね…?」
「お前なら大丈夫だ。いや、お前にしかできない。…頼めるか?親友よ」
「ユウト…、おれ、おれ…、」
感動しているのか、葛藤しているのかはよく分からんが、拳を握ってプルプルと震えて立ち尽くしている。
さっさと行けアホめ。
「わかった!おれに任せろ、親友よ!ハヤテ、いっきまーーす!!」
バカはそう叫び、振り替えるとスライドドアに手を掛け、
「しっつれいしまーすぅ!!」
と、まるで馬鹿な小学生のように無駄にデカい声で入っていった。
横目でずんずんと鈴木に近づいていくアホを目で確認してそっとドアを閉める。
「行くぞ、ハルカ。」
「ええっ⁉いいのっ⁉」
「いいからさっさとしろって。店長がどんどん機嫌悪くなっていくぞ。」
躊躇するハルカの手を引いてその場から離脱する。
最初だけ抵抗があったものの、すぐに大人しくなってついて来る。
ちらりと覗いたハルカの横顔は夕焼けに照らされてか、少し赤く見えた。
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靴を履き替え、帰り道。
今日は姉さんを駅に迎えに行くわけだが、ハルカのバイト先の洋菓子店は駅までの道にあるため、そこまでは一緒に歩いていく。
俺たちの中ではよくある光景だが、今日は職員室を離れた後から会話が途切れていた。
「また店長に叱られるな。」
「……」
そう言ってみたが、反応はない。
よほど店長の喝を恐れているのか。
しかし、次のハルカのセリフでそれが違うと分かった。
「…ユウト君って、鈴木先生のことが好きだったんだね…。」
店長に怒られるより、俺のしょうもない嘘のことが気になるらしい。
「何を言うかと思ったら。そんなわけないだろ。」
呆れてため息をつくが、ハルカは真剣そのものだった。
「だってユウト君、去年は同級生からも先輩たちからもいっぱい告白されてたのに、全部断ってるじゃん。それって同世代に興味ないからなんじゃないの…?それにさっきの須藤君に渡してた手紙、あれ、ラブレター…でしょ?」
「ああ、あれは確かにラブレターだ。ハヤテから鈴木先生への、な。『俺の数学評価は1でも、あなたに対する愛情は無限大です!LOVE恭子!LOVE恭子!By あなたのハヤテ』 と、したためておいた。」
ここでネタ晴らし。
俺が姉さん以外を、少なくても女として見ることは滅多にないのだ。
「ええ⁉そんなことしたら須藤君、大変なことになるんじゃ…?」
「面白ければなんでもいいさ。ひょっとしたら不良少年と真面目美人教師の奇跡のカップリングが生まれるかもしれんぞ?」
「それは絶対にないと思うけど…」
「というかずっとそんなことを考えて黙ってたのか?」
「そんなことって…大事なことだよ…。じゃあユウト君はホントに鈴木先生のことは好き、じゃないってことでいいんだよね?やっぱりただのシスコン野郎なんだよね?」
「シスコン野郎は余計だが…、そうだ。鈴木先生のことは強いて言うのなら教師、と言うより人間としてはマシな部類ではあるかなと思っている。」
「そっか…。そっか。」
そう呟くハルカ。
先ほどまでは無表情に近かったが、今は少し柔らかい笑みを浮かべていた。
その笑みを見ると、少しドキリとさせられると同時に申し訳なさが沸き上がってくる。
ハルカの気持ちには1年前から気付いてはいた。
去年なんかはまだつるんだりもしていなかったから塩対応というか、色々と遠慮もしていなかった。
だがハルカは他の者たちとは違い、俺から離れようとはしなかった。
何か劇的な出会いをしたってわけでもないのにも関わらず。
今でこそ片手で足りる交友関係のうちの一人だが、当初は事あるごとに話しかけてくるハルカをかなり鬱陶しく思っていた。
いや思っていただけではなく、実際に口に出していたはずだ。
去年に偶然、クラスメイトと話しているところに遭遇して聞いたことがある。
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「…確かに天地って結構イケメンだし、勉強もスポーツもとんでもないけど…性格終わってるくない?あと重度のシスコンだし。もっと他にいい人はいるんじゃない?」
聞こえてきたのは当時のクラスメイト達の女子だった。
隠れる必要はないが、咄嗟に隠れてしまったのだ。
「ううん。ユウト君はね。本当はすごく優しい人なんだよ。ただそれを絶対に他人に見せないだけなんだよ。」
そう発言していたのがハルカだ。
お前ごときが俺の何を知っているのか?
俺は鼻で笑っていた。
「いやいや…、ウニか⁉ってくらい棘しかない感じだと思うけど…。それに好きだって言っても告白するつもりもないんでしょ?」
「うん。ユウト君を困らせたくないの。絶対に断られるし、面倒な女だって思われちゃうもん。そんなのは悲しいから…。」
ぜひそうしてほしい。
俺が嫌いなのは面倒だ。
『告白してくる』という段階でもうアウトと言っても良い。
「でもさー、それってすっごい辛くない?好きになったらさー、やっぱ恋人らしいことだってしたいでしょ?手ぇ繋いだりとかー、デートしたりとかー、キスしちゃったりとかー?」
「…本音を言うと、そういうこともしてみたい…って思う。でもね、やっぱり私はユウト君とただ一緒にいられるだけでもいいんだ。」
「うーむ…でも言いたかないけど、多分うざがられてる気がするよ、ハルカ。」
「…うん。言われた。うざいから近寄るな、だって。」
「ひどっ⁉ってかあんたもそれでよくめげないねぇ…」
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…なんて会話をしていたのを思い出す。
その後のハルカも、俺にひどくあしらわれながらも、ずっと俺の周りに居続け、最後には俺が根負けしたというわけだ。
大した根性、もはや信念とも言えそうだが、大したやつだ。
惚れた相手から面と向かって『うざい』や『鬱陶しい』などと言われながらも、めげずにここまで健気に努力できるのは素直に人として尊敬できる。
努力を嫌う俺からすれば、最初こそ愚かで鬱陶しいやつだとしか思っていなかったが、そこまで必死に俺のそばにいたいという気持ちが、俺の姉さんに対する気持ちと似ていると感じさせられた。
それが俺がハルカを友人と認めた点の一つだ。
「すごいやつだよ、お前は。」
「え?急にどうしたの?」
「なんでもねぇよ。バイト、がんばれよ。」
バイト先、洋菓子店『リュミエール』に到着したのでハルカを見送る。
こいつの『想い』には答えられてやれないが、いつか違う形で報われてほしいとも思っている。
心から、本気で。
「あ、うん。ありがとユウト君。また明日ね。」
笑顔でこちらに手を振った後、カランコロンとドアのベルを鳴らして入っていく。
「お疲れ様でーす!」
と、元気にドアをくぐっていったハルカは、即座にどエラい表情の店長に捕まっていた。
「南無」
ハルカを見送った後、俺は姉さんを迎えに行くため、駅へと足を向けた。




