悩みと答え
「同年代の男子との接し方が分からない!無理!しかもあの子、生意気!!」
夕刻、自室のベッドに突っ伏してバタバタと脚を打ちながらカルディナはフカフカの枕に苛立ちを吐露した。
結局、気不味さのあまりその場を侍女役に任せてきてしまったが、そんな己の不甲斐なさに自己嫌悪した。
「姫様、そろそろ時間ですよ?お支度しませんと…」
困ったように部屋の片付けをする小母ちゃんの言葉に、剥れながらもベッドから起き上がり、カルディナは悶々としながら着替えを急いだ。
前々から予定はしていたが、明日は本土より陸軍本部の人間がデュアリオンの稼働状況を視察しに来ることになっている。
その兼ね合いで、ヴォクシスと打ち合わせを兼ねて夕飯を食べることになっていた。
―――のだが。
「いや、悪いね。前乗りしちゃって!」
夕餉の席、賓客用の食堂でヴォクシスと向かい合うように座る御仁はあっけらかんと笑って見せる。
そんな傍らに同席するカルディナは、緊張を隠すために貼り付けた笑みで頬が攣りそうだった。
予定では明日の午前中に来島する筈だった、アルファルド王子の姿がそこにあった。
彼は現在、通例として陸軍本部に籍を置いている。
軍の中では広告塔を兼ねた王室直属連絡係という立場で―――、早い話、王太子シルビアの代理である。
「こちらは既に受け入れ態勢が出来ておりましたので…。しかし、ミラ様は宜しかったのですか?」
食べ終わった皿にカラトリーを添えつつ、ヴォクシスは心配の色を見せた。
「大丈夫大丈夫。丁度、チビ達とヴェルフォート領の実家に帰してるから。正直、王城も王都も混乱状態だからね。良い羽伸ばしになってるみたい」
王子は妻子の現状を笑って話すが厳密に言えば疎開である。
島への帰省前、爆撃を受けて倒壊した王城の状況を考えれば最善策ではあるが―――。
「王都と言えばだか…、実はちょっと不味い事になっててね」
案の定の切り出しに、その場に緊張が走った。
「私の出生の件でしょうか」
単刀直入ながら一瞬カルディナに視線をやったのは彼の心遣いである。
彼女も席を外すべきかと腰を浮かせたが、王子はそのまま聞いてほしいと制止した。
「王都に戻る時は覚悟した方が良い。反ヴェルフィアス勢力がギリウスを手玉に民衆を焚き付けたらしくてね。正直、現時点でも王弟一家の人間は世間から目の敵にされ始めてる。国王陛下が防波堤にはなっているが、いつまで抑えられるか…」
「国議会の尋問に掛けられるのは時間の問題ですね…」
呟くようにそう零したヴォクシスは、手にしたグラスを傾けた。
「すまない、唯でさえ軍の事で忙しいのに心労を掛ける…」
「覚悟していた事です」
空のグラスを置き、彼は自嘲気味に肩を竦めたが、その目は酷く愁いを帯びていた。
職業柄アヴァルト側の動乱に気を取られていたが、王権を巡る争いは他人事ではない。
帝国と一触即発の状態にある今、内乱など起きればこの国は忽ち崩壊し、帝国に吸収されることになるだろう。
もし、そうなれば―――…。
「アルデンシア公国の二の舞いだけは避けねばなりませんね…」
そう零したのはカルディナだった。
込み入った話をするだろうと予め給仕係を払っていた為、代わりに傍にあった水差しを手に取り、ヴォクシスのグラスへと水を注いだ。
近代の歴史を見るに、ジワジワと国家の内側から安寧を崩して、自ら止めを刺す遣り方は帝国の常套手段だ。
カローラスもアヴァルトも確実に国家崩壊の瀬戸際に立たされている。
国が崩壊すれば王族は一族郎党、処刑され、罪無き民衆は悲惨な生活を強いられることとなる。
自由も尊厳も奪われ、死よりも辛い地獄を見ることになり兼ねない。
「………、こんな事を言われるのは不本意かも知れないが…、近頃は祖父の策略通りディミオン叔父様が王太子となり、君が序列二位の座を手にしていれば良かったのにと思うよ…」
不意に溢れたアルファルド王子の弱音にヴォクシスは顔を顰めた。
「殿下、それは…」
「分かってる…。唯ね、君達を見ていると思ってしまうんだよ。国民の上に立つべき人間とは、君達のような強い信念を持つ英雄であるべきでは無いかとね…」
そうアルファルド王子は酷く憂いげに告げ、手元のグラスを手に取る。
正直を言えば、己には君主としての力量が足りていないことは感じていた。
身分や人脈はあれど、従弟程の信念は無く、母ほどのカリスマ性も無い。
カルディナのように天才的頭脳や身体能力も無く、王子とは名ばかりで凡人とそう変わらない。
まるで、ハリボテのような己に劣等感を抱かずには居られなかった。
「恐れながら、それは違うと思います」
唐突にはっきりとカルディナは言った。
その目は真っ直ぐにアルファルド王子を見据えていた。
「私や閣下は軍人であって、私達の役目はこの国に生きる人々を護ることです。これは実の父の言葉ですが、君主とは国民を常に想い、どうすれば皆が幸せになるのかを考え、国家という大きな船の舵取りをする人のことだと…。その…、殿下には誰よりも人望がありますから、今は恐れずに未来を見てほしいです。私達はその足場を創るので…、だから、怖がらずに前を向いてほしいです」
言葉を選びながらもカルディナは精一杯に、己の思いを伝えた。
未来の君主にこんなことを言って良いのか迷ったが、一人の国民として、国を守る戦士として―――、そしてクロスオルベ侯爵として、伝えなくてはいけない気がした。
「ははっ…、十五歳に激励されるとはなぁ…!」
困ったように笑って、王子は弱ったとばかりに顔に手を充てがった。
「すみません、生意気な口を…」
「いや、君の意見は尤もだ。ありがとう。何だか吹っ切れたよ」
深呼吸と共に彼は微笑み、手にしたままだったグラスを呷った。
「…確かに弱気になってる場合じゃないね。俺は次期王太子で二児の父親だ…!よし、明日から頑張るぞ!」
気合を入れるように己に言い聞かせ、王子ではパチンと両頬を叩く。
そんな様子に自然とカルディナはヴォクシスと視線を合わせ、息を合わせたように肩を竦めて戯けてみせた。




