従兄弟の語らい
夕餉の後、濡髪を夜風に靡かせて星の下で煙草を蒸すヴォクシスの姿があった。
望まずして軍人となり、二十歳で同僚に勧められるがままに口にして以来、煙草は手放せなくなった。
私物の所持が制限される戦場では特にで、酒や甘味と違って気温に左右され難く、軽くて比較的、携帯するのが楽な煙草は重宝した。
一時は日に二箱以上は吸うヘビー具合で、良い加減に吸い過ぎだと妻に叱られてからは、一日当たりシガーケースに入るだけに制限された。
妻の妊娠に伴って一時は止めたが、妻子の死と共に気付けばまた吸っていた。
今では愛用となった六本しか入らないシガーケースの習慣だけは守っているが―――。
(そう言えば、カルディナと出会ってから切らすことが減ったな…)
そんな己の変化にふと気付いた。
カルディナと出会う以前は就業中に切らせてしまうことが殆どで、ポケットやデスクの引出しに忍ばせた封の空いた箱から、手遊び感覚でケースに足しては帰りに夕飯と一緒に新しく買って帰るのが日課だった。
つまりは日に一箱は吸っていた。
それが近頃、煙草を吸う度に臭いを嗅ぎ付けたカルディナに多少なりとも顔を顰められ、更には体に良くないと叱られる。
島育ちで感覚の鋭い彼女の鼻を誤魔化すのは難しく、いつの間にか煙草の手が遠退いていた。
「…風呂上がりの一服かい?」
そんな声に振り返れば、スキットルを手にしたアルファルド王子がいた。
こちらに気を使ったのか夕餉ではあまりアルコールを飲んでいなかったが、やはり物足りなかったらしい。
国内では有名な話だが彼は酒豪で、若い頃は何度、戯れに潰されたか分からない。
「殿下も一杯ですか?」
誂い半分にショットグラスを呷る仕草でヴォクシスは訊ねた。
そんな従弟に王子は肩を竦め、スキットルの蓋を開けた。
「アルで構わないよ。君に殿下と呼ばれるのは気味が悪い」
「随分な言い方だなぁ…」
くしゃりと笑ってヴォクシスは口調を和らげた。
思い返せば、彼とは陸軍入隊式の席で知り合ってからの付き合いだ。
今では笑い話だが、王族として広報課に所属していた当時の彼は入隊式の際、所属通知と階級章を渡す係の上官の傍らにいて、こちらの名前を確認するや、これからリンチに遭うのではないかと思うような鋭い目付きで「後で王城に来い」と言い付けてきた。
王弟嫡男の落し胤という身の上から、疎まれているのかと戦々恐々としながらその時は腹を括って登城したが―――何てことはない。単なる従兄弟親睦会であった。
親睦会自体は王室御用達シェフの旨い料理とアルファルド王子の気さくな人柄も相俟って、当時は性格の穏やかだったディアス王子ともボードゲームをしながら和気藹々と過ごした。
後日、睨まれた理由を聞いてみれば王子はヴォクシスの大柄な見目に気圧され、負けじと思うあまりに目付きが鋭くなってしまったと言うお茶目な裏事情を知ることとなった。
「しかし、本当に丸くなったね。ティアナさんを亡くして東方前線に居た頃とは別人みたいだ。カルディナ嬢のお陰かな?」
一口呷ってスキットルの蓋を締めつつ、彼は不敵に微笑む。
「そんなに怖い顔してました?」
「してたし、あんまりにおっかなくて近寄れなかったよ。この世の全てを憎んでる感じだった…」
顔を顰めるアルファルド王子にシュンとヴォクシスは眉を情けなく下げた。
今更だがそんな顔で、怯えていたカルディナと出会っていたかと思うと可哀想なことをしてしまった。
「………、カルディナ嬢には不思議な力があるね。彼女の言葉に俺も心が軽くなったよ」
彼の心情を察してか否か、王子は広角を上げてヴォクシスに視線を遣った。
「きっと彼女が背負ってきた重責に因るものでしょう。カルディナは幼少から島長としての才覚を持っていたようですから…。あの子のご両親も、密かにこの島の長たるに相応しい人格者になるよう育てていたようです」
そう返しつつ、彼は吸い殻をシガーケースに仕舞い、徐ろに夜空の星を見上げた。
「出来ることなら、ご存命の内に会いたかったものです。聞けば聞くほどに父君のラント殿は素晴らしい人格者であったようですから…。母君のエル=クラーラ殿も武芸に優れた方で、紡がれる民謡は当時の監視兵をも虜にするほど素晴らしかったとか…」
出会うことの叶わなかったカルディナの両親への想いに、アルファルド王子も惜しい人を亡くしたと無念を滲ませた。
あと少し―――、もう少しだけ早くこの島に手を差し伸べ、悪を正していればと悔やんでならなかった。
「あの子には…、カルディナには幸せになってもらいたいです。何にも縛られず、好きな事を好きなだけ打ち込んで、日々が辛いと嘆かずに済む仕事に就いて…、いつかは彼女を心から尊重して、愛し合える相手と結ばれてほしいものです」
シガーケースに自然と伸びた手で二本目を抓み取り、ヴォクシスはそんな想いを添えて煙を吐き出した。
寂しくないと言ったら嘘になるが、いつの日にか純白に包まれた彼女の門出を祝える日が来たらと願って止まなかった。
「だったら婿選びは万全を期さないとね。父親として、ちゃんと候補は決めてる?」
唐突かつ斬り込んだ問いに、ヴォクシスは衝撃のあまり煙を良からぬ所に吸い込み、盛大に噎せ返った。
「か、カルディナは、まだ十五ですよっ!?」
「もう十五だってば…、我が国の上流階級の縁談は十八までに決まるの知ってるだろ?それに彼女はクロスオルベ侯爵だ。ちゃんと手を打っとかないと多方面からの求婚で当人が大変だよ?言うて、ヴェルフィアス侯爵も三男坊との縁談を視野に入れてるって話だし…」
そんな警告と共に知らされた思わぬ情報に面を食らった。
宰相のヴェルフィアス侯爵には、まだ二十代の末息子がいるが、既に長女のミラ妃が王家に輿入れしており、家門の権力は盤石の筈である。
何とも野心ある御仁である。
「こればかりは本人の意思を尊重したく…」
灰を散らしつつ気不味そうにヴォクシスは自分なりの考えを吐露した。
正直を言えば、養女とは言え娘を嫁に出す心の準備がまだ出来ていない。
「出来れば良いけどね…。クロスオルベを狙う輩は少なくないよ?」
溜息混じりに王子は告げ、またスキットルの蓋を開けた。




