涙の帰還
知らせを受けたのか、王城の滑走路には国王とイーシスの父であるギリウスが駆け付けていた。
せめてもの餞にと妃達は身に着けていた衣服や装飾品で冷たくなったその身を飾り、二十年越しの親子の対面に華を持たせた。
「…イーシス…っ…イーシスなのか…?」
面影を残しながらも変わり果てた姿の娘に、ギリウスは愕然として膝を落とした。
悲痛な嗚咽を漏らして遺体を抱き締めるその様には誰もが涙を禁じ得ず、この二十年、彼が一人の父親として引き離された子供達を如何に想い続けていたかを物語った。
「…シャンティス少佐、降りましょう」
一頻り輸送機に搭乗していた人間が降り切り、座席に残っていたカルディナにエクスレイ中尉は手を差し伸べる。
しかし、魂が抜けてしまったかのように彼女からの反応はなかった。
虚ろを見つめ、震える唇だけが何かを囁き続けていた。
「俺が残ります。先に保護した方々の手当と手続きを…」
そう名乗りを上げたのはフォルクスだった。
「………、良いのか?」
思わず訊ねたのは、その身が浴びた返り血の多さ故だった。
敵であった頃もその強さに舌を巻いたが、改めて恐ろしい奴だと身震いした。
相当な数の武装兵を相手にしたというのに擦り傷一つ無かった。
「…もし出来るなら、俺と彼女の風呂と着替えの準備を頼みます。勿論、別々で」
涼しい顔でそう言ってみせる様を末恐ろしいと思いつつ、エクスレイ中尉は了解したと告げて踵を返した。
「おい、しっかりしろ。王城に着いたぞ」
乱暴に頬を突きつつ、声を掛ける。
けれどカルディナはその手を鬱陶しげに振り払い、膝を抱えて蹲った。
「…私の所為だ…、…私の所為で…っ…、私が焚き付けなければ…っ……」
己を責め立てる彼女にフォルクスは震える手を握って、違うと言い聞かせた。
「イーシス王女は自分の意志で皇宮を逃げることを選んだ。お前の言葉は切っ掛けに過ぎない」
「だけど…!」
悲痛にカルディナは声を荒げんとしたが、その瞬間、フォルクスは握った手を引き寄せ、その胸に彼女を抱き寄せた。
足元で主人を案じていたセルシオンを首巻き状態で肩に乗せ、ひょいと軽やかにカルディナを腕に抱き上げた彼は、滑走路を歩く女官や妃達、そしてストレッチャーに乗せられて運ばれていく大佐が見えるようにと搭乗口に立った。
「落ち着いて良く見ろ。お前の言葉が無ければ、あの妃達は今頃、怒り狂った皇帝に腹癒せで殺されていたかも知れない。女官達もだ。ハインブリッツ大佐だって、お前の言葉に動かされたイーシス王女が協力してくれ無ければ、助け出せなかったかも知れない。お前の行動は間違っていない。お前の行動で救えた命がある。イーシス王女を真に偲ぶなら前を向け。俯くな。理不尽を赦すな」
淡々としながらも力強い言葉だった。
決して優しくはない励ましに、カルディナは尚も泣きながら頷き、けれど救えなかった命の重さをその身に刻むように唇を強く噛みしめた。
夜明けの光が小窓から差し込む中、上級士官用シャワー室でカルディナは全身に浴びた血や硝煙を洗い流していた。
手や顔に浴びた血は、輸送機の中で仲間が懸命に拭き取ってくれたお陰で呆気ない程に簡単に落ちたが、その代わり全身に染み付いた臭いはしつこく、何度も洗うことになった。
(やっぱり髪、ばっさり切ろうかな…)
肩まで伸びた髪にリンスを塗り込みながら、その手間の面倒さに散髪を考えていた時だった。
「ふぁっ!?」
不意に聞こえた悲鳴じみた声に振り返り、その姿にカルディナの方が悲鳴を上げた。
返り血と硝煙に塗れた戦闘服を小脇に抱えた、全裸も同然のフォルクスの姿があった。
「な、何で入って来てんのよっ!?」
「まだ入ってたのかよ!?」
お互い大事な場所を速攻で隠し、目を背けて怒号を上げた。
シャワー室のセパレートがしっかりしていたのは不幸中の幸いだった。
辛うじて互いに見ること無く、見られる事もなく済んだ。
「今時間、使用中の札掛けてたんだけど!?」
怒りながらカルディナは大慌てでリンスを落とそうと蛇口を全開に捻る。
その背後でフォルクスは駆け足で隣一つ空けたスペースに滑り込んだ。
「もう次の時間入ってる!時計見ろ!」
そう怒鳴り、彼も蛇口を捻る。
半信半疑で背後に掛けられている時計を確認した彼女は思わず二度見した。
確かに十分以上、使用時間を過ぎていた。
「こ、これは失礼しました…」
かなり気不味い状況に、取り敢えず謝罪を告げつつ手は全力で髪を濯いだ。
「お見苦しいものをお見せして、すみませんでした…」
シャワー室を出てすぐの売店にて、カルディナは買ったばかりのキャラメルを出てきたフォルクスに差し出した。
何とも言えない表情でレジのおばちゃんが様子を見る中、彼は気不味そうにそれを受け取った。
「…あっちのコインランドリーで少し話せるか?」
小脇に抱える盥に入った戦闘服を視線で示しつつ、フォルクスは提案。
カルディナは申し訳無さそうにしつつコクリと頷いた。
「…多少は落ち着いたみたいだな?」
回る洗濯機の傍らで丸椅子に腰掛け、彼は貰ったキャラメルの封を開けつつ確認するように呟いた。
「………、…初めてだったの。人が殺されるのを間近で見るの…」
返されたその言葉に、思わずキャラメルの箱を差し出そうとした手を止めた。
隣の丸椅子で彼女は震えをひた隠すように強く両手を握り締めていた。
「…軍人なのに、嘘みたいでしょ?今までセルの中から遠巻きにしか見たことなくて…、殺しているんだろうなって思いながら…ちゃんと確認する勇気もなくてっ…。…安全なセルシオンの中で、沢山の人の命を奪った罰だね…っ…こんなに苦しいなんて…っ…、…私も…人殺しなのにっ…」
涙を浮かべてカルディナは花が枯れるように蹲り、溢れ出す自責の念に苛まれた。
そんな背を擦りながら、フォルクスは貰ったキャラメルを口に放った。
「今は深く考えるな。現実だけ受け止めろ。じゃないと動けなくなる」
強い甘みを舌で転がしながら、彼は冷静に告げた。
気の利いた言葉など持ち合わせてはいないし、無闇な優しさは仇になることを身をもって知っていた。
子供に容赦する程、戦争は優しくはない。
だから、言葉は選ばなかった。
「残酷なことを言うようだが、この国は時期に戦火に呑まれる。皇宮を攻撃して妃達の逃亡まで援助しちまったんだ。帝国にしてみれば格好の侵略理由だし、セルシオンは戦闘用ボディを失った。奴等がこの機会を逃す訳がない」
「………、分かってる」
カルディナはそう答えるしかなかった。
帝国が対機械竜用の兵器を準備していることは想定していたが、皇宮にて意図も容易くボディを貫かれた瞬間、彼等の技術力を甘く見ていたことを思い知った。
半年前に結ばれた停戦協定も双方が君主の居城に攻撃を仕掛けたことで最早、意味を為さなくなった。
もう再びの開戦は避けられない。
――帝国軍を迎え撃つには、もう究極兵器デュアリオンを稼働させるしかない。
残された時間から見出される最後の切り札に、その重責が絶望となって華奢な肩に圧し掛かった。
現実に押し潰されそうだった。
「…罪なら一緒に背負ってやる」
不意にその言葉が降ってきた瞬間、項垂れた頭を強く押された。
正確には撫でられた。
不器用な励まし方だった。
「一人で背負うな。ガキの犯した罪を肩代わりするのは周りの大人の義務だ。お前の隣にはハインブリッツ大佐だって居る。甘えられる内は甘えとけ」
続けてフォルクスは告げ、コンッとキャラメルの箱で彼女の頭を小突く。
頭に乗せられて返却された箱を手に取り、そっと見上げたかつての宿敵は優しい顔で微笑んでいた。




