援軍
魂授結晶は基本的には生物に擬態するが、教えさえすれば、どんな物体にでも変幻自在だと判明している。
加えて遊び半分で実験を重ねた結果、今のセルシオンの知能はカルディナと同等にまで上がっていた。
「セル、分解出来る?」
玉座での騒ぎに帝国兵が走り回る中、物陰に隠れたカルディナは小竜に戻ったセルシオンと手足の枷を外せるか試みた。
セルシオンは枷を観察してから鱗を分離して鍵のように変化させ、それを差し込んで見事に外してみせた。
「流石…!」
声は抑えつつも容易く外してみせた相棒を抱き締めて褒め称える。
ピッキングが出来ると分かれば、逃走手段の幅が全く異なってくる。
(まずは大佐の居場所を突き止めないと…。それから…)
考えを巡らせながら、ふと己に視線を落とす。
外の寒さや色の派手さを思うと、ドレスは着替えねばならなかった。
(取り敢えず、紅玉宮に戻るか…)
そう思い立ったら行動は早かった。
迷路のような皇宮だが、万一に備えてフォルクスから大凡の位置と間取りは聞いていた。
記憶を頼りに兵の目を盗みながら、時に交戦しながら駆け戻った宮は、意外にも警備の数が少なかった。
恐らく玉座からの遠さを考慮して戻っては来られないと踏んだのだろう。
密かに衣装部屋を漁り、地味で動きやすそうな衣装を攫う。防寒も万全を期した。
最後に武器を入れておく用に適当な鞄と厚手の外套を引っ手繰り、準備は完了。
気を引き締め直して、養父の捜索へと乗り出した。
その場所が何処なのか理解するのに、ヴォクシスは少しばかりの時間を要した。
生身の腕に繋がる点滴といくつかの管、規則的に鳴る機械音に一瞬、病院とも錯覚したが、傾けた視界に映った調度品の質の高さから段々と記憶が戻って来た。
(皇宮の何処かか…)
漠然と理解しながら、今の己の状況を確認した。
左腕に両足も無い。
撃たれた生身は左脇腹と右肩。どちらも処置はされている。
一時的な記憶の混濁は出血に因るものだろう。
―――全く情けない。
痛恨だと己の行動を恥じた。
連れ去られそうなカルディナを見て、冷静さを失っていた。
鎖に繋がれていないのは、恐らくセリカ皇女の慈悲だろう。
「…に連絡を。私はヴォクシス様を移動します」
何か物々しい会話を続ける女人の声がしたかと思うと、ノックも無しに扉が開いた。
不意に交わった視線に彼女は一瞬驚いた様子だったが、気を取り直すように姿勢を正した。
「ヴォクシスお兄様ですね?お初にお目に掛かります。イーシスと申します」
そんな端的な挨拶を告げ、彼女は駆け足で片隅に置いてあった車椅子を展開。
警告音が鳴らぬよう機器のスイッチを切り、必要最低限の物だけを残して身体に繋がれていた管を取り外した。
「…カルディナさんが逃走を図りましたわ。逃げるなら今です」
そう囁き、彼女は車椅子への移動を不慣れながらも補助。
初めて会う父違いの妹に、ヴォクシスは呆気に取られた。
「何故…」
思わず訊ねた。
彼女には己を助ける理由がない筈―――。
そんな疑問にイーシスは困ったように微笑んだ。
「彼女から勇気を貰ったのです。立ち向かう勇気を…。皇宮の外まで案内しますわ。カルディナさんと落ち合う方法はありませんか?」
そう答え、車椅子を翻した時だった。
ドンッと地響きを伴い皇宮全体が揺れた。
何事かと窓を振り返れば、見知った機体と炎が見えた。
今より三時間前、王城での機械竜強奪及びカルディナとヴォクシスの拉致に対し、王国はこれを帝国からの宣戦布告と捉え、国内外に向けて記者会見を実施。
王太子シルビアはシェール神聖国にてセリカ皇女が行なったカルディナへの凶行を暴露した上で、彼女と養父ヴォクシスが拉致されたことを公表した。
同時に国王の勅令を受けた第八〇六特務機動連隊戦闘機部隊の全将校は、王城に滞在していたフォルクス率いるバンデット隊全十二名と結託。皇宮を熟知している彼等の先導の下、二人とセルシオンを奪還すべく出陣した。
『こちらランドルだ。全隊に通達。今回の作戦はスピード勝負だ。シャンティス少佐とハインブリッツ大佐、そしてセルシオンを回収したら直ちに撤退する。もしも機械竜戦闘用ボディを見つけたなら躊躇わずに破壊しろ。奴等にこちらの技術を奪われては堪らん』
上空を航行する大型輸送機より、総指揮官に抜擢されたランドル大尉は全隊員に向け、無線で作戦内容を打診。
戦闘機部隊が仕掛けた初手の奇襲攻撃により皇宮からは盛大に火の手が上がり、立ち昇る無数の黒煙を目眩ましに、光の筋を煌めかせる堕天使達はカルディナ達の捜索へと乗り込んだ。
そしてそれと同時刻―――、皇宮内を逃げ回りながらヴォクシスの捜索に当たっていたカルディナは、予期せず戦闘用ボディを保管していた倉庫に迷い込んでいた。
「うわぁ、完全にイカれてる…」
鉄杭を抜き取られて穴だらけにされた機械竜に思わず顔を歪めた。
コックピット内部もグチャグチャで、備え付けの機器は全て使い物にならなくなっていた。
もし乗っていたらと思うと背筋が寒い。
(取り敢えず使えそうなものだけでも…)
ガラクタに成り果てた機器を漁りつつ、何か使えるものが無いか確認。
すると、操縦桿の隙間に点滅している物を見つけた。
まさかと手を差し入れ、取り出してみれば自身の携帯通信端末で、奇跡的にインカムも生きていた。
操作ボタンを叩き、起動してみれば沢山の連絡が来ていた。
一先ずダメ元でヴォクシスに連絡を掛けて見る―――が、やはり出ない。
今度は連絡をくれていたモーヴ中尉に連絡してみた。
すると―――。
『モーヴです!シャンティス少佐ですか!?』
慌てふためいたように声が聞こえた。
その声に思わず涙が出そうになった。
「はい!シャンティスです!今、皇宮の南にある倉庫にいます!機械竜の戦闘用ボディも眼の前に!」
涙を堪え、元気に答えた。
そこから今の状況を伝え、助けを求めた。
『分かりました。近くに捜索隊がいる筈です!救助に向かわせるので、そのまま待機を!』
その指示の後、一時的に通信が途切れた。
恐らくは傍受を恐れてである。
待っていろとは言われたものの、いつ何時、帝国兵がやってくるかも分からない―――。
辺りを見回し、取り敢えず壊れた機械竜の中に身を隠すことにした。
(これも駄目…、こっちも…)
機器を改めて確認しつつ助けを待ち侘びる。
やはり機械竜は全ての機器が壊れてしまっていて、その上、翼や四肢も重要な骨組や線を切られてしまっていた。
魂授結晶を纏わせたとしても動かすことは困難だった。
―――ここまで壊されては直せない。
無念ではあるが、技術流用を防ぐためにも粉砕するしか無かった。
(爆薬を探そう。武器庫みたいだし手榴弾の一つくらいは…)
そう思い立って、コックピットから出ようとした時だった。
バタバタと足音が迫り、咄嗟に身を引っ込める。
恐る恐る開けられた穴から覗いてみれば、帝国兵を引き連れたアクアスの姿があった。
「念入りに探せ…!手足が無いから奴は遠くには行っていない筈だ。協力者は誰であろうと射殺しろ。サニアスタの敵だ…!」
そんな物騒な指示に、誰を探しているかはすぐに分かった。
一先ずこの場をやり過ごそうと息を殺し、じっと気配を隠した。
ふとアクアスがこちらに視線を向ける。
目は合っていない筈だが途端に心臓が跳ねた。
歩み寄る彼に緊張で息が乱れる。
呼吸音に気付かれまいと口元を押さえた。
「…頭隠して、何とやらだね」
そう呟かれ、にやりとアクアスは嗤った。
次の瞬間、傍らに寄り添っていたセルシオンの姿が別の穴に引きずり込まれた。
「セルっ…!」
尻尾を鷲掴まれ、慌てふためく相棒の姿に思わず声を上げてしまった。
すぐに口を押さえたがもう遅かった。
「…おや、君もそこにいたんだね?」
不気味な視線がこちらを見上げる。
今度こそ、目が合った。
咄嗟に逃げ出そうとコックピットから飛び出し、出口へと直走る。
しかし、あまりに多勢に無勢だった。
押し倒されるように三人掛かりで取り押さえられ、あっと言う間に拘束された。
セルシオンも特殊ケースに押し込まれ、捕獲されてしまった。
「良かった良かった。これで陛下に叱られずに済むよ」
何処か台詞じみた言い方で歩み寄り、アクアスは強引にカルディナの顎を掴んで視線を合わせる。
薄暗い瞳の色に血の気が引いた。
まるで、飢えた獰猛な獣のような視線だった。
「君は少し強めの調教が必要だね。確か十五歳だったかな?」
不気味な微笑みと共にそう告げられた直後だった。
ビリリと音を立て、襟元が引き裂かれる。
露わになった胸元にカルディナは絶句した。
「君ほど若い子の相手は初めてだよ。何処まで耐えられるかな?」
髪を鷲掴み、楽しげに訊ねながら開けた胸元に舌舐めずり。
傍らの兵も不気味に嗤っていた。
「仕置き部屋に連れて行け。薬も忘れずにね…」
その指示を受けた兵に強引に立たされ、引きずられるように何処かへと連れて行かれ始める。
必死に抵抗するも男の力には敵わなかった。
悲鳴を上げ、恐怖に涙が溢れる。
何をされるかなど想像に容易かった。
―――誰か助けて!
そう願った時だった。
一陣の風を纏い、閃光が過ぎ去る。
直後に倒れ込んだ帝国兵と視界から消えたカルディナに、アクアスは呆気に取られた。
「ガキにまで手ぇ出すとは終わってんな」
その声は上から降ってきた。
見上げた先にあったのは、機械仕掛けの翼を携えた堕天使の姿だった。
「フォルクス…バルシェンテ…?ど、どうして…」
その腕に抱かれながら、カルディナも呆気に取られた。
かなり急いできたのか、額には汗が滲んでいた。
「借りを返しに来た。一先ず、セルシオン取り返して逃げるぞ」
手にしていた短剣を腰元の鞘に仕舞い、彼は入れ替えるように掴んだ拳銃で容赦無くアクアスへと発砲。
見事、その手に握っていたケースを撃ち落とした。
ガシャンと音を立てて壊れたケースからセルシオンは脱兎の如く逃げ出し、バサバサと翼を撃ってカルディナの胸に飛び込んだ。
「皇帝に伝えろ。シエンティアは渡さねぇってな!」
捨て台詞に言い放ち、止めとばかりに腰ベルトに括り付けていた手榴弾を引き抜く。
フォルクスは勢い良く、それを壊された戦闘用ボディへと投げ放って逃走。
直後、猛烈な爆風が翼を煽った。
「おお、流石は技術大国の王国製。威力スゲーな」
無駄に感心しつつ物陰に隠れ、彼は首に巻いてきたマフラーを剥ぎ取る。
未だ恐怖に震えるカルディナの首にそれを巻き、裂かれた胸元が隠れるように結んでやった。
「…あ…ありがとう…」
尚も震えながら、感謝を伝えた。
「悪いけど着替えは後回しな。輸送機を上空に待たせてる。急ごう」
端的に伝え、フォルクスはその手を握った。




