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再会


 何処までも続く回廊をセルシオンを抱えて直走りながら、カルディナはヴォクシスの姿を探していた。

 アクアス達の会話から彼も逃走を図ったのは分かったが、その足取りは全く掴めずにした。


(…大佐、無事でいて下さい……)


 切に願いながら、繋いだままのフォルクスの手をギュッと握る。

 それに応えるように、彼の手は強く握り返してくれた。

 暫く走り続けること数十分、辿り着いた吹き抜け廊下を前に、物陰に隠れて屯する帝国兵が過ぎ去るのを待った。


「ハインブリッツ大佐が心配か…?」


 息を整えつつ、小声でフォルクスは訊ねた。

 カルディナは小さく頷きながら、抱えるセルシオンを強く抱き締めた。


「被弾して手足も外されていたの…、身動きが取り難い筈だから…」


 そこまで言って思わず言葉に詰まった。

 協力者が居るには違いないがそれが誰なのかは分からず、その目的も分からない。

 分からないことだらけで頭の中がグチャグチャだった。


「もし大佐に…、大佐に、もしものことがあったら…私っ……」


 悪いことばかりが頭を過り、胸が苦しくなった。

 ヴォクシスが怪我をしたのは捕まった自分を助けようとした所為であって、その責任を感じずにはいられなかった。


「お前、気にし過ぎ。ハインブリッツ大佐はそんな軟な人間じゃないぜ?」


 そんなぶっきら棒な言葉を掛けられた直後だった。

 不意に手を引かれて抱き寄せられたかと思うと、フォルクスは銀翼を広げて廊下の欄干から飛び出し、二階から最上階へと飛翔。

 身に掛かる浮遊感にカルディナは堪らずその肩に腕を回し、声を押し殺す。

 一瞬にして最上階に飛び上がったフォルクスは、彼女を抱えたまま一気に廊下を走り抜けた。


「と、飛ぶなら飛ぶって言いなさいよ!」


 逃げ込んだ客室にて、床に降ろされたカルディナは声を荒らげた。

 突然の事にビビり過ぎて、彼に思いっきり抱きついてしまった。


「仕方ねぇだろ?一瞬のタイミングだったんだからよぉ」


 頭を搔きつつ、フォルクスは気不味そうに視線を逸らす。

 何やら様子が可笑しい。


「あと…、抱きつく時は気をつけろ。その…見えそうだった…」


 言葉を濁しながら彼は視線を泳がせる。

 真っ赤になった彼の耳と頬にカルディナは俄に赤面。

 いつの間にか開けていた胸元を急いで直した。


『…っ…えるか!?少佐!』


 インカム越しに聞こえてきた声にハッと我に返った。


「はい、シャンティスです」


『ランドルだ!間もなく輸送機が皇宮内に着陸する。北西の滑走路に向かってほしい!』


「了解しました…、あのヴォクシス大佐は…」


 一縷の望みを掛けて訊ねた。

 けれど、返って来たのは捜索継続中だということだけだった。


「…救助の連絡か?」


 連絡を済ませて暗い表情に戻ったカルディナに、フォルクスは心配そうに訊ねた。


「北西の滑走路に輸送機を着けるそうです…、急ぎましょう…」


 冷静に受けた連絡を伝えながら腕の中のセルシオンを抱き締め、外へ出るべくドアノブに手を伸ばす。

 その時だった。

 微かに言い争うような声が聞こえ、その声に目を見開いた。

 咄嗟にドアを開き、辺りを警戒しながら声のする方へと駆け寄る。

 段々と鮮明になる会話は間違いがなかった。


「ここだよな…?」


 後に続いていたフォルクスの問いにコクリと頷いた。

 緊張の中、恐る恐る扉を開く。

 覗き見えたのは言い争うイーシスとセリカ皇女、そしてヴォクシスの姿だった。


「お母様、行かせてください!陛下がこのままお兄様を生かしておくとは…!」


「黙りなさい!この母の言うことが聞けないの!?」


 娘に対するものとは思えない剣幕で怒鳴り散らすセリカ皇女は焦っているようだった。

 イーシスは懸命にヴォクシスの前に立ちはだかり、説得を試みているが皇女は全く聞く耳を持たない。


「早く退きなさい!貴女まで苛つかせないで頂戴!」


 叩きのめすように怒鳴り、邪魔だとばかりにイーシスを突き飛ばす。

 その光景にカルディナの怒りが噴き上がった。


「セルシオン!」


 ドアを叩き開けると同時に名を叫び、セルシオンはセリカ皇女へと突進。

 ヴォクシスへと迫る腕に食らい付き、容赦無く引き倒した。

 倒れ込んだイーシスにカルディナが手を差し伸べる中、一歩遅れて部屋に踏み込んだフォルクスは半ば呆れた様子で悲鳴を上げるセリカ皇女を取り押さえ、セルシオンと入れ替わるようにその手足の自由を封じた。


「フリード・ビジェット!?何故、貴様がここにっ!?」


「王国に寝返ったんだよ。元はこちらのハインブリッツ大佐の提案だがな。スパイとして帝国の情報を流し、キャスティナ殿下の亡命を手伝う代わり、革命を決起しろって焚き付けられたのさ…!」


 笑みを浮かべて告げながら、フォルクスは背後のヴォクシスを指し示す。

 息子の策略だと知らされた皇女は衝撃の余り言葉を失った。


「そんな訳だから少しの間、おねんねしてな!」


 悪役のような言い回しで、トンッと項垂れる首筋を殴る。

 途端にぐらりと傾いた体を受け止め、せめてもの情けでソファの上に放置した。


「カルディナ、怪我は無いか?皇帝に会ったと聞いたが…」


 腕を伸ばしながらヴォクシスが訊ねる。

 カルディナはその手を取り、涙を堪えながら大丈夫だと答えた。

 本当は思い切り腹を殴られて打撲になっていたが、心配を掛けたくなくて言わなかった。


「そうか、良かった…」


 安堵したように微笑み、頬を撫でた流れでそっと抱き寄せた。

 彼の無事にカルディナは涙を零して抱き締め返したが、その瞬間、ヴォクシスは気付いた。

 マフラーの隙間から見える乱れた服と垣間見える胸元―――。

 明らかに人の手で引き裂かれた襟元に、彼は息を呑んだ。


「カルディナ、何が遭った?」


 胸元の布を寄せて肌を隠しながら問い質した。

 思わず彼女は言葉に詰まった。


「アクアスの仕業です。駆けつけた時、襲われ掛けていました」


 先に答えたのはフォルクスだった。

 その告白にはイーシスも耳を疑った。


「取り敢えず、早く脱出しましょう。北西の滑走路に王国軍の輸送機が着陸している筈です」


 端的に伝える傍ら、彼は拳銃の充填を急いだ。




 黒煙と炎が立ち上る中、帝国兵の包囲網を掻い潜って南西の滑走路に到着したカルディナ達は、大地に降り積もった白銀を撒き散らして滑り込んできた輸送機に駆け寄った。


「どうも~、エクスレイでーす!お迎えに来ましたよっと?」


 搭乗口のハッチを開け、飄々と顔を出したのはエクスレイ中尉である。


「こら、ふざけてる暇無いぞ!」


 背後からその頭を叩き、駆け寄ったモーヴ中尉は大佐の惨状に思わず顔を歪めた。


「ごめんねぇ、油断しちゃった…!」


 当人はおちゃめに言うが、笑い事ではなかった。

 一先ず、数人掛かりで大佐を機内に運び入れ、中で待っていた軍医が直ちに診察を開始。

 その間、同行したイーシスは皇宮からの脱出を願っていた女官や妃の誘導を補助。

 彼女達もまた皇帝等の暴挙に苛まれ、虐げられて来た被害者である。

 この混乱に乗じて皇宮内を知り尽くすイーシスが走り回って亡命を呼びかけ、それに応じた人間が集った次第である。

 幸い輸送機はそれらを見越して余裕を持っていた為、全員を無理なく乗せることが出来た。


「確認完了!全員乗りましたわ!」


 轟いたイーシスの声に、殿(しんがり)を務めいたカルディナとフォルクスはしつこく離陸を阻もうとする帝国兵を蹴散らしながら輸送機へと駆け寄る。


「イーシス様、ありがとうございます。さあ、行きましょう!」


 手を差し伸べ、一緒に行こうとカルディナは微笑み掛ける。

 決意を固めた瞳でイーシスは頷き、その手を取った―――その時だった。


「逃がすかぁ!!」


 轟いた怒号にハッと二人で振り返る。

 その目に見えたのは怒り狂い、銃口を向けるアクアスの姿だった。


「危ない!」


 その叫び声と同時だった。

 一際の銃声が轟き、目の前で真紅が散る。

 立ちはだかるように眼前に飛び出し、そして崩れ落ちた姿に、カルディナは悲鳴を上げる間もなかった。

 抱き止めたその胸からは血が溢れ、白い世界をその色に染めた。


「イーシス様っ!!」


 即座に応戦に入った仲間が盾になった隙に輸送機に乗り込み、カルディナは必死の止血を試みる。

 中にいた軍医達もヴォクシスの手当を後回しにして駆け寄った。

 しかし―――、軍医は被弾箇所を見た瞬間その手を止めた。

 そして、震える手で衣服を直し、白衣をその身に掛けて悲痛に首を振った。


「…そんな…っ…嘘……」


 現実を拒絶するように、カルディナは震えながら首を振った。

 機内の誰もが言葉を失った。


「…駄目…なのね…っ…」


 苦笑しながらイーシスは囁いた。

 直後、奪還部隊全員の回収を済ませた機体がエンジンを鳴らした。


「…カルディナさん…っ…、どうか…お母様や…お兄様を…赦して…二人とも…本当は…っ…」


「喋らないで!血がっ…!」


 声を荒らげ、必死に傷口を押さえつける。

 止まらない血にどうして良いのか分からなくなった。


「……お願い…っ…、お父様に…愛して…いると…不幸な娘で…っ…ごめんね…って……」


「必ず伝えます。ご安心を」


 代わりに告げたのは、フォルクスだった。

 カルディナは溢れ出した涙にしゃくり上げ、何も言葉を返すことが出来なかった。

 

「…お願い…します…っ…」


 それが最期の言葉だった。

 動かなくなった彼女の心肺を確認した軍医は無情にも死亡を告げ、その光景に女官や妃達は泣き崩れた。

 カルディナは涙ながらに閉じ切ること無く止まった瞼を下ろし、光を失った瞳を隠す。

 居合わせた仲間達は敬礼でその死を悼み、セルシオンも弔うように細く鳴き声を上げた。

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