陽動
元帥直々の指示の下、第二格納庫へと身を隠すように滑り込んだ一行は、その場にあった武器や装備を掻き集めた。
大佐やフォルクスが武装を急ぐ間、カルディナは格納庫の大型シャッターのスイッチを叩き、中央に鎮座している相棒の戦闘用ボディのコックピットに滑り込んだ。
大慌てで搭載されている機器を操作し、無線やその他設備を起動。
同時にセルシオンはその体を崩して機械の体に纏い付き、気合を入れるかのように銀の翼を広げた。
「これが機械竜…」
霞む視界に映る白い巨躯にキャスティナは息を呑む。
鮮明には見えずともその姿は神々しく、皇帝が酷く欲する理由が分かった気がした。
「大佐!先に出ます!」
言い放った直後コックピットのハッチを力任せに閉じ、カルディナは開き切ったシャッターから戦場と化した外へと飛び出した。
雄叫びを上げて威嚇するセルシオンに、敵方戦闘機は即座に迎撃体制を取った。
「セル、誘き出すよ!」
その指示にセルシオンは応えるように短く鳴き、パッと翼を打って上昇。
上空の敵機を撹乱しながら引き付け、城下町に被害を拡大せぬよう隣接する広大な王室牧場へと誘き出した。
「ごめんなさい…!」
そう零した直後、背後を取った一機目の尾翼に竜の牙が食い込んだ。
機体の一部を食い千切られた戦闘機は忽ち制御を失って墜落し、激しく火柱を立てた。
パイロットの安否を確認する暇はなく、直ちに他の戦闘機を撃墜すべく旋回。
鉤爪で二機目、三機目と叩き落し、火炎を吹いてその他大勢を蹴散らしながら輸送機に狙いを定めんとした時だった。
輸送機の護衛を務めていた二機の戦闘機が、輸送機を見捨てるかのように上方へと方向転換。
真上を横切らんとする機体に敵前逃亡かと思った瞬間、バンッと破裂音が轟き、上から押さえ付けられるような強い衝撃が掛かった。
ぐんぐん下がる高度に、外部モニターを確認したカルディナはその原因に目を剥いた。
蜘蛛の巣のような網が機械竜を覆い、それを牽引する先程の二機の戦闘機が地上へと引き摺り下ろそうとしている。
セルシオンは直ちに絡まる網と戦闘機を焼き払おうと火炎を吹いたが、戦闘機は繋いでいた網を切り離して左右へと離散。金属を含んだ網は切れるどころか熱を帯びて溶け出し、その躯体に張り付いて更に動きを封じた。
「セル!一旦、城内に戻ろう!」
見る見る動けなくなる相棒を、城壁の上に下ろしたカルディナは退避を促す。
しかしその刹那、背後を振り返ったセルシオンの視線で、彼女は別の戦闘機二機がヴォクシス達が潜む第二格納庫へと狙いを定めていることに気付いた。
「駄目ぇ!!」
悲鳴を上げた主人にセルシオンは決死の覚悟で両翼を展開。
機関銃に翼を撃ち抜かれながらも、その巨躯を盾に戦闘機の行く手を阻み、鉤爪と尾を駆使して翼の隙間を掻い潜らんとした敵機を叩き落した。
「大佐!?ご無事ですかっ!?」
撃墜した二機が爆発炎上する中、直ちに耳元のインカムで格納庫内に潜む三名の安否を確認。
間もなく、黒煙の隙間から見える格納庫のシャッター脇で人影が動くのが見えた。
『カルディナ、助かった!二人も無事だ…!今程、王族全員の安全が確保された。こちらにも間もなく護衛官が救助に来るそうだ。引き続き、迎撃と警戒を頼む!』
返答と共に人影がこちらへと手を振り、カルディナはその様子に安堵の溜息を零した。
「セル、頑張ったね。もう少しだよ…!」
張り付いた網を嫌がる相棒の内より労を労いつつ、上空を尚も飛び交う戦闘機の群れを確認。
溶けた飴を剥ぎ取るように身体を掻いて、網を掻き取ったセルシオンは、気を取り直すように体勢を整えた。
「…あと六機…!」
残党の数を数えつつ、上空から微動だにしない輸送機を睨む。
まるで、何かのタイミングを見計らうようなその様に、カルディナははたと気が付いた。
何故、彼等は突如国の中枢たる王城にこれほどの猛攻を仕掛けることが出来たのか――、そもそも彼等の目的とは―――……。
帝国から王城まではいくつかの基地を通過しなければならない筈。しかも今日は比較的晴れており、ここまで全くバレずに戦闘機の大群が押し寄せたことは不可解だった。
加えて、未だに帝国軍側の目的が分かっていないし、セリカ皇女のいた幽閉塔をこれ見よがしに砲撃した割に、そのすぐ隣の王族の住まいには目立った被害が見られない。
まるで、この騒ぎで何かを隠すような―――。
そう考えて行って辿り着いた答えにカルディナは戦慄した。
「まさか…!」
撃ち落とした戦闘機を振り返り、その残骸に目を凝らす。
チリチリと炎に炙られ、剥がれ出したその塗装の下に見えてきた尾翼に刻まれた模様は王国軍の物であった。
(やっぱり王国の戦闘機…!しかもあのシンボルマークは確か第六師団の…!してやられた!)
疑問の答えを目の当たりにして、カルディナは怒りに震えた。
機体の胴体部分に見えたシンボルマークは、王都より程近く情勢の安定している北東の国境地区を守護する第六師団の物である。
北に位置する山脈を背負う基地に拠点を置く彼等は、優れた戦闘機部隊を多く抱えていることでも知られ、そのかつての長は―――。
『こちらシャンティス少佐!誰か聞こえますか!?これは罠です!直ちに参謀本部のボルボス中将を拘束してください!敵襲は奴が昨年まで受け持っていた第六師団から来ています!すぐに北のハインラクス基地に迎撃隊を…!』
驚愕の事実を知らせるべく、カルディナは無線機のスイッチを叩き、精一杯に声を張り上げる。
インカムを通して、それを聞いていたヴォクシスは周囲を警戒しつつも瓦礫と化した戦闘機に目をやり、カルディナの連絡の意味を理解した。
その最中だった。
猛烈なジェット音を立て、上空を旋回していた戦闘機が隊列を組んで接近。
降り注ぐ弾丸の一つがコックピットの窓を掠めて罅を入れ、セルシオンは主人を守るべく敵機に背を向ける。
しかし、その瞬間を敵方は狙っていた。
ここぞとばかりに撃ち込まれた無数の誘導弾は、容赦無くその背の翼を引き千切り、猛烈な爆風により、その巨躯が城壁の下に叩き落された。
尚も続く猛攻にセルシオンは腹に潜る主人を守らんと懸命に逃げ出すも、更なる砲撃に弾き飛ばされ、第二格納庫の壁に激突。
大きく揺れる建物に悲鳴を上げるキャスティナをフォルクスは身を挺して庇い、ヴォクシスは壁を突き破って滑り込んだ撃墜されたセルシオンの姿に絶句した。
「カルディナ…!」
ボロボロの躯体の胸に見えるぐったりとした手に、彼は娘を助け出さんと駆け出す。
けれどその時―――、唯ならぬ雑踏が迫るのが聞こえ、視線を向けた彼はその姿に目を疑った。
「何故、貴女がここに…?」
眉間に皺を寄せ、思わず問い掛けた。
幽閉塔にいた筈のセリカ皇女がそこにいた。
その隣には疑惑のボルボス中将も控えていた。
「よく出来た部下を潜り込ませていました。お陰で革命などと不埒な気を起こす反乱分子を見つけることも出来ました」
微笑みを浮かべて告げながら、セリカ皇女は掌を掲げる。
背後に控えていた武装兵は、ジリジリと怯えるキャスティナへと距離を詰めた。
「付いて来なさい。大人しく応じれば悪いようにはしないわ」
不気味な笑みで皇女は続け、その手を差し向けて兵達に彼女の拘束を指示。
迫る数多の腕にヴォクシスは駆け戻り、抱き合うキャスティナとフォルクスの前に立ちはだかった。
「バルシェンテ殿、その翼で殿下を連れて逃げなさい。ここは私が引き止める」
その指示にフォルクスは耳を疑った。
機械竜は翼をもがれて最早、戦闘は不可能―――、ここを乗り切るにも、あまりにも多勢に無勢で逃げる以外には勝ち目はない。
「ですが、貴方が…!」
「早く!!」
突然の怒号に面を喰らいながらも、彼は頷くしかなかった。
それが最善であることは言うまでもなく、選択肢はなかった。
主であるキャスティナを素早く抱き上げた彼は、瞬時に機械仕掛けの翼を展開。
敵方が追撃する間もなく、セルシオンが開けた壁の穴に滑り込み、瞬く間にその場から脱出した。
「殿を務めるとは勇敢ですね。それとも娘を置いてはいけないということかしら…?」
嗤うような問いに、ヴォクシスは何を言っているのかと嘲笑った。
「カルディナとセルシオンの捕獲が、貴様らの本来の目的だろう?潔癖と名高いボルボス中将が帝国の軍門に下っていたとは意外でしたが…、成程、貴女が唆した訳ですか…」
銃剣を構えつつ、ヴォクシスは臨戦態勢を取った。
「唆したとは人聞きの悪い…。彼には今の王家の有様を伝えたに過ぎません。己の力量を図り間違えた王の器にない者が玉座に手を掛け、王たる資質のある者が辛酸を舐めさせられる、この間違った国の形をね…」
堂々と皇女が告げる中、空で待ち構えていた輸送機が滑走路に滑り込み、背後の開かれたシャッターの眼の前へと着けられる。
続々と降り立ち、巨大な網で手負いの機械竜を覆い始める帝国兵にヴォクシスは刹那の瞬間、気を取られた。
「貴方だって本来ならば、より高みを得られた筈…」
間近に聞こえた声にハッとして振り返る。
同時に、纏い付くように頬を撫でられた。
向けられるその視線に、彼は血の気が引いた。
それは離れて暮らした息子を愛でる母ではなく、狂気を孕んだ恋い焦がれる女の顔だった。
「嗚呼、高潔で慈悲深いディミオンにそっくり…。あの時、何故に気付かなかったのかしら…」
恍惚とした瞳で呟きながら、セリカ皇女は彼を抱き締めんと両腕を伸ばす。
あまりの気持ち悪さにヴォクシスはその手を振り払い、飛び退くように距離を取った。
「高貴な血など私には必要ない…!そもそも全ては貴女が撒いた火種ではないのか!?」
触られた頬を拭いながら銃剣を構え直し、その銃口を差し向ける。
皇女の相手をしている暇は無かった。
今、こうしている間にも網に絡み取られ、動きを封じられたセルシオンからカルディナは引き摺り出され、輸送機に乗せられんとしていた。
「…そんなにあの娘が大切なの?赤の他人でしかないというのに」
何処か嘲笑う声に、黙れとヴォクシスは声を荒らげ、懲りずに歩み寄る皇女を突き飛ばした。
力任せに突き放されて尻餅をついた皇女に護衛の帝国兵は直ちに反撃に出るも、彼は機械仕掛けの手足を武器に、赤子の手を撚るかの如く瞬く間に兵等を一掃。
その強さに護衛が戦いた隙に、ヴォクシスは踵を返した。
――カルディナを奪われてなるものか!
輸送機に連れ込まれた娘を奪還せんと彼は果敢に機内へと乗り込んだ。
「動くな!カルディナを何処に連れて行く!?」
そう叫ぶ彼の鬼神の如き姿に、機内にいた帝国兵は戦慄した。
輸送機を降りた武装兵は軒並み返り討ちに遭い、皇女の奪還救助を考えれば、これ以上の兵の喪失は作戦の遂行に支障を来し兼ねなかった。
「その子を返せ!傷付けることは…!」
断じて赦さない―――!
そう言葉が続く筈だった。
けれど、その声は轟いた数発の銃声に消え、強い痛みが身を貫いた。
撃ち抜かれて制御を失った両足が崩れ落ち、凶弾が掠めた右肩よりパタパタと真紅が落ちる。
しくじった。
無謀にも機内で発砲する者がいるとは―――。
辛うじて保った意識の中、ヴォクシスはこの事態を仲間に知らせなくてはと懸命に通信端末へと手を伸ばす。
けれど、その手は無情にも帝国兵に押さえられ、手の内より通信機は虚しく外へと転がり落ちた。
「ヴォクシス!?」
銃声に駆け着けたセリカ皇女はその惨状に悲鳴を上げ、倒れた息子に縋り寄る。
左の脇腹から流れる血の量に、咄嗟に裾を割いて止血を試みた。
「急所は外しています。この男、どうしますか?」
硝煙の香る銃を片手に淡々と訊ねる声に、皇女は視線を上げて睨み付けた。
「皇宮へ連れていきます。このまま放って置いては死んでしまう!軍医を早く…!」
当然とばかりの返答に、彼は肩を竦めるや「御意」と答えて恭しく頭を垂れた。




