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行き付けの喫茶店にて


 空腹の腹に好物のマカロニグラタンの温かさが染み渡り、抑え切れぬ満面の笑みでその幸せを噛み締める。

 夕飯を済ませにやって来たのはヴォクシスと度々利用している喫茶店で、顔馴染になったウェイター達は連れ立った見慣れぬイケメンの姿にこちらとの関係性を探らんとチラチラ視線を向ける。

 そんな視線を気にも止めず、対面するように座る二人は真剣な顔で食事がてらに会話を続けていた。


「…では、ランギーニはアルデンシアに来ていたと?」


 訝しげに訊ねつつ、ヴォクシスはこんがりと焼けたバケットを千切った。


「恐らくは大公の処刑を確かめに来たのでしょう。当時の状況からして影武者とは考え難いです。話した内容からして処刑場での俺の立ち回りを見ていたようでした」


 問いに答えながら、フォルクスは湯気の上がるエッグベネディクトにフォークを入れる。

 嫌でも耳に入る話の内容に、この場にいて良いのかと悩みつつ、カルディナはテーブルに置かれた水差しを手に取り、両者のグラスに冷水を注いだ。


「嗚呼、ありがとう」

「水、ありがとうな」


 同時に貰った礼の言葉に、思わず愛想笑い。

 流石は大人―――、命の奪い合いをした宿敵同士だったというのに、今は同僚のような振る舞いである。


「特務大佐になったのは、正確にはいつ頃?」


「停戦協定締結から五日後です。突然の通達でした。セリカ皇女が失踪したことで、外交の顔として第一皇妃であるキャスティナ殿下を使わざるを得なくなったのが理由です。ランギーニの皇后はソリオン殿下の出産で亡くなって以来、空席ですから…。王国(こちら)に伺うに当たり、表向きは殿下の直属護衛としてですが、秘密裏に皇女の居場所を突き止めろとの司令を受けました」


 そう返した彼に、ヴォクシスは食べ終わった食器をウェイターが運び易いよう纏めつつ、物思いに胸ポケットのシガーケースに手を伸ばした。


「申し訳無いけど、煙草良いかな?」


 断りを入れつつ、取り出したシガーケースを開く。

 フォルクスはカルディナを一瞥した上で自分は大丈夫だと答え、腰ポケットからライターを取り出した。


「ちょっと手洗いに行ってきますね」


 そう告げて徐ろに席を立ったカルディナは、ヴォクシスの横を過ぎ去る間際、手で数字を示した。

 後ろ手でいってらっしゃいとばかりに手を振りつつ、ヴォクシスはフォルクスが点けたライターの火に煙草を寄せて煙を蒸かした。


「………、退席の指示でしたか」


 ライターを仕舞いつつ、フォルクスは独り言のように呟いた。


「中々に頭の切れる子でね。部下としても優秀なんだ。君は吸う人かな?」


 訊ねつつ、彼へとシガーケースを差し出す。

 フォルクスは会釈しながら一本貰い、手早く火を点した。


「単刀直入に聞くけど、バルシェンテ殿は皇帝が探し求めている万物の語り部(シエンティア)天地喰らう者(デュアリオン)について、どのくらい知っているのかな?」


 その問いに、彼は度肝を抜かれたような顔をした。


「何処で知ったんです?帝国でも極一部しか知り得ない存在です」


「まあ…、俗に言う身内から。頑なに詳細を教えてくれなくてね。取り敢えず、在り処を突き止めて陸軍側で保護管理はしてるけど…」


 煙を吐きながら訊ね返したフォルクスに、ヴォクシスは言葉を濁しながらも答えた。

 革命に際して信頼を得る為、セリカ皇女を拘束していることなど、彼にはいくつかこちらの内情を明かしている。

 故にそれだけ言えば、十分だった。


「………、シエンティアとはクロスオルベ家の末裔で、デュアリオンはその血筋のみが起動できる魂授結晶(セルシオン)を利用した究極兵器だと聞かされています。昇進後の謁見で、ランギーニから皇女の捜索と同時にその在り処を突き止めよとの勅令も受けました」


 思わぬ返答に、ヴォクシスは口に寄せた煙草の手を止めた。


「皇帝はデュアリオンの所在を知らなかったということかい?こちらとしては既に勘付かれているとばかり…」


 灰皿をテーブルの中央に置き直したヴォクシスは煙草の灰を指で弾き、物思いに伸び始めた髭を擦った。

 考え直してみれば、確かに不可解な点は他にもある。

 カルディナ含む西果ての島民を苦しめた前任駐屯兵団長は、帝国と癒着して魂授結晶の掌握を目論んでいた。

 恐らくは万物の語り部(シエンティア)天地喰らう者(デュアリオン)についても聞き及んでいた筈である。

 しかし、その存在を得るに重要なシャンティスの名を継ぐ人間には特別な危害を加えた様子はなく、万物の語り部(シエンティア)そのものであるカルディナの存在も認識していない様子であった。

 彼女自身と出会った時も、名を聞くまでクロスオルベ侯爵家の直系子孫だと気付かず、巨躯を有する機械竜セルシオンも強盗事件が起こるまで軍には気付かれなかった。

 身を守る為にシャンティス家の人間が、一連の内容を掩蔽していたとしても、あまりにも巧妙―――。

 考えに耽る彼に、フォルクスは細く煙を吐いた。


「もしかしたら、密かな協力者がいるのかも知れませんね。クロスオルベは優れた家臣に恵まれていたと聞いています。今尚、主を守るために動いている者達がいるとすれば…」


「成程。調べる価値があるかも知れないねぇ…」


 指先にジリジリと熱が迫る煙草を消し潰し、ヴォクシスはその考えに賛同した。


「…話は戻るけど、謁見した時の皇帝の様子について聞いても?」


「ええ、勿論。最初は淡々と昇進に対する祝いの言葉を貰いましたが、デュアリオンの話になった途端、妙に苛立って何処か焦っている印象を持ちました。シエンティアについても、本来はサニアスタの手元に在るべきなどと宣わっていましたし…」


 そう答えたフォルクスも、短くなった煙草を灰皿の中で消し潰した。


「それと、これは単なる推測ですが…」


 断りを入れつつも彼はそう切り出し、辺りを一瞥しながらテーブルに身を乗り出し、声を顰めた。


「…近頃、ランギーニは具合が優れないようです。専属医が頻繁に出入りしているらしく、妃達へのお通り頻度も減っていました」


 その情報にヴォクシスは目の色を変えた。

 秘匿されてはいるが帝国皇帝ランギーニは既に還暦を過ぎており、年齢的にはあり得なくはない。

 世代交代が迫っていての一連の凶行という可能性も考えられなくはなかった。


「…もし仮にランギーニが斃れたとして、次の皇帝はソリオン殿か…?」


 眉を顰めつつ、ヴォクシスはもう一本煙草を取り出した。


「どうでしょうか…。立太子式を行っていないですし、何よりあちらには…」


 椅子に座り直しつつ、フォルクスはまたライターを取りながら言葉を躊躇った。

 皇帝になれるのはサニアスタ皇家の血筋であるのは言うまでも無いが、現在、皇家にはランギーニ唯一の子ソリオン皇子以外にもその資格を持つ者が存在する。


「………、二十一年前に連れ去られたギリウスの子、アクアス王子とイーシス王女か…」


 また火を貰いつつ、ヴォクシスは煙と共に溜息を零した。

 帝国に流れた王子と王女はギリウスの廃嫡に加え、当時、王国側の発した帰還命令に従わなかった事により王位継承権を失っている。

 しかし、その身体にハインブリッツ王家の血が流れていることは変わらず、帝国ではセリカ皇女の子供達としてサニアスタ皇家の一員として事実上認められてしまっている状態にあった。

 加えて、アクアス王子に関しては親譲りの見目の良さから民衆からの人気も上々との噂である。


「それって不味くない?なんで、もっと早くに言わなかったの?その三人の誰かが皇帝になってたら大惨事だよ?」


 煙草を咥えて困ったように頭を搔きつつ、彼は呆れたように訊ねた。

 もしも穏健派で知られるソリオン皇子が即位した後に革命を行った場合ですら、世間からの風当たりが気掛かりだというのに、万が一、皇子を差し置いてその二人のどちらかが新皇帝となった場合、革命を後押ししている王国は身内を襲撃したと悪評を付けられ兼ねない。


「確証は無いですし、話が決まってから気付いたので…。殿下の身柄については変わらないので様子を見ながら計画は進めるつもりでした。王国には迷惑は掛けませんよ」


 あっけらかんと答えつつ、フォルクスは皿に残っていた冷めたフライドポテトを抓んだ。


「君って相当な度胸と根性あるね」


「生憎、思春期に敗戦奴隷になったもんで感覚可笑しいんですよ。腕の一本圧し折られたくらいじゃ滅気ません」


 返ってきた嫌味にヴォクシスは灰を落としつつ苦笑い。

 かなり根に持っていたらしい。


「あのぉ…、お話まだ掛かります?」


 不意に聞こえた訊ねる声に、二人して我に返った。

 手洗いの口実で席を外していたカルディナが、戸惑ったように小首を傾げていた。

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