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フォルクスの過去


 機械仕掛けの翼に接続するプラグの漬け置き洗浄をしながら、カルディナはフォルクスの昔話を聞いた。

 彼の故郷のアルデンシア公国は乾いた山岳地帯の小国で、紡績を目的とした羊類の家畜産業が盛んだったという。

 起伏が激しく痩せた土地柄、鉄道開発や道路の拡張は自然災害誘発の恐れや家畜の餌となる牧草地を削ることになる為、主な交通手段は長年ロープウェイや小型車両に限られた。

 世界的に見ても質は良いが、運送の問題で伸び悩む家畜産業を盛り上げたかった公国はカローラス王国の機械義肢技術を応用し、機械翼肢(モビルウイング)の開発を開始。

 背筋の動きに連動して展開できる機械の翼は、リュックのように背負えて持ち運びも便利で、公国の産業を革新させる希望になる筈だった。

 しかし、九年前に世界を襲った疫病により、その希望は崩れ去ることになった。

 翼肢病と名付けられたその疫病は感染した人々の命を容易く屠り、収束宣言がなされるまでに世界人口の五十分の一が犠牲となった。

 翼肢病の名前の由来はその異様な症状で、重症化する循環器の炎症に加え、背より生え出す筋肉組織は激痛と共に人体には無い筈の翼を生やした。

 その原因となるウイルスは、帝国にて再生医療に活用されていた技術を悪用して造られたものであり、その最初の標的にされたのがアルデンシア公国であった。

 驚異的な感染力を有する翼肢病ウイルスは厄介なことに羊類の家畜を媒介者とし、それもあって世間は公国を発生源と誤認―――。

 風評により世界から隔絶された公国は忽ち経済と医療の崩壊に陥り、交通機関の悪さも相俟って国民の殆どがまともに治療を受けられずに命を落とした。

 そうして―――、止めとばかりに襲い掛かった帝国に公国は瞬く間に制圧され、たった一夜にして首都陥落に至った。

 間もなくして拘束されたアルデンシア大公とその一家は、僅かに残った民衆の目の前で次々に処刑され、とうとう処刑台に立たされた主キャスティナを救うべく、フォルクスはたった一人、帝国一個中隊に立ち向かい病より得た翼を駆使して主を奪還。

 共に逃亡を図ったが、結局、国境を直前に帝国軍に包囲されて逃避行は失敗に終わった。

 しかしながら、その度胸と並外れた戦闘能力を買われたフォルクスは敗戦奴隷として生かされ、キャスティナは彼に対する人質として、その美貌もあって皇帝に召し上げられることとなった。


「詰まる所、アルデンシアはイカロス計画の実験場にされたんだ…。俺みたく運良く生き残った奴は皆、研究施設に収容されてモルモットにされた」


「イカロス計画?」


 初めて聞く言葉に、カルディナは小首を傾げて訊ねた。


「帝国が考案した有翼戦闘員の量産計画のこと…。戦闘機って一機当たりがべらぼうに高い上に相当な燃料もいるし、コスパが悪いだろ?だから人間そのものを空飛ぶ兵器にしちまおうって計画されたんだ。けどまぁ、殆どの奴が歪な翼しか生えなくてさ…。皆、根本の神経だけを残して神経接続型の機械翼肢(モビルウイング)を付けられる中、俺だけが自前の翼で戦ってた…。格好良かったんだぜ?烏みたいに真っ黒でデカイ翼で…」


 己の背にあった翼のことを自慢げに話しながら、彼は洗浄の済んだプラグをバケツから取り出した。


「………、だけど五年前、王国軍(そちらさん)のエースパイロットに翼を撃ち抜かれて堕とされてさ…。見事な腕だったよ。何とか基地には帰還したが、翼は神経をやられていて切り取るしかなかった。それからはこいつとの付き合い…」


 淡々と言葉を続けるフォルクスは置かれた機械の翼を示し、プラグの水気を拭いた。


「ねえ、そのエースパイロットって…?」


「セドリック・エクスレイ。知ってるだろ?」


 その名を聞いて、驚いた。

 エクスレイ中尉のことである。


「結局、イカロス計画は失策判定されて、代わりに結成されたのが戦闘翼肢(バトルウイング)部隊。俺の率いるバンデット隊は全員アルデンシアの生き残りでな…。戦闘翼肢(バトルウイング)は戦闘機より遥かに安いが、この通りメンテが相当な手間でさ。機械義肢と同様、故障時に感電する危険もあって諸刃の剣なんだ…」


 何処か自嘲気味に続けながら再度、服を脱ぎ、埋め込みプラグを背の接続部の穴に入れ込もうと手を回す―――が、中々嵌まり込まず難儀した。


「…ここに差し込めば良いの?」


 彷徨う指先からプラグを奪い、カルディナは訊ねながら傷痕深い背にそれを差し込んだ。


「悪い。助かる」


 礼を告げつつ肩を回し、彼は異常が無いかを確認。

 きちんと嵌まり込んだ事を確かめて、服を着直した。


「…革命の決起理由は、やっぱり復讐?」


 顔色を窺うように、恐る恐るカルディナは問い掛ける。

 そんな彼女を一瞥してフォルクスは微かに溜め息を漏らした。


「復讐半分、使命半分ってとこかな。ここだけの話、ランギーニには会ったことがあってさ」


 その告白にカルディナは耳を疑った。

 帝国皇帝ランギーニは姿を見せないことで知られ、皇帝の腹心以外はその顔を知る者はいないと言われている。


「それって、いつ?」


「処刑台から逃げ出して国境間際で帝国に捕まった時。それと特務大佐に昇格した日にも呼び出された。どちらも変な仮面着けて顔は拝めなかったが話はした。変声機まで使って声も分からなくして…、気味の悪い野郎でさ。話しながらあの化け物が玉座にいる限り、帝国は変わらないと確信した。身内さえ良ければ、他なんか虫螻みたく思っている連中のままだと…。もうアルデンシアの悪夢は何処にもさせたくないんだ」


 作業台に置かれたバケツを手に取り、彼は心中を語りながら流水と共に、汚れた洗浄液を豪快に流した。


「その話は僕も初耳だねぇ」


 飄々としたそんな声に二人して振り返り、繕うように姿勢を正した。

 仕事から戻ってきたところなのか、上級将校のみが纏える外套を羽織ったヴォクシスであった。


「翼のメンテナンスかな?」


 作業台に置かれた対の翼を眺めつつ、彼は不敵に微笑む。


「場所をお借りしました。許可書も頂いています…。整備は済みましたので、間もなく退出します…」


 大層気不味そうに答えながらフォルクスは、翼を収納ケースに入れようと手を伸ばす。

 しかし、ヴォクシスはその手を止めるように翼に機械仕掛けの手を置き、ニコリと微笑んだ。


「………、お嬢さんをこんな時間まで止めてしまったことは謝罪します。戦闘翼肢(バトルウイング)にご興味があるようでしたので…」


 根負けしたように姿勢を正し、彼は申し訳無いと頭を下げた。

 その言葉にカルディナはハッとして壁掛け時計を確認。

 驚いたことに八時を回っていた。

 いつの間にか彼と二時間以上、喋っていた計算である。


「あ、あの大佐!私もオーバーホールの誘いに乗ってしまった訳で…!」


 このままでは彼が叱責されると、慌てて言葉を放った。

 ―――が、次の瞬間、空気の読めない腹の虫が盛大に喚いた。

 広い格納庫に見事に響いた腹の音に、カルディナは見る見る赤面。

 男二人はそんな彼女の愛らしさに思わず失笑した。

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