傷痕
すっかり陽も暮れた夕方六時。
密かに帝国から持ち出した自身の戦闘翼肢を担いで、フォルクスは王城内第二格納庫へと足を運んだ。
今夜は主のキャスティナが王太子シルビアとの夕食会に呼ばれており、束の間の自由時間となった。
充てがわれた部屋で唯、体を休めるのも悪くはなかったが、有事に備えて翼のメンテナンスをすることにした。
機械油の臭いが部屋についてはいけないと、メイドに何処か機械整備が出来る場所を訊ねた所、第二格納庫を勧められた。
王国軍の管理部に手続き書類を提出の上、いざ倉庫の扉を開けてみれば、そこでは先客が頭を抱えて可動式黒板と睨み合っていた。
「……やっぱ大型タービンは無理かぁ…小型とすると二十箇所は必要だし…」
ブツブツと独り言を漏らしつつ、先客ことカルディナは文字で埋め尽くされた黒板に更に数式を書き加えていく。
背後の作業台には試作品の小型水力発電機が置かれ、その隣には彼女の故郷の島の地図が広がっている。
更にその上に小型竜姿のセルシオンが丸くなって寝ていた。
「…風力発電も検討した方が……」
そう呟いたところで振り返り、両者目が合った。
瞬間、彼女はガタリと音を立てて黒板に張り付き、その音で飛び起きたセルシオンは今更ながら威嚇の唸りを上げた。
「な、何で…」
「こいつのメンテに来た。メイドに訊いたら、ここを勧められた」
端的に答えて、担いできた荷物をドンと床に置く。
ファスナーを下ろして開けられたケースの中には対の機械仕掛けの翼が収納されていた。
「俺の戦闘翼肢、詳しく見たいんだろ?」
その問いにカルディナはゴクリと生唾を呑んだ。
昼間のランチ時間、抑えてはいたが溢れ出す好奇心についつい質問をしまくった事は反省している。
正直、是非に見たい。
欲を言えば分解したい。
「革命に対して殿下を説得してくれた礼だ。時間もあるし、片翼だけならオーバーホールさせてやる」
その言葉にカルディナは歓喜した。
装甲を剥がした機械仕掛けの翼は、複雑で緻密に作り上げられていた。
部品一つ一つに分解しながら精密機械用の不織布で丁寧に汚れを拭き、傷や摩耗の具合を確認しながらグリースを塗り直してまた組み立て直していく。
地道ながらとても楽しい時間だった。
「…神経接続部の構造は機械義肢と同じだ。背中に埋め込んだプラグに押し込んで神経を繋いでる」
フォルクスから説明を聞きつつ、内部構造を理解していく。
一度、分解させて貰っただけだが説明の上手さもあり、既に殆どの起動メカニズムを理解した。
「…成程。限界高度を設けたのは、低酸素による心肺への負担と接続部からの火傷を懸念してなのね…」
「正解。ハイラー博士は医学博士でもあるから肉体へのダメージに対しても知見が広いんだ。実証実験中、無茶する度に無茶苦茶怒られたっけな…」
自嘲気味に笑いつつ、彼は使い終わった整備道具を仕舞い始めた。
「その博士は優しい方なのね」
「帝国人の中でも珍しいよ。敗戦奴隷の俺を人間として扱ってくれた数少ない人だ…」
その一言に彼女は思わず言葉を呑んだ。
彼の身の上については、軍の人間として聞き及んでいる。
これまで彼の身に降り掛かってきた、いくつもの苦難がその言葉に詰まっている気がした。
「…嫌じゃなけりゃ、背中の接続部も見るか?ついでに埋め込みプラグ外してもらえると助かる」
気を取り直すようにフォルクスは提案し、徐ろに首元のホックを外した。
カルディナは好奇心から是非!と言い出したくなったが、その首元から見えた逞しい肌にハッと我に返って言葉を押さえた。
「み、見たいけど、乙女心が止めておけと言っている…」
「おう、いっちょ前にそんな意識を持ち合わせていたか」
誂う声にムッとはしたが、客観的な己が勝った。
見せてもらうとしても、もしもここで誰かにその光景を見られたとしたら、あらぬ噂を立てられかねない。
考えてみれば今時点でも格納庫に二人きりで、逢引と捉えられかねない状況である。
「まあ、自分でも外せるんだけどな…」
ぐるぐると考える内、ケケケと嗤ってフォルクスは大胆に上半身の衣服を剥ぎ取った。
見えてしまった胸筋にカルディナは大慌ててそっぽを向こうとしたが、その刹那、彼の肌に刻まれた無数の傷痕に目を剝いた。
これまで軍に身を置いていて、大なり小なり色々な人の古傷を見てきたが、彼程多くの傷痕を持った人間は見たことがなかった。
綺麗な顔からは想像出来ない程の痛々しさだった。
「傷だらけでみっともねーよな…」
そんな心情と視線に気付いてか、彼は肩を竦めて呟き、背中へと手を回す。
カチリと小さく音を立てて外れたプラグを手中で転がしながら、服を着直そうとした時だった。
「ごめんなさい…」
不意の言葉だった。
向けた瞳の中に、はらりと零れた雫が光った。
「…貴方も…一緒なのに……私…っ……」
溢れる涙に言葉を詰まらせながら、カルディナはきゅっと軍服の裾を掴んだ。
デビュタントの時、誂われて苛立ちのあまり彼に言い放ってしまった言葉の数々を思い返して猛省した。
お互い意に反した戦いに身を投じ、傷付いていた者同士なのに―――、敵だと思う気持ちから配慮が欠如していた。
戦場で撃ち落としておけばなどと酷いことを―――…。
「ごめんなさい…っ…。私、酷いこと言った…。…言っちゃいけない言葉だったのに……」
裾を強く握り締め、情けなさの余り唇を噛んだ。
項垂れる彼女にフォルクスは小さく溜息を吐いて、素早く服を着直した。
「気にしてねぇよ。あのくらい罵倒にも入らない」
そう言って彼はプラグを作業台に転がし、荷物の中からタオルを取り出した。
「お前、案外繊細なんだな」
そんな言葉と共に、泣きっ面を隠すようにタオルを彼女の頭に乗せ、彼は流しへと向かった。
適当に置いてあった綺麗そうなバケツを借り、蛇口全開で水を注ぐ。
適当なところでキュッと締めた取っ手の音が小気味良く響いた。
「俺こそ誂って悪かった。怖い思いも沢山させた…」
淡々と告げながら水を入れたバケツにプラグを入れ、胸ポケットから洗浄薬剤を取り出す。
振り入れるように顆粒をパラパラと落とし、掻き混ぜる傍らで涙を零すカルディナの頭をタオル越しに乱暴に擦った。




