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父と娘でワルツを


 それは、カルディナのデビュタントとなる夜会が開かれる二週間前の事だった。

 元よりその夜会は、王家主催の停戦記念の催しではあったが、その席に帝国皇帝の名代として旧アルデンシア公国の公女であったキャスティナ妃が出席することが判明。

 これまで姿一つ見せなかった皇帝の寵妃が参列するとあって国内報道陣は挙ってその話題を取り上げた。


「アルデンシアって確かフリード・ビジェットの故郷でしたよね?」


 ラジオのニュースを聞きながら練習用のヒールに履き替えたカルディナは、隣で革靴の靴紐を結び直す大佐に訊ねた。

 今日は本番に向けた予行練習として時間を割いてもらった次第である。


「言ってしまえば、キャスティナ公女はビジェットの真の主人だ。どうやらビジェット本人も付き人として参加するらしい」


「はいっ!?あいつもっ!?」


 顔を顰めて声を上げたカルディナに、思わず大佐は苦笑い。

 誘拐されかけるし戦場で一線交えただけあって最早、天敵扱いである。


「参列者名簿に本名であるフォルクス・バルシェンテの名前があった。本名を出せるだけ出世したみたいだね…」


 そう話しつつ小悪魔的に微笑む横顔に、カルディナは微かに背中が寒くなった。

 風の噂で自身の誘拐未遂での尋問に際し、フリードの腕を圧し折ったとの話を聞いている。

 悪魔大佐の鱗片が見えた気がしてこれ以上、話題にしてはいけないと口を噤んだ。


「それじゃ、始めようか」


 気を改め、借りたホールの中央でカルディナは大佐と手を取り合った。

 今日までに慣らして来た高めのヒールを鳴らし、入場から踊り出しの動きを確認。

 改めて思うが、大佐は背が高くて体格も良いので、残念ながら背丈に恵まれなかったカルディナと並ぶと見事な凸凹である。


(義足、短く出来ないだろうか…)


 本番で流れる予定のワルツの旋律に合わせてステップを踏みつつ、悔し紛れにそんな考えが頭を過ぎった。


「足、辛い?一旦、止めようか?」


 表情を曇らせた彼女に、大佐は心配の声を掛けた。

 そんな優しさに、カルディナは僅かに狼狽えながらフルフルと首を振った。

 いけない事を考えた―――。

 情けない自分を反省した。


「…にぃ、三!よし、上手だ…!」


 リズムを伝えながら、時に褒めながら―――、ゆったりとした音楽に合わせてリードする大佐に導かれ、何度も練習したステップを踏んで行く。

 次第に緊張が解れてカルディナの表情が和らぎ、ターンが決まる度、大佐からも笑顔が零れた。

 学校でやって来た練習の甲斐あって、段々と楽しくなった。

 楽しくなって来たのに気付けば終わりが来た。

 曲の終わりと共に姿勢を正し、お互い向き合って会釈をする。

 流石というべきだろう。

 こんなに踊り易いリードは初めてである。

 ―――もっと踊ってみたい。

 そう心がムズムズした時だった。


「…幸せだな……」


 零れた呟きに、カルディナは小首を傾げた。


「ちょっとした夢だったんだよね、娘と踊るの…。もう叶わないと思ってた」


 肩を竦めながらも感慨深げに告げた彼に、カルディナはどう言葉を続ければ良いか分からなくなった。

 本来ならば大佐には十一歳になるお嬢さんがいて、奥さんとも幸せに暮らしていた筈―――。


「………、他に夢はありますか?」


 何と無く、徒に訊いてみた。

 島から連れ出されてから、陰ながらに見守り、気にかけ、守ってくれた大佐に出来ることがあるならば叶えてあげたかった。


「私で良ければお手伝いします。養女ですから代わりくらいには…」


 戯けるように肩を竦め、気恥ずかしさに視線を泳がせ下げながら、カルディナは取り合ったままの手を握った。


「ははっ、代わりと言われてもねぇ…」


 笑い混じりの一言に、ツキンと胸に痛みが走った。

 やはり所詮は赤の他人―――、実の娘の代わりなんて烏滸がましい事を言ってしまった。


「すみません、大それた事を…」


 恥ずかしさに手を離そうとしたカルディナだったが、大佐はその手を掴み直し、優しい微笑みを向けた。


「そうじゃないよ。僕にとってカルディナはカルディナだから…。だけど、そうだね…」


 そこまで告げ、彼が不意に悪戯な笑みを浮かべた次の瞬間だった。

 唐突に両脇を持たれて、放り投げられるようにふわりと体が宙に浮いた。

 まるで幼子にするように高くカルディナを持ち上げた大佐は、その場でくるりくるりと踵を回す。

 力任せに体を振られる彼女は、回る視界の怖さと脇に掛かる手の擽ったさに情けない悲鳴を上げ、その声に彼はケタケタと誂うように笑い声を上げた。

 間もなくして下ろされたカルディナは、回り続ける視界にぺたんと床に座り込んだ。

 大人気なく騒ぎ散らした二人は、乱れた呼吸が整う間もなく俄に大笑いした。


「急に何なんですかぁ!」


 怒り混じりに声を荒らげ、カルディナは擽ったさの残る両脇を擦る。

 大佐は尚も笑いながら、乱れた前髪を掻き上げた。


「娘にしてみたかった事…!面白かった?」


「乱暴ですっ!それに私もう十五なんですけどっ!?もぉ!」


 怒りながらも笑いが止まらない。

 子供扱いされたのなんて、いつぶりだろうか―――。


「夢なら他にも沢山あるけど、それはその内に…。逆にカルディナも僕にして欲しいことはないの?」


 そんな問いに、頭を過ぎったのは実の父と交わした約束だった。

 けれど、それはクロスオルベの末裔として――シャンティスの名を継ぐ者が果たさねばならないことだった。


「…お言葉は嬉しいですが、大佐には頼めません。島の因習に巻き込んでしまうので」


 溜息と共に吐き出された回答に、大佐の顔から笑みが消えた。

 彼はそっと片膝を折り、カルディナと視線を合わせた。


「カルディナ、もしかしてそれは…、それが島に戻りたがっている理由かい?君は何をしようとしているんだ?」


 核心に迫る問いに、カルディナは自嘲気味に微笑んだ。

 大佐なら―――、その胸に秘めた決意を話しても良いと思った。


「私は…、私の使命は究極兵器デュアリオンの解体と万物の語り部(シエンティア)の…私自身の封印です。父と約束したんです。シャンティス家の者として、絶対にデュアリオンの起動はさせないと…、シエンティアも眠らせ続けると…」


 その答えが意味するものは、大佐にはあまりにも残酷だった。

 堪らずカルディナを胸に引き寄せ、守るように抱き締めた。


「大佐っ?」


「デュアリオンの始末は我々がやる。君はもっと君自身を大切にしなさい。君の自棄的な考えは見ていて辛過ぎる…。君一人が抱えるべき問題じゃない」


 苦しいくらいの力にどうしたのかと戸惑う中、何処か怒りを含んだ声色で言い聞かせる大佐は、酷く悲しい顔をしていた。

 強い力でカルディナの肩を掴んだ彼は、真剣な眼差しを向けた。


「カルディナ、どうか約束してほしい。君は君自身の人生を生きると…。君がクロスオルベの宿命に終止符を打つんだ」


 そう告げると共に大佐は小指を立て、困ったように眉を下げながら哀しげな笑みを見せた。


「約束してくれ。今度こそ()()が守るから…」


 そんな確認に、カルディナは思わず笑ってしまった。

 真剣な顔と話をしておきながら、お茶目さを出すのは反則だ。


「そう呼んで欲しいんですか?」


 不敵に小首を傾げ、誂うように訊ねた。


「カルディナが許してくれるならね」


 大佐も真似るように首を傾げ、くしゃりと笑った。

 全くこの人は―――。

 半ば呆れたように溜息を零し、差し出された無骨な指に華奢な小指を絡めた。

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